小説部部長

sudo(Mat_Enter)

小説部部長

「絶対にアタシなんだから!」


「いえ、絶対に私です!」


「まあまあ、落ち着いて」


 今、嶋西高校小説部の部員たちが、部室の中央に机を円状に並べて会議をしている。


 議題は『次期部長は誰だ!?』である。

 

 2ヶ月後には3年生が部活を引退してしまうので、次に部長を務める人を2年生の中から決める必要があるのだ。なお小説部では、部長に立候補した人が何人いるかで、決め方が変わる。


・立候補者が0人の場合は、推薦で決める。

・立候補者が1人の場合は、その人が部長になる。

・立候補者が2人以上の場合は、少し特殊な、実に小説部らしい方法で部長を決める。


 今年の立候補者は2人だ。アタシと愛子である。


「さて、立候補者が2人ということなので、あの方法で次期部長を決めましょうか」

 と、現部長である達也先輩は言い、少し溜めてからこう続けた。


「小説勝負!!!」


 小説勝負とは


・まず立候補者に2週間の期間を与えて小説を書かせる。

・その後、その小説を部員たちが読み比べ、より優れていると思う方に票を入れる。

・票の多かったほうが部長になることができる。


 という、実力で部長を決める方法のことである。


「では、また2週間後、みんなここに集まってくれ。それじゃあ、今日の会議はこれくらいで……」


「待ってください!」

 と部長の言葉を遮り、勇ましく発言したのは愛子だ。


「(びっくりしたー)えっと、愛子ちゃん、何か言い残したことがあるのかい?」


「はい。この勝負、やる必要があるのでしょうか?」


「はぁ!?」と声を漏らしたのはもちろんアタシで、ついでに、向かいにいる愛子を睨みつけたが特に効果はなかった。


「私と彼女の実力を、今さら比べる必要もないと思います。私はこれまでに、コンテストでいくつも賞をいただいています。一方、彼女の受賞歴は……ゼロ。ここまではっきりと差が出ているんです。月とすっぽんと言いますか、駿河の富士と一里塚いちりづかと言いますか。いや、それとも竜のひげありが狙うとでも言いましょうか。とにかく、2週間もかけて勝負をするのは時間の無駄!」


「うーん、まあ、たしかになあ……」


 ちょっ、先輩! そこはなんかかっこいい感じで言い返してよ。というか、愛子も相変わらず難しい言葉使っちゃって。意味はわからないけど、バカにされているだろうことはわかるわ。いやいや、それよりも、このままじゃ愛子が部長になっちゃうかも。なんとかしないと。


 アタシはすぐに「待ってください!」と大声で言い放ち、話し合いに参加した。


「(びっくりしたー)う、うん。待ちますとも」


「たしかにアタシには実績がないけど、勝負の結果はやってみなきゃわからないわ!」


「いいえ。私にはわかります。私の書く小説のほうが絶対に優れています」


「絶対なんてないんだから!」


「いえ、絶対です!」


「そんなわけない!」


「まあまあ、2人とも落ち着いて」


「「先輩は引っ込んでてください!!」」


「(やれやれ、2人とも気が強いなー。しかし、まいったぞ。このままだと話がまとまらない。とはいえ、僕は部長だ。この場をおさめる義務がある。さて、どうするか。両者が納得する方法は……。うーん、あっ、そうか。愛子ちゃんは勝負自体を拒否しているわけではなくて、2週間も時間をかけることが気に入らないんだよな。だったらすぐに決着がつく勝負にすればいい。例えば……じゃんけんとか? いや、それだと運の要素が強すぎて、さすがに納得できないよな。うーん、何か他の方法はないだろうか……うーん……うーむ……おっ、ひらめいた! この方法ならうまくいくんじゃないか? ここをこうしてああすれば……うん、いい感じになりそう。よしよし。これで決まり! あとは2人次第ってところか)え、えーっと、ちょっといいかな」


「「なんですか!!」」


「あっ、その、えっと、こういうのはどうかな。勝負はする。しかし、別の方法で」


「ふむふむ。私は時間がかからない勝負なら、してあげてもいいですよ」


「アタシは勝負ができるなら、なんでもいいです」


「よし。それじゃあ、2人にはこの方法で勝負してもらうよ」

 と、達也先輩は言った後、少し間をおいてからこう続けた。


「文字数勝負!!!」


「「文字数勝負ぅ~?」」


「ああ。文字数勝負とは……」


・まず、立候補者は文字を入力できる機器を用意する。

・次に立候補者以外の人が、1つテーマを決める。『花』とか『飲み物』など。

・各立候補者はそのテーマに関係のある言葉を、30秒以内に3つ入力する。

・その3つの言葉の文字数の合計が多い立候補者が勝ちとなる。

・例えば、テーマが『果物』で、立候補者Aが『マンゴー』『柿』『リンゴ』の3つを入力したとすると、文字数の合計は『マンゴー柿リンゴ・・・・・・・・』で『8』。立候補者Bが『苺』『バナナ』『パイナップル』を入力したならば『苺バナナパイナップル・・・・・・・・・・』で文字数の合計は『10』。8対10で立候補者Bの勝利。


「という勝負だ」


「なるほど。これなら私が次期部長だと決定するまでの時間が、2週間から30秒に短縮できますね」

 愛子は、この勝負でも決して負けないつもりのようだ。


 正直なところ、当初の小説の出来の良さで部長を決める勝負では、実力の差から考えてアタシが愛子に勝てる確率はかなり低かっただろう。しかし、この勝負はどうだろう。この文字数勝負に実力の差などあるのだろうか。この勝負は、制限時間内にテーマに合った長い言葉を偶然思いつくかどうか、というもはや運の良さを比べる勝負みたいなものだとアタシは考える。


 つまり、勝機は十分にある。


「愛子。この勝負、アタシが勝つから」


「ふふふ。もしかしてアナタ、この勝負は運の良さを比べる勝負だと思ってないかしら?」


「ギクッ!」


「でも、違うわ。この勝負はね、『運の良さ』じゃなくて『語彙力』を比べる勝負なのよ!」


「ごいりょくぅ〜?」


「そう。この勝負は、どれだけ多くの言葉を知っているかという力が試されているの。そして、優れた小説家ほど語彙力は高い!」


「なっ!?」


 たしかに、愛子の言ってることは納得できる。だとすると、この勝負でもアタシは……。


「さて、2人とも。そろそろ勝負を開始してもいいかな?」


「もちろんです」


 愛子はそう言うと、鞄からクイーンジム社のテキスト入力専用マシーン『ポミラ』を取り出した。


「も、もちろんです」


 アタシも愛子につられるようにそう言った後、愛子と同じようにリュックから『ポミラ』を取り出した。


「2人とも準備は出来たみたいだね。それじゃあ、テーマを発表するよ。テーマはズバリ『宇宙』だ! よーい、スタート!」


 スタートの合図とともに、愛子はカタカタと軽快にキーボード叩き、文字を入力していく。


 いや、今は愛子を気にしている場合じゃない。宇宙に関係のある文字数の多い言葉を考えなくては。


――5秒経過。


 カタカタ。


――10秒経過。


 とりあえず現時点で思いついた中で文字数の多い言葉を3つ、入力し終えた。だが、果たしてこの文字たちで愛子に勝つことができるのだろうか。まだ、考える必要があるだろう。


――15秒経過。残り15秒。


 うーん……。


――20秒経過。


 はっ! これだ! これなら勝てるかもしれない!

 カタカタ。


――25秒経過。残り5秒。


 間に合え!

 カタカタ。


――30秒経過。


「ピピッー! 時間だ。それじゃあ、それぞれ何を入力したか発表してもらうよ」


「では、私から。私が入力したのは『エッジワースカイパーベルト』『グレートアトラクター』『ウィルソンハリントン』の3つです」


 愛子はポミラの画面をこちらに向けながら、自慢気にそう言った。


 さすが愛子だ。こんなに難しい言葉を知っているなんて。


「……じゃあ、次はアタシ。アタシが入力したのは『プラネット』『ダークマター』『ブラックホール』の3つです」


「ふふふ。文字数を数えるまでもないわね。明らかに私のほうが文字数が多いわ」


「いいえ。そうとは限らないわ!」


「あら? 負けを認めたくなくて、適当なこと言ってるのかしら?」


「そうじゃない。まだアタシは読んだだけ・・・・・


「はっ? 何を言って――」


「月とすっぽん


「えっ? 月とすっぽん? それがどういう――はっ!」


「気づいたようね」


「ええ。すっぽんにはルビが振ってある。つまり……」


「(いや、なんで自分たちの会話の『鼈』にルビが振ってあるかどうか分かるんだよ!)」


「アナタの入力した文字は『惑星プラネット』『暗黒物質ダークマター』『黒い穴ブラックホール』の3つだと言いたいのね。たしかにこれだったら、数えてみないとどっちが多いかわからないわね。えーっと、アナタが入力した文字は『惑星プラネット・・・・・・・暗黒物質ダークマター・・・・・・・・・・黒い穴ブラックホール・・・・・・・・・・』だから、合計で……27のようね。さて、私の文字数は……」


「(さあ、どうなる? どちらの文字数が多いんだ?)」







「33! 私が入力した文字の合計は33よ! ヒヤッとさせられたけど、結局は私の勝ち。残念だったわね」


「いいえ。違うわ、愛子」


「何が違うっていうのよ!?」


 たしかに愛子の言う通りに文字数を数えたとしたら、アタシは愛子に負けている。でも、アタシは負けていない。正直、ルビを振るというやり方でさえもセコいと思うけど、この方法はそれ以上にセコい。おそらく、かしこい・・・・愛子には思いつかない方法だろう。


「『リンゴ』よ」


「何を訳のわからないことを! 『林檎』が何だって――あっ!」


「理解したみたいね。そう。愛子が言ったのは漢字の『林檎』で、アタシの『リンゴ』は漢字じゃない!」


「(いやいや、なんで自分たちの会話の中の言葉が、漢字か漢字じゃないか分かるんだよ!)」


「つまりはこういうこと!」


 と、アタシは勝ち誇りながら言い、ポミラの画面を愛子に向けた。


「アタシの入力した文字は『わくせいプラネット』『あんこくぶっしつダークマター』『くろいあなブラックホール』の3つ。つまり、アタシの文字の合計は『わくせいプラネット・・・・・・・・・あんこくぶっしつダークマター・・・・・・・・・・・・・・くろいあなブラックホール・・・・・・・・・・・・』の35よ! 愛子の文字の合計は33。アタシの勝ちね」


「私が負けた……? 嘘でしょ?」

 愛子はひどく落ち込んでいるようだった。


 アタシは愛子に勝った。アタシが次の部長になれる。のに……。


「それじゃあ、次期部長は――」


「待ってください!」

 と言ったのは愛子ではなく、アタシだ。


「うん? どうしたの?」


「次期部長はこんな勝負じゃなくて、やっぱり、小説の出来を比べる『小説勝負』で決めてほしいです」


「はぁ? アンタ自分がなに言ってるか分かってるの?」

 愛子は呆れたような、怒ったような、とにかくそんな感じの表情だった。


「僕もキミの意見に賛成だ。やはり小説勝負で部長を決めるべきだと思う。ただ、正直に言うよ。キミが小説勝負で愛子ちゃんに勝てる確率はかなり低いと思うよ。それでも良いのかい?」


「モヤモヤするんです。愛子に勝ったのに。部長になれるのに。喜べないんです。セコいやり方で勝ったからだと思います、たぶんですけど。……だから、正々堂々勝負したいって思っちゃったんです。実力で愛子に勝ちたいんです!」


「(よく言った! 素晴らしいよ! その心意気があれば、あるいは……。ふふ、面白くなってきた!)キミの気持ちはよく分かった。というわけで愛子ちゃん。小説勝負をすることになるけど、それでもいいかな?」


「ええ。今の私に拒否する権利も理由もありませんので。それに私、今、私に小説で勝負を挑んだことを、激しく後悔させてやりたい気持ちでいっぱいなんです!」

 愛子は満面の笑みでそう答えた。


「よし。紆余曲折あったけど、当初の予定通り、2週間後ここにみんな集まってくれ。――それじゃあ、今日の会議はこれにて終了!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

小説部部長 sudo(Mat_Enter) @mora-mora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ