第5話 婚約裏事情2

***ラウラside***


 なるほど。

 とても優秀な方なのですね、そのトゥリオ様という方は。

 クラウディオ殿下をここまで変えることが出来るのですから。


 ……いえ、先程やり方が問題だったとおっしゃっておりましたね。

 何が問題なのでしょうか。

 結果から見れば素晴らしいことをなさっていると思いますが。


「トゥリオは決して私達の前に姿を現さなかった。自らの功績を誇ることもなかった。ただ誰にも見つからないようにこっそりと私達が自分達で気付くように、自分達で変われるようにと現実を見せ、考えを正すよう誘導してくれただけだったんだ」

「とても素晴らしいですね」


 確かに少し前までのクラウディオ殿下が人に諭されたくらいで考えを変えるとは思えません。それくらいならばあのようなことになっていなかったはずです。

 けれど、自ら気付くよう誘導することでクラウディオ殿下も素直に考えを改めることが出来たのでしょう。

 それに功績を誇ることもなかったということは、クラウディオ殿下の目に留まることが目的でもない。純粋な親切心でなさったということ。

 そのような方と婚約できるなど、むしろ私は幸運ではないでしょうか。


「問題は、未来に何が起こるのか把握しているかのように、事前に皆がどのような言動をするのか知っているかのように、殿下方に指示が送られていたことだ」

「ああ。何日の何時にどこに隠れているように。こんな感じの手紙が何通も送られてきてな、私はその通りに隠れたわけだ。そこで私は人々の本当の姿を見たり、本音を聞いたりした。面と向かっては決して見ることが出来ない周りの言動を盗み見ることで、私が本当はどう思われているのかを知ることが出来たんだ。

 だが、冷静に考えればそれはおかしいだろう? どうしてそこで俺のことを噂すると分かる? どうしてそこでシルヴィアが本音を漏らすことが分かる? どうしてそこでその人が本当の姿を見せることが分かる?

 全て、事前にそれが起こることを知っていないと指示出来ないことのはずなんだ」


 確かにおかしいです。

 それにもし未来が見通せるような力を持っていらっしゃるなら、私などではなく王家が囲うはずです。


「少し前からトゥリオを俺の秘書として登用した。トゥリオがどんな奴か実際に接してみることにしたんだ。

 結果として彼はごく普通の貴族令息だと分かった。但し、底なしにお人好しで、色々と甘い、ちょっと抜けた奴だがな」


 ええっと……つまり、人としては素晴らしい殿方ということでしょうか。

 貴族としては不安が勝りますが。


「分かったか? だからお前が適任だという結論になったんだ」


 なるほど。私を補佐にすればどうにかなるだろうということですね。


「王家に直接組み込むには危険だけれど、万が一の時に制御できない位置も困るということでしょうか」

「まあ、言ってしまえばそうだな。だから勿論、君に拒否権はある。正直爆弾のようなものなんだ。だが、上手く使えば有用な力だ。正確にはトゥリオの力が何かは分かっていないが。例え何の力もなくともそこそこに優秀だし、居ても困らない。恩もあるしな」

「公爵家自体はお前が居れば十分だろう。むしろ余計なことをする奴の方が困る。だから人が良さそうで何か余計なことをしでかさず裏切ることもなさそうな彼は悪くない選択肢だ。勿論、演技である可能性も考えていないわけではないが、その場合はむしろ天晴れだと言いたいな」

「お父様……」


 事情は分かりました。

 後は私の判断だけということですね。


「一つお聞きしてもよろしいですか?」

「ああ、幾らでも構わないよ。答えられることなら全て答えよう」

「ありがとうございます。では、トゥリオ様がクラウディオ殿下の秘書として召し上げられたと聞いた際の反応はどのようなものだったのでしょうか」


 正確に言えば本当に見つかるつもりはなく動いていたのか、出世欲はなかったのか、です。


「ふふ。ああ、あの時だな。あの時は私が呼び出した段階でかなり及び腰で逃げたそうにしていたな。秘書にと告げた後はしばらく固まっていたよ。今でも時々遠い目をしているな」

「演技だったらむしろ天晴れだと言いたいと言っただろう。誰の目から見てもただの出世欲も何もなかった小心者にしか見えない奴さ。そうでなければお前にまで話は降りてこない」

「そうですか……」


 ならばもう、私が見ても仕方ないですね。

 お兄様のこともそろそろどうにかなさりたいでしょうし、皆様が薦めて下さる縁です。

 ここは一つ勝負に出ましょう。


「では、その縁談、お受けいたします」




 あれからすぐに話は纏まり、トゥリオ様とお会いする日となりました。


「ラウラ、女の勘でも良いわ。何か感じたら、きちんと話して頂戴ね」


 あの話し合いで最後まで口を開くことがなかったお母様がそう言って下さいました。

 お母様は反対なさっていたのでしょうか。

 少し不安に思いましたが、今更撤回は出来ません。


「お初にお目に掛かります。トゥリオ・ニッツォーロです。どうぞよろしくお願い致します」


 ああ、なるほど。

 確かにどこからどう見ても「公爵家の次女に婿入りするなんて無理! でも断れない!」と言う感じですね。

 取り繕おうとはしていらっしゃるけれど、本音が滲み出てしまっているこの感じ。とても演技には見えません。

 これは皆様からの評価も頷けるというものです。


 とても良い人に見えるからか、お母様も大歓迎をなさっておりました。

 本音かは分かりかねますが。


 そうして、2人きりで庭を散歩することになりました。

 トゥリオ様は私に対してとても紳士的に対応なされようとされておりましたが、時折遠い目をしていらっしゃるのを見て、益々これが本当の姿ではないかと思わされました。

 もし本当に只の良い人であった場合は本当に良い縁談ですが、これが実は演技でしたら……私の手には負えないでしょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る