宇宙人のゲーム

弐刀堕楽

宇宙人のゲーム

 日曜日、午前九時。

 休日の二度寝を堪能たんのうしていると、知らない番号から電話がかかってきた。


 普段なら出ることはないのだが……。

 しかし寝ぼけていたので、ついケータイを手に取ってしまった。

 眠い目をこすりながら一言。


「もしもし?」

「おめでとうございます。われわれの厳正げんせいなる審査の結果、あなたは見事このゲームのプレイヤーとして選ばれました」

「は? なんだって?」

「ゲームですよ。すばらしいゲームです。壮大そうだい残酷ざんこくな設定。極限の緊張感。阿鼻叫喚あびきょうかんのパニック。それらをすべて兼ね備えた、最高のエンターテイメントをあなたにプレゼントいたします。どうです? わくわくしてきたでしょう?」

「あー、くそ。頭が働かねえ。なにを言ってるのか、さっぱりわからんが……。たぶん人違いだと思うぜ。ほかを当たってくれ」


 ブツリ、とおれは通話を切った。

 するとすかさず、また電話がリンリンリン、だ。

 さっきと同じ番号。いったい何のつもりだ?

 仕方がないので、もう一度電話に出る。


「あー、もしもし?」

「さきほどは失礼しました。どうも電波が悪かったようなので、もう一度かけ直させていただきました。さて、それではさっそくですが、ゲームに参加していただくにあたって、まずはくわしい内容の説明から……」

「またおまえか! だから人違いだと言ってるだろうが!」

「いいえ、人違いではありません。あなた、暮井くれいさんですよね?」

「ああ、たしかにおれは暮井だが……。いったい何の用だ?」

「はい。さきほども申しましたが、あなたはゲームのプレイヤーに選ばれました。それをお伝えするためにお電話をさせていただいたわけです」

「ゲーム? プレイヤー? なんだそりゃ? 新手あらて詐欺さぎか? だとしたら承知しねえぞ! いますぐ警察に通報してブタ箱にぶち込んでやる!」

「べつに通報なさるのはかまいませんが……。しかし、おそらく警察の方もいまはいそがしくて、それどころではないかと……」

「なんだと?」

「どうやらまだご存知ではないようですね。とりあえずテレビを点けてみてください。それですべてがはっきりしますよ。ちなみに、チャンネルはどれでもかまいません。どうせどの番組も同じことしか報道してないでしょうからね」


 おかしなことを言うやつだった。

 イタズラ電話に指図されるのはしゃくにさわったが……。

 とりあえず、おれは言われたとおりにした。

 そして腰を抜かした。


 テレビに映っていたのは、東京上空の光景だった。

 そこには銀色にかがやく、巨大な円盤状の物体が静止していた。

 まちがいない。これは宇宙船だ。宇宙人が地球に攻めてきたのだ。


「おい、マジかよ。UFOじゃねえか。信じられねえ。しかも東京だけじゃないらしい。パリ、ニューヨーク、ロンドン、香港……。世界中の都市で同じような現象が……なんてこった……。こりゃ世界の終わりだぜ」

「大丈夫ですよ。そう簡単に終わらせたりはしませんから。そのためのゲームです。じっくりたっぷりと、この最高のひとときを楽しもうではありませんか」

「……どういうことだ? お前は何者だ?」

「まだわからないのですか。にぶい方ですね。わたしがあの宇宙船を操縦してきた張本人なのですよ。つまり、わたしは――あなたがたの言うところの――宇宙人ということになります」

「まさか……。冗談だろ?」

「冗談ではありません。証拠もあります」

「なら見せてみろ」


 言うが早いか、おれの目の前でボン!と大きな煙が上がる。

 むせながら手で宙をあおぐと、煙が消え去ったあとには四角い箱が残されていた。

 こんなものおれは知らない。買った覚えのない箱だった。


 おそるおそる中を開けてみる。

 すると出てきたのは、一台の家庭用ゲーム機だった。


「XS5? この刻印……。もしやこれは、先日発売されたばかりのエックス・ステーション5じゃないか」

「ええ、そうです。いま地球で大人気のゲーム機ということで、今回特別にご用意させていただきました。あなたには、これからそれを使って、あるゲームをプレイしていただきますが……。それよりどうです? わたしが宇宙人だということ、信じてもらえましたか?」

「ううむ。たしかにいまのは人間業じゃないな。未知の技術って感じだ。テレポートとでもいうのだろうか。あんたはまぎれもなく宇宙人だと思うぜ。だけどなぜおれに電話をかけてきたのだ?」

「それはあなたがゲームのプレイヤーとして選ばれたからです」

「またそれか。さっきから言ってる、そのゲームってのはいったい何なんだ?」

「ふう……。やっと本題に入れますね。それではご説明いたしましょう」


 宇宙人は心なしか、うれしそうな声でしゃべり始めた。

 かれの話を要約するとこうなる。


 ここ数年、地球では“バトル・ロイアル(通称バトロワ)”と呼ばれるジャンルのコンピューターゲームが大流行している。

 それは「大勢の人間を一か所に閉じ込めて、殺し合いをさせ、たった一人の勝者を決める」という、シンプルかつ中毒性の高いゲームだった。

 かれら宇宙人はそれに目をつけた。じつに面白い競技だと思ったらしい。

 それで「生きた人間を使って、本物のバトロワを開催したらもっと面白いだろうな」と考えたそうだ。


 かれらが人類に強要する“リアル版バトロワ”の内容は以下のとおりだ。

・まず地球上の国から、犠牲となる都市を百ヶ所ほど選ぶ。

・つぎに各都市に暮らす住民から代表者を一人選出する(ちなみに東京の代表はこのおれだ)。

・そして選ばれた百名の人間には、XS5でバトロワのゲームをプレイしてもらい、そこから一人の優勝者を決める。なおゲームは、地球人が作ったXS5用のソフトを流用する。


 まあ、ここまではいい。

 皆でゲームをワイワイ遊んでいるだけだからな。

 問題はこの後だ。


 試合終了後……。

 最終的に生き残った優勝者が住む都市は救われるが……。

 それ以外の場所はドカン!だ。


 各都市の上空に浮かぶ宇宙船から破壊光線が照射されて、大勢の人間が死ぬ。

 つまり、九十九の都市に暮らす人間が虐殺ぎゃくさつされることになるのだ。

 まったく、なんてひどいことを……。


「ふざけるなよ、クソ宇宙人め! そんなに殺し合いがやりたけりゃ、自分たちの星で好きにやったらいいじゃないか!」

「いやですよ、そんなの。われわれだって死にたくはないですからね。ですが、バトル・ロイアルは楽しみたい。それでどうしたらいいのかを考えた結果、いまのような形になりました」

「形になりましたって……。地球人を使ってお人形遊びするってのか? ふざけやがって! 悪魔のような連中め! てめえらなんか地獄に落ちろ!」

「おっと。この星の人はずいぶんとひどいことを言いますね。ですが、そもそもこのような悪魔的な遊びを思いついたのは、あなたがたの方ですよ? われわれだってバトロワなんてもの知りたくはなかった。でも知ってしまった。このゲームの面白さのとりこになってしまったのです。つまり悪いのはあなたがたの方です。ぜんぶ地球人の自業自得なのですよ」

「むちゃくちゃだ! そんな言い分通るか! おれはやらないぞ!」

「おや? もしかして棄権きけんなさるおつもりですか?」

「当たり前だろ! やってられるか、こんなもの!」

「なるほど、そうですか。しかし、そうなると非常に残念ですね。東京は不戦敗ふせんぱいということになりますが……」

「知るかバカ! 勝手にやってろ!」


 おれは自宅のマンションから逃げ出そうと、玄関のドアに手をかけた。

 だが開かなかった。おかしなことにドアノブがピクリとも回らないのだ。

 もしやと思って、ベランダの窓を開けようとしたがそっちもダメ。

 やつらの仕業だ。おれは完全に閉じ込められたのだ。


「やい、宇宙人め! おれの部屋に何をしやがった!」

「やっと気づきましたか。われわれの科学力をあなどらないことですね。あなたはもう逃げられないのですよ。生き残るためには戦うしかないのです。素直にあきらめてください」

「ああ、チクショウ! くそったれが!」

「さあ気持ちを切り替えていきましょう。試合開始は午前十時を予定しております。それまでXS5でゲームの練習でもされてみてはいかがですか?」

「ゲームの練習だと? おれは普段テレビゲームなんかやらない人間なんだぞ? そんな急に言われてもできるわけないだろうが……。なあ、頼むよ。代表者をほかの人間に変えてくれないか? プロゲーマーとかさ」

「それはできません。もう決まってしまいましたからね。しかしご安心ください。これは“公平なゲーム”です。代表者の選出は条件をしぼって行いました。あなた以外のプレイヤーも皆ゲームを遊んだ経験がない人たちばかりです。つまり全員が初心者。だから気後れする理由なんてどこにもありませんよ」

「なんだそりゃ。いくら公平といっても、素人同士のドヘタなプレイじゃ試合は盛り上がらないだろ? お前らだって見てて面白くないんじゃないか?」

「いえいえ、そんなことはありません。あなたがたのような下等生物が、必死な形相でゲームをプレイする様は爆笑必至です。それに初心者同士を戦わせたほうが試合時間が長引きますからね。その間に各都市から脱出しようと、もがき苦しむ人間たちの姿をながめるのも、今回のゲームの醍醐味だいごみなのですよ」

「なんてやつらだ。本当に性格が悪いな」

「なんとでも言ってください。われわれからすれば、バトロワなんてものを生み出した地球人のほうがよっぽど極悪ですよ。さあ、それよりも試合開始まで残り時間二十分を切りました。急いでください。練習、練習、練習あるのみです!」


 もはやどうにもならなかった。

 もしこの絶望的な状況をくつがえす方法があるとすれば、それはひとつしかない。

 おれはゲーム機にはいっさい手も触れずに、パソコンを起ち上げるとインターネットに接続した。

 なにか有益な情報が出てくると良いが……。


「おやおや。攻略サイトでも見ているのですか? それより操作方法の確認をしたほうが良いのでは?」

「うるさい。黙ってろ」

「あなたが時間をムダにしている間に、試合開始まで残り五分となってしまいました。時間がありませんよ。本当に練習しなくていいのですか?」

「だから静かにしろって。いや、待てよ。これは……。おい、宇宙人! ちょっといいか?」

「はい。なんでしょうか?」

「お前さっき、これは“公平なゲーム”だとか言ってたよな?」

「ええ、たしかに言いましたけど……。それがなにか?」

「本当に公平なんだな?」

「もちろんです。ただし、試合に使うゲームソフトの公平性については保証しませんよ。あれはあなたがたの作品ですからね。われわれが用意したのは、あくまで公平なプレイ環境だけですのであしからず」

「つまりプレイ環境は絶対に公平ってことだな? 信じていいんだな?」

「……しつこいですね。なんなんですか。なにか文句でもおありですか?」

「あるとも。大ありだ。お前が送ってくれたこのゲーム機“XS5”についてだが、ネットで調べてみるといろいろと問題が起きてるようだぜ。とくにコントローラーの不具合がひどい。スティックの入力が正しく反映されなかったり、本体との通信が途切れて、とつぜん認識しなくなったりする事例が相次いでいる。もしこれが試合中に発生したら大問題だろうな」

「そ、それは……知りませんでしたね。ですが大丈夫です。もしコントローラーに問題が起きた場合はすぐにお取替えいたします」

「なんだ? 誰かに不具合が起きるたびにゲームを中断するのか? ずいぶんと興ざめな試合だな」

「ううっ……。で、ですが、それはわれわれの責任ではありませんよ。あなたがたの文明レベルが低いせいです。普段からいいかげんな商品を売っているから、こういうことになるのでは?」

「何をいまさら。おれたちの文明レベルが低いなんてこと、お前らはとうに知っていただろうが。それなのになんで、おれたちの作った機械を“リアル版バトロワ”の内容に組み込もうと思ったんだ?」

「え、えーと……それはその……」

「なんだ? 答えられないのか?」

「そ、そうですね。たしかに失敗だったかも知れません。……あのう、どうでしょうか? もし暮井さんがどうしても嫌だとおっしゃるのであれば、べつの方に変わっていただくというのも……」

「なんだ? おれを代表者から外すのか?」

「いえ、外すというか……。もし辞退なされるのであれば特例として……」

「おい、ふざけるなよ! さっきおれが変えてくれと頼んだときはダメだと言ったじゃないか! それなのに自分が不利になったとたんにこれか? だとしたら、ずいぶんと不公平な話だぜ。こりゃ公平なゲームというのも怪しくなってきたな」

「ううう……」


 宇宙人は完全に黙りこくってしまった。

 さて、そろそろ潮時しおどきだな。一気にたたみ掛けるとするか。


「なあ、あんた。宇宙人さんよ。正直おれも言い過ぎたと思うぜ。だけど今回のゲームは完全に失敗だ。やる前からわかる。本当はあんただってそんな気がしてるんだろ?」

「で、ですが、実際にやってみなければまだ……」

「いや、このまま続行するのは危険だ。それに考えてみれば、バトロワというのはまだ発展途上なゲームだ。地球で流行してから五年も経ってないんだぜ? それってあまりにも短すぎるだろ? なら、いまあわてて惑星規模でそれを再現するのは時期尚早しょうそうなんじゃねえのか?」

「そ、そうでしょうか?」

「たとえば、おれたちの星にはサッカーというスポーツがある。これは二千年以上の歴史がある競技として有名だ。それくらい時間をかけて発展したからこそ、面白いゲームに育ったわけだ。だったらバトロワももっと長い目で見てやらなきゃ」

「そうですかね……」

「そうだって。それに人類だってまだ未発達な文明だ。おれたちはこれから先もっと人口が増える。地球が人間でいっぱいになったときに、あらためてこのゲームを開催したほうが絶対に盛り上がると思うぜ。どうだい?」

「たしかに……。言われてみればそんな気がしてきました」

「だろう? なら今日の企画はいったん持ち帰ってさ。百年後……いや、千年後ぐらいにまたあらためてやろうぜ。そのほうが絶対に面白くなるから。きっと最高のバトロワが生まれるぞ」

「そうですね。ちょっといったん考え直してみます」


 そういうと宇宙船の一団は地球から引き上げていった。

 ふう、ヒヤヒヤしたぜ。バカな宇宙人で助かった。


 芸は身を助けるというが……。

 人生、何が役に立つのかはわからないものだな。


 というのもおれの生業なりわいは、半分詐欺師さぎしのようなもの。

 企業の商品にケチをつけ、言葉巧みに金品を強請ゆすり取る。

 クレーム一筋三十年、クレーマーの暮井正志くれいまさしとはおれのことだぜ。


 しかし今回おれが世界を救ったことは、だれも知らないわけだ。

 この功績がたたえられることはなく、おれにとっては得もなし。

 まあ、だけど……。

 一時的に文明が存続したわけだから、これで良しとするか。


 おれは大きなあくびをひとつすると……。

 三度目の眠りを堪能するためにまた布団にもぐりこんだ。

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