宇宙と繋がるカレー店「富士乃屋」
片づけ心理・空間心理カウンセラー伊藤勇司
第1話 世界一の自粛王が産声をあげる
2020年5月1日。
宇宙の采配が示し合わせたかのように、二人の男の物語が同時に動き始めた。
世界は新型コロナウイルスの影響で大打撃を受けている。それは日本も例外ではなく、緊急事態宣言が4月から発令された。そして、その事態は長引きながら、5月も延長が決定している。
これまで講演活動で全国を飛び回っていた勇司は、コロナ禍を経て出張は全てキャンセル。しかし彼は、その状況に悲観することはなかった。
その理由も、緊急事態宣言が発令される前段階でコロナがニューヨークを中心に拡大傾向にあったのを見越して「世界一の自粛王になる」と宣言していたからだ。
日本ではまだ本格的に自粛ムードにはなっていなかったタイミングで、能動的に全ての出張をキャンセルし、圧倒的な熱量で自粛を楽しむ実践をいち早く開始していた。
そうやって、世界一熱量高く自粛を楽しんでいると、数日後に勇司のもとへ一通のメールが届く。
「伊藤勇司さんに、ニューヨークでの出版企画が立ち上がっているのですが、一度直接ZOOMなどを通して、詳しくお話をすることは可能でしょうか?」
これは、日々配信していたメルマガ読者さまからのメッセージだった。ニューヨークで翻訳家として活動をしながら、数々の出版社と連携して書籍を手掛けられているメルマガ読者さまからのメッセージ。
「思いっきり自粛することにしたら、逆に世界へ広がる流れがきたのは面白い。」
そのメールに返信をすると、打ち合わせ日程も4月中にすぐに決定することになった。出版エージェントと、翻訳家と、勇司での3人での打ち合わせだ。
空間心理カウンセラーとして12年活動を続けていた勇司は、2020年は「座敷わらし旋風が巻き起こる!」という言葉を掲げて新年をスタートしていた。
「座敷わらしに好かれる部屋、貧乏神が取りつく部屋/WAVE出版」という、自身の著者が台湾・韓国と翻訳版が新年から続々とリリースされていくこともあり、これから英語圏へとリーチする流れが来ることを既に心の中でイメージしていたのだ。
勇司は、片づけ業界においても、異端児的な存在だった。
単に片づけのノウハウを教える専門家ではなく、メンタリティーに特化した「心の片づけ」を専門に扱うスペシャリストとして、書籍は20冊以上を手掛けて累計33万部を突破している。
「とうとう、あの台詞を言う時が、来たのかもしれない。」
日本人として世界でも卓越して活躍している片づけ業界のカリスマ。それが、近藤麻理恵こと『こんまり』氏である。
勇司は同じ業界で仕事をする身分としても、日本人としても、彼女の世界的な活躍に感銘を受けていた。しかし、その一方で自分自身の役割は明確にしていたのだ。
「近藤は、メソッド。伊藤は、マインド。」
いつか英語圏の出版の話がやってきたときに、他の片づけの専門家との違いを聞かれるかもしれない。そう考えた勇司は、未来をイメージしながらこの台詞を既に用意していた。
そして、打ち合わせ当日。まさに、イメージしていた通りの流れがやってくる。
「片づけを専門にした日本人としては近藤が世界的に有名だが、勇司と近藤の違いはどこにあるんだ?」
ニューヨークの出版エージェントから、打ち合わせ序盤で核心的な質問がやって来た。その問が出た瞬間に勇司は鳥肌が立つ思いになりながらも、穏やかな口調でこう語った。
「近藤は、メソッド。伊藤は、マインド。」
初回の打ち合わせは終始和やかに進み、次のステップとして企画構成を一緒に考えていくことで終了した。その打ち合わせが終わった瞬間に、勇司は一つの決意をする。
「ずっと動いていないと身体が鈍るし、5月から毎日山走りを始めてみるか。」
勇司はいつも、未来を見据えて準備をする。山走りをスタートする理由は、約1年後くらいの時期で英語圏の本が出版された時のことを想定し、身体パフォーマンスを高めておきたいという計算だ。
彼には「龍神書家ISAJI」という、一筆書きで龍を描く裏の顔があった。
その龍神書のパフォーマンスを、ニューヨークで出版記念講演会が行われることになった際に、サプライズで披露したら外人さんがビックリして、めちゃくちゃ面白がってくれるんじゃないか。それをニヤけながらイメージしていたのだ。
そう思い立ったら、大吉日。早速5月1日から地元の四條畷神社から登ることができる標高300メートルほどの「飯盛山」に目をつける。
コロナ禍で報道されている三密を避けることも考慮して、朝6時45分頃から山走りをする毎日のルーティンを開始した。
山登りではなく、山走りだ。
実は、勇司には兼ねてから登山に対する疑問があった。
「なんで、山登りはキツイと感じるんだろうか?平地を100メートル全力で走ったら、12秒台で駆け抜けることができる。でも、山登りは100メートル歩いて登るには平均15分前後かかる。だとしたら、山も走って駆け上がった方が速く登れて意外と楽なんじゃないか?」
そう仮説して、山は走った方が楽である理論を検証する意味も含めて、山走りをスタートしていた話は、どうでもいいくだりかもしれない。
四條畷神社は「心願成就」のご利益がある。親孝行の楠木正行公ゆかりの神社だ。そこから山道に続くハイキングコースがあったことは以前から知っていたが、今まで登ったことがあったのは、数えるほどの回数だった。
勇司は元々体育会系で、学生時代はバスケットをしていたこともあり、運動神経には自信があるほうだった。だが、空間心理カウンセラーとして活動をする中では、日頃から運動をするルーティンは定めていなかったので、身体は鈍っている感は否めない。
「走ったり、歩いたりを繰り返しながら、毎日、昨日よりも階段の一歩先は走れるように意識しよう。」
そう決めて、1日目の山走りがスタートする。
すると、想像を遥かに超えて、山を走ることがとてつもなく体力を消耗することに気づいていった。
「これは、めちゃくちゃキツイな・・・。」
少し走っては、直ぐに息があがって、太腿がパンパンになる感覚がある。少し走っては、歩き、歩いては、また走る。しかし、平地のように歩いてすぐに体力が回復することもなく、歩くことすら山登りは体力を消耗する。
そうやって、息も絶え絶えに山頂を目指していた最中で、左手からカラスが鳴く声が聞こえてきた。
鳴き声が聞こえる方向に視線を向けると、立て看板があることに気づく。
「←飯盛寺」
その立て看板を見た勇司は、自然にその方向に引き寄せられていった。
「山頂付近に、お寺があったんだ。いったことがないし、行ってみようかな。」
こうして何気なく訪問することにしたお寺から、勇司の運命の歯車が動き出すことになる。時を同じくして、もう一人の男の運命の歯車も静かに動き出していた。
しかし、この時はまだ、ここから奇跡の物語が始まっていくことを、二人の男は知る由もなかった。
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