第4話 親族会議 part2
ハワードに近い席に座った立派な口髭を生やした中年の男が、発言の許しを請う様に片手を挙げ、アーサーを値踏みするように見つめながら話し出した。
「叔父上、私はいくら彼が我が従姉妹、アンの息子であろうとも一族の人間と簡単に認めることには反対です。わがウォルズリー家の正当な後継者たる資格を持つ者なら程度の差こそあれ当然持っている、神から与えられたあの偉大な力をその少年は持っているのでしょうか?」
他の親族からもアーサーに対して否定的な発言が続く。
「そうです、ハワード様。まずはその少年自身がそれを実証しないと」
「いくら我々と同じ血統であろうとも、残念なことに、ふさわしくない不純な血が入ってしまえば力は継承されず、絶えてしまうことはウォルズリー家の長い歴史の中で、すでに立証されています」
そして最後に手を挙げた男の発言で、会議の空気は同じ方向性で固まった。
「近年でもそうです。哀れなあの男!何も持たずに生まれてしまい、本来の己の身分にそぐわない立場に据え置かれた、あの男の様な悲劇を繰り返すべきではないと思います」
しかし、深刻ぶった口調で話してはいるものの、そう発言した男は明らかに“あの男”をあてこすっている様に小さく笑っている。
他の親族もつられる様にお互いに顔を見合わせ、小馬鹿にした様子でヒソヒソ話を続けている。
「あの男」と言うのが誰のことを指すのかアーサーにはわからないが、この家では彼らの言う“偉大な力”とやらがないと、人間扱いされないのはハッキリとわかった。
「それに叔父様、その子にはあの野蛮な国の血が流れているんでしょう?」
金髪を古典的なスタイルにセットし、エレガントなドレスにいささか豊満な肢体を押し込んだ女性がアーサーへの嫌悪感をむき出しに話し出す。
「こんなことを言ってはなんですが、あんな地の果ての島国で産まれた子供に私たち一族と同じ血が流れてるなんて考えたくもない!聞きましたか、あの酷い訛り!なんとか聞き取るのが精いっぱい。私たちの美しい言葉も、島国の田舎者には難しいようですわ」
別の親族が賛同する様に耳を押さえてやれやれといった態度で大げさに首を振ると、ドッと笑いが起きた。
アーサーは怒りと恥ずかしさで自分の顔が真っ赤になるのを感じていた。
確かにアーサーの英語力は、家庭内で日本語と英語がごちゃ混ぜが一般的だったため、決して美しい、ネイティブな英語とは程遠いものだった。
アーサー自身、そのことは自覚していたが、自分の家庭をバカにされるのは、我慢できない。
だが反論したくても、肝心の言葉がスムーズに出てこない気恥ずかしさと、その言葉すら揚げ足を取られそうな空気に、言いたい事がのどの奥で詰まって出てこない。
親族たちのニヤニヤしている顔を見ていると、アーサーは改めてこの部屋で自分が一人ぼっちなのを感じ、孤独感で涙がこぼれそうになっていく。
『ここも同じ。ぼくをそのままで迎えてくれる場所なんてどこにもない』
アーサーが絶望しかけた、そのときだった。上着のポケットの中でカチカチカチと音がしたと思うと、突然アーサーの口から美しいキングズ・イングリッシュがあふれ出してきた。
『お集まりの紳士、淑女の皆さん。同じウォルズリーの血を引く皆さん。僕は祖母であるメアリー・ウォルズリーより手紙を受け取り、たった一人二ヶ月近い航海を経て、本日当家に参りました』
発音の美しさだけではなく、言葉の端々に確固たる意思が感じられ、全員が耳を傾けざるを得ない強い口調だ。親族の間から、小さなどよめきが起こるのを無視して、アーサーが話し続ける。
『然るにあなたたちは、親族の到着を喜び、その長旅の労をねぎらう事もなく、聞くに耐えない侮蔑の言葉を投げつける。それがかつてアーサー王に仕え、偉大な魔術師と呼ばれた初代当主の血を受け継ぐ名家の人間としてふさわしい振る舞いですか?』
皆が驚いた表情で見つめているのがわかる。
『そう言えば、そこの方』
アーサーは、先ほど自分を見下すような発言をした、ハワードに近い席に座る口ひげの男を指差した。
『確か、大叔父のリチャードさんのご長男、ジョージさんですよね。僕がウォルズリー家に伝わる偉大な力を持っているのか、とおっしゃいましたね?』
ジョージは初対面の少年が自分の事を知っている事に驚きを隠せないまま、小さくうなずいた。
『それでは、これでいかがですか?』
アーサーは握った右手をジョージの方へ突き出すと、ゆっくりと手を開いた。手のひらに小さな紅い炎が立ち上がったと思うと、それはあっという間に燃え上がる炎の鳥の姿に変わった。
「おお、何と!」
「こんな、まさか!呪文の詠唱もなしに!」
「こんな子供が、炎属性の術をこれほど見事に使うとは!」
大きく広がるどよめきを無視してアーサーは右手を頭上にあげた。炎の鳥は頭上で大きく羽ばたいたと思うと、さらに大きく、猛々しく巨大な鷲のような姿へと変貌していく。
アーサーは掲げた右手をゆっくりとジョージへ向かって振り下ろした。炎の鳥はボウウッ!と轟音を立てジョージに向かって襲い掛かる様に一直線に飛んでいく。
「うわああああ!」
悲鳴をあげるジョージの顔の寸前まで炎の鳥が近づき、自慢の口髭がちりちりと焦げた瞬間だった。
「もうよい!」
ハワードの一喝で、炎の鳥は一瞬で空中でピタリと止まってしまった。
ハワードはアーサーをじっと見つめたまま、右手の人差し指を立てた。骨太で力強い指先から、蒼くキラキラと輝やきながら、氷を纏った巨大な龍が立ち上がった。室内にどよめきが走る。
氷龍はそのまま天井まで届くほど高く伸び上がった後、体をくねらせると空中で静止している火の鳥を一気に飲み込むと、再びハワードの手の中へ吸い込まれる様に消えていった。
「さ、さすがハワード様!」
「やはり歴代の当主の中でも格が違う」
親族の者たちが改めて感嘆のため息を漏らす。
恐怖のあまり顔面蒼白で、椅子から滑り落ちそうなジョージを横目にハワードが告げた。
「アーサーよ。おまえに、わがウォルズリーの正当なる血が流れているのはよくわかった」
アーサーははっと我に返った様に大人しくなり、うつむいてしまった。
ハワードは立ち上がると、屋敷中に轟き渡るほどの声で宣言した。
「今日からおまえをこのウォルズリー家の新しい家族として認め、正式に後継者候補に加える事とする!よいな、みなの者!」
その場にいるすべての者が、声も出さずに頷いた。
レスターがハワードの発言の後を受け、会議を締めくくった。
「それでは、本日の臨時親族会議はこれにて閉会とさせていただきます」
次回は1ヵ月後、11月1日。後継者決定の本会議となります。
皆様、熟考の上、ご判断をよろしくお願いいたします」
ハワードはレスターを呼び寄せると何か二言、三言囁くと杖をつきながら部屋を出て行った。
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