第3話 親族会議 part1
執事のレスターがアーサーを案内したのは、この城の中でも特に格式が高いと思われる大きな会議場(ホール)だった。
高い天井からは玄関に備え付けられていたものほどではないが、まばゆく輝くシャンデリアが幾つも吊るされており、室内には悠に二十名以上が着席できる、長く巨大なテーブルが配置されていた。
片方の壁には額縁に入った歴代当主や、その家族であろう人々の肖像画がずらりと飾られており、もう片側の壁には天井まで続く大きな窓があり、庭園や眼下に広がる広大な丘陵地が一望にできるようになっている。
まるで自分たちの先祖にこの豊かな領地を子々孫々守り続けていることをアピールしているようだ。
テーブルはいわゆる上座にあたる正面以外はほとんどの席が埋まっており、各出席者の後ろにメイドが控えている。一人の年配のメイドがアーサーを入り口から一番離れた、末端の席に案内した。
「すいません、ありがとうございます」
席に着いたアーサーがメイドに向かい頭を下げ礼を述べると、彼女は目を見開き驚いたような表情を見せたが、無言で壁際に下がった。
この部屋に足を踏み入れた時から、アーサーは自分がまるでガラス鉢の中の珍しい金魚になったような気がしていた。親族たちが自分の一挙手一投足を、上から下まで眺めてはヒソヒソ話を交わしているのだ。座っているだけで息がつまりそうな、淀んだ空気を感じていた。
『……ここも、居心地が悪いな』
と、その時。ドアが開いて再びレスターが入ってきて、大きな声で告げた。
「ウォルズリー家当主、ハワード・ウォルズリー様ご到着です!」
その老人ーハワードを見た瞬間、アーサーは年老いた雄ライオンを想像した。レスターよりもさらに背が高く、ウェーブのかかった銀髪を後ろで束ね、顔の下半分は同じ銀色の髭で覆われている。
瞳は暗い森の奥にある湖の様な深い蒼色。猛禽類を思わせる高い鼻、意志の強さを表すように固く結ばれた口元。そのすべてが周囲を圧倒するオーラに満ちている。
ハワードが銀の握り手に美しい象嵌細工が施された黒い杖をつきながら部屋に足を踏み入れた途端、それまで部屋に漂っていたどんよりとした空気が一瞬にしてかき消された。
ゆっくりと上座の席に向かうと、レスターが音もなく引いた豪華な椅子に腰を下ろした。そのままジロリと室内を一瞥(いちべつ)すると、それまで珍獣を見るような目でアーサーを見つめていた親族たちが一斉に下を向いた。
一瞬の静寂の後、レスターがよく通る声で話し出した。
「それでは、一部の方を除きまして出席予定の皆様がお揃いになりました。これから臨時の親族会議を行いたいと思います。皆様よろしいでしょうか」
出席者全員が無言で頷く。
会議は親族だけの秘密厳守のようで、レスターの言葉に合わせメイドたちが振り返ることもなく、静かに退室していく。先ほどアーサーを席に案内したメイドだけが、アーサーの方をちらりと見ると、わずかに微笑みながら出ていった。
「本日の議題は、ハワード様のご息女、アン様のご長男であるアーサー様を次期後継者の候補に加えるか、否かでございます」
ハワードは真正面に座るアーサーをじろりと見つめると、この部屋に入ってきてから初めて口を開いた。
「おまえが、アンの息子のアーサーか?」
その声はそれほど大きいわけではないのに部屋中にとてもよく響き、親族たちがビクッと緊張したのが伝わってきた。ついでに馬車に酔って吐き続けて空っぽのアーサーの胃袋にもズシンと響いた。
「は、はい、吉岡、アーサー、太郎、です」
アーサーはドギマギしながら答えた。
「ふん」
ハワードが不機嫌そうとも取れる調子で低く唸った。
「吉岡?太郎?そんな名前は捨ててしまえ。おまえの名前はアーサー、アーサー・ウォルズリーだ」
……何だよ、人の名前を捨ててしまえって。これがぼくのお祖父ちゃんなのか?
ママから聞いていた通りだ。頑固者で、他人の話を聞こうとしない。
アーサーは内心途方にくれたが、考え直そうとした。
『でも、これはぼくを孫として正式に認めてくれたという事なんだろうか?』
そんなアーサーの希望を打ち砕く様な声が親族の間から上がった。
「待ってください、ハワード様。まだお認めになるのは早いかと」
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