最終章 世界、その過去、その未来

第29話

 砦は色々な改良がされていた。


 歯車による仕掛け、機械的な何か。


「異世界人の仕事だな、これは」


 セリオンが感心したようにつぶやく。

 かつてここは、異世界人を筆頭とする山賊が、自動小銃の銃弾を製造する本拠地としていた場所だ。あの時のコーヘイは、倉庫にしか入っていなかった。

 砦のあちこちが、異世界人の技術で改良されている事は、知らずにいたのだ。


 踏むと槍が飛び出す仕掛けや、落とし穴など、それらは異世界の技術で作られていた。

 ミシャの古代魔法の能力がなければ、いくつかに引っかかってしまっていたかもしれないが、まるでかつてのディルクのように、その知覚能力を持って、その仕掛けに気付いていく。


「ふぅ」

「疲れてきたか?」

「少し」


 コーヘイから何度か、飴をもらってはいるが、彼女の少ない体力は、古代魔法によって吸い取られつつある。魔力はあまり減らないが、体力は削られていた。


「こんなに地下が深いとは思いませんでした」

「もうずいぶん、奥まで来たぞ」


 廊下の先に重々しい扉。これを気づかれずに開けるのは難しそうだ。


 しかし、開けるまでもなく、その扉は前に立っただけで機械的な動作音を立てて、勝手に開いて行った。


 扉の奥には、広間。

 人の身長の三倍程の高さがある、大きな段差が見える。

 その段差の上、まるで生贄のための祭壇のようなものがあり、その台に横たわる求めていた姿。愛らしい顔立ちの金髪の王子。

 眠らされているのか、ぐったりと横たわっていた。


「こんなに早く来るのは、予想外だった」


 その隣には、長身の男が立つ。薄く笑うその姿。


「クラウス……?」

「知っているのかコーヘイ」

「異世界人登録局の新人と名乗った男です、詳しくは知りませんが」

「あいつが、エリセを操った張本人か!」

「という事は呪術師!?」


 二人の騎士は慌てて目を逸らした。

 だが男の目的は、ミシャだった。

 ミシャは男の目を見てしまっていた。

 ブルーグレーの切れ長の瞳。

 彼女の意思は、呪術師に縛られてしまっていた。


「ミ、ミシャ」


 ふらふらと歩きだす少女の手を引いて、必死に引き留める。


「さぁおいで、この世界の最高傑作。異世界人だからこそ、培う事のできたその力を見せてくれ。共にこの世界を作っていこう」


 長身の男の顔に、うっとりとした恍惚の表情が浮かぶ。

 ミシャは引き留める騎士の手を振り払うと、男の指示に従って、小さな箱型の檻の中に走って入って行った。コーヘイが追いかけたが、ミシャが入り込むと、その扉が自動で閉まる。

 そして段差の上に向かって、垂直に登って行った。


「え、エレベーター……」


 機械仕掛けの、昇降機。動力源は電気ではなさそうだが、滑車を使ったその構造は、コーヘイの記憶にある、まさしくそれであった。

 段差の上に到達すると、扉が開き、ミシャはふらふらと前に進んでいく。


「はっ」


 ミシャは突然我に返って、周囲をキョロキョロ見渡す。

 長身の男はミシャに対する集中を切らしたのだ。だが、ミシャが自由になった事を、この男は意に介さない。

 他にも縛る方法はいくらでもある、という自信からか。

 クラウスはとても自慢げだ。


「素晴らしいですよね?コーヘイさん、の技術は素晴らしいとは思わないですか?」

「!?」

「あいつ、異世界人なのか」

「ふふ、未登録ですけどね。私はドイツ出身で、イギリスに住んでました。ゴートワナ帝国で呪術師として育ち、古代魔法の発現も間近で見ました。あの巨大な力の発動のきっかけも、我々と同じ異世界人だった。それで確信した」


 長身の男は愉快そうだ。


「この世界は本当に遅れてる。我々の世界では、魔法などという不可思議な力がなくても、空には飛行機が飛び交い、地上はありとあらゆる移動手段がある。宇宙ですらその技術で闊歩するのだ。誰もがそれを享受する素晴らしき世界。道具を作るために道具を作る、その精神が世界を進化させてきた」


 茫然と立つミシャに、ブルーグレーの瞳が向けられる。

 ミシャは慌てて目を逸らした。


「彼女は、その異世界人の精神をもって、魔法と剣を極めて行く。道具で道具を作るように、魔法で魔法を作り、剣で剣を伸ばしていくのだ。この力は異世界人だからこそだ。異世界人の精神と遺伝子に刻み込まれたその技術を高める渇望が、素晴らしい人類を作り上げる、彼女はその最高の作品だ」


 コーヘイとセリオンは、その言い分に怒りで体が震えた。

 ミシャが才能を開花させたのは、ひとえに彼女の努力の賜物だ。その精神性に、異世界とかこの世界等とは関係あるように思えなかった。


「この世界の人間は、最初から魔力という大きな力を与えられ、努力するという姿勢がない。それに頼り切り、甘えつくし、進歩しない。力なき者は、力を作りだすが、最初から与えられている者は、それに満足して前に進まないのだ」


 嘲るような笑いが響く。


「本当に愚かしい。我々異世界人が、この世界の進歩を指揮すべきだと思わないか?私はこの国をとっかかりに、この世界を究極的に発展させる未来へ導く救世主になる」


 台で横たわる、少女のような顔立ちの王子の頬を撫でる。

 まずはこの王子を傀儡にし、王位を継承させ、エステリア王国を手に入れる。呪術師としての力と、異世界の技術と知識、その野心で、何でも出来ると信じている顔だった。


「ミシャ、君にはプレゼントがある、受け取るといい。それを受け取って、私のこの救世に手を貸しておくれ」


 長身の男がその背後に目をやると、一人の男が前に進み出た。


 誰もが見おぼえのあるその姿。

 細身の体型、亜麻色の前髪に透ける緑の瞳。


「ディ、ディルクさん……?」

「あいつ、ここで出て来るのかよ!」

 

 セリオンが思わず叫んだ。このまま出会わないままで終わればと願っていたが。


「ミシャ……」


 その両腕を優し気に広げ、少女を迎えいれようとする仕草を見せた。

 ミシャはかすかに、震えて見えた。

 

「ディルクさん、あなた何故!?」


 コーヘイの叫びを受けて、緑の瞳が、機械的にコーヘイに向けられる。


「貴方にはわからないかもですね。日陰の身の辛さが。僕はこんなにたくさん手を汚してきたのに、貴方のように、役職に引き立てられる事もなく、国王の手駒の一つとして使い捨てされる立場です。理解できますか?」


 淡々と、語り始める口調は、冷たい。それには心は籠っていないようにも思える。


「裏切りだと思いますか?これが僕の仕事です。騙し、欺くのが僕なんですよ。恥ずべき事です、汚れきっている、騎士の精神など欠片もない、名前だけの騎士団員」


 自らと、その仕事を軽蔑しつくした口調で彼は言った。


 ミシャの瞳から、大粒の涙が、数滴、零れ落ちた。

 一歩、二歩と、ゆっくりとディルクに近づいていく。

 それに気づいて、緑の瞳はミシャの方に改めて向けられた。

 両腕を更に広げ、少女がその胸にすがるのを待ち構える。


「ミシャ!!行くな!!」


 二人の騎士の叫びもむなしく。

 少女はまっすぐ歩く。


 まっすぐに、その黒茶の瞳を、緑の瞳の騎士に向け。


 やがて、その男の前で立ち止まり。


 何の躊躇もなく、その手にある細身の剣を、対面する男の喉めがけて突き通した。


「!?」

「ミ、ミシャ……?」


 その場にいた全員が、信じられないという顔をした。クラウスすらも。

 ミシャは、その瞳に涙は貯めているが、その瞳は揺れない。

 静かに凪いだ夜の海のように。


「彼の、名誉を穢すものを、私は許さない」


 ミシャの剣が抜かれる。

 貫かれた男はゆっくり後ろ向きに倒れる。

 そのを見開いて、男はこと切れた。


 ディルクだった男は黒い灰になって、崩壊していく。


「偽物……呪術で作られた人形か……」


 コーヘイとセリオンは喘いだ。ミシャは見抜いたのだ。


――彼はそんな事を言わない。


 もっと複雑で純真な人。高潔な騎士の魂の持ち主だった事を、彼女は誰よりも知っていた。汚れ仕事と言いながらも、彼の言葉の端々には誇りが見え隠れした。そして彼は、それを含めて自分だと言った。ミシャはちゃんと覚えているのだ、彼の残したその言葉を。自嘲はしても、自らの仕事を軽蔑するように、言うはずがないのだ。彼は自分自身を否定しなかった。それを含めて、愛して欲しいと叫んでる人だったのだ。


 ミシャは、榛色の短い髪の長身の男に向き直る。そして、そのブルーグレ―の目を見つめた。呪術師の目を、真正面から見据えたのだ。

 その瞳の強さに、男は動揺した。


 男は操れないと知って、名前で縛る魔法を使った。


「ミシャ・キサラギ!止まれ!」


 その魔法は、彼女には何の効果も見せなかった。ミシャは、舌ったらずで発音できなかっただけ。登録名簿その発音通りにミシャと記載されたが、彼女の魂に結び付いた名前は”ミサ”である。


「あなたは、この世界を何もわかってない」

「な、なんだと」


「じゃあ、あなたは何なんです?元の世界で、あなたが空に飛ばし、地上を走らせるものを作ったのですか?宇宙に出る技術を作ったのですか?違うでしょう?他の誰かが作った力を、ただ甘えて利用してるだけの癖に、それがまるで自分の力だと勘違いしている愚か者です」

「だが、この世界が遅れているのは確かだ!中世レベルだぞ」

「この世界は、進歩をを繰り返して、最終状態になり、少なくとも二周してます」

「え……?」


 ミシャは古代魔法の研究で知ったのだ。

 古代魔法に、対価を要するその理由。


 それは罰。巨大な力を使った事に対する、重い処罰。


 魔法は人々の努力で、幾度となく複雑に進化した。それに伴って力は巨大になる。巨大な力はやがて、進化した世界すら滅ぼす力になってしまった。この世界は、リセットされているのだ、努力の末に進化しつくした魔法によって。


 だから、対価という罰を与える事で、大きな破壊的な力を使う事を躊躇させ、諦めさせ、制限させる。それはあえて付け加えられたのだ。

 それが発動の対価の正体だ。

 発展した世界が、二度と進化した魔法の力によって、原初に引き戻されない様に。


「この世界は今も魔法を、再び新たな方向に向けて進化させてます。異世界からくる知識ですら、豊かに受け入れて。より良い未来を目指すために」


 ミシャの瞳は益々その強さを深めていく。


「その世界を、なんであなた如きがバカにするんです?」


 ミシャは歩みより、その剣を突き付けた。

 長身の男はたまらず、数歩引いた。たった十五歳の少女の迫力に圧される。


 コーヘイとセリオンは、なんとか段差を乗り越えられそうな場所を見つけ出し、たった一人で呪術師と対峙する少女に手を貸すため、登っていた。ミシャの淡々とした声だけが聞こえる。


「異世界も、この世界も関係ない。そこにはいつも努力する人がいて、未来を目指して、頑張ってる。ただそれだけ。それぞれの世界はそれぞれの努力で、それに相応しいペースで進んでいく。精神性とか遺伝子とか関係ないです。それはあなたが、そうであって欲しいと願ってるだけ。自分は異世界から来た特別な存在だと、そう思いたいだけです」


 呪術師はその右耳についた黒曜石のピアスを外し、地面に叩きつけた。

 そこから鳥の形の魔獣が生まれ、ミシャに襲い掛かる。


 ミシャは左手を上げて、無詠唱の退魔陣を張り、その魔獣を叩き消した。

 じりじりと、男を追い詰めていく。

 少女の静かな怒りは、徐々に炎となって燃え上がっていく。


「あなたは、この世界に相応しくない。あなたの野心は、世界を悪い方に向かわせる。人を操って、自分の欲求だけでこの世界をゆがめる事は許さない!!」


 全力で、ミシャはその渾身の想いを込めて魔方陣の構築を始めた。一点に集中し、もはや周囲は目に入らない。

 呪術師が、慌ててその左耳のピアスを外そうとする。



 ミシャは魔法に集中している。

 魔獣を放たれる危険が、すでに見えていない。彼女の目にはもう、完成形の魔法陣への道筋への姿しか映っていないのだ。

 だが、セリオンもコーヘイも、間に合う距離ではなかった。


 呪術師のピアスが外された。

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