第28話
「ディルクがいないのに、よくこんなに早く判明したものだな」
「彼の残した部下が、頑張ってくれたんでしょうか」
地図を見ていて、コーヘイが気づく。
この砦、もしかして。
王都から北に位置するその目的地は、かつて彼が半分、火薬でふっ飛ばしてしまった峠の砦の位置に思える。
「知ってる場所なのか?」
「思いっきり見覚えがありますね」
あの辺りの地理ならわかる。
セトルヴィードも地図を覗き込む。ここは思い出の場所だ。
その背後で、大勢の魔導士達が転移の魔法陣の準備を開始していた。
今回は移動させる人数が多いので、魔方陣は大規模なものになっている。
城の裏側の騎士団の鍛錬場に多数の魔導士がいるという風景は、あまり見かける事がない。
「師匠」
「ミシャ、気を付けて行っておいで」
「私の魔法は師匠です、剣はコーヘイ師匠です。私は二人に守られてるから平気です。絶対に王子を取り返して、無事に帰ってきてみせます」
いろんな物が吹っ切れた、晴れやかな顔だった。
銀髪の魔導士は、成長していく若木のその姿を眩しく見る。
やがて準備が整い、転移が行われる。
「閣下、行ってきます」
「無事を祈っている、ミシャを頼んだ」
三十人の騎士と、精鋭メンバーは魔法によって、砦付近の座標を目標に転移されていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
早朝の出立だった。朝靄がまだかすかに、空気に湿り気を与えている。
「さて、どうするか」
「砦とその周辺の見取り図はこちらです」
騎士の一人がアリステア王子に差し出す。
「私、敵の位置を見てみます」
「ミシャ、いきなり無理しないように」
「へっちゃらです」
ミシャは、数度呼吸すると、自らに刻んだ古代魔法の力を開放する。
まるで世界をすべて感じるような知覚。
自分の体を中心に広がって行く、波紋のように。
何かが存在すると、波紋が跳ね返され、ミシャはそこに何があるか把握する。
感じたものを、見取り図に書き込んでいく。
そして、ゆっくりその力を封印していく。
もうすっかり、使いこなせるようになっていた。
だがやはり、体力を吸い取られたと感じる。
「ミシャ、口を開けて」
コーヘイに言われ、素直にミシャは口を開ける。
飴玉が放り込まれる。棒はついてない。
「ありがひょうでふ」
大き目の飴で、ミシャのほっぺがポッコリしてる。
「おまえ、何でも持ち歩いてるな」
セリオンが笑う。ミシャは飴玉を口の中で転がして、少し休憩している。大人しく飴を食べてるその姿は、師匠に似る。
その間に、大人たちは戦略を深める。
「この敵の配置だと、こっそり侵入するのは難しいか」
「キース殿下のおられる位置はどのあたりでしょうね」
「お約束であれば、一番奥だろうか」
「このあたり、随分と呪術師が多いのではなくて?」
あまり魔獣を多く、同時には相手にしたくない。何せ少人数だ。
アリステアが思索を巡らす。
「精鋭中の精鋭だけを奥に向かわせるのはどうだろう?」
「王子殿下、それはどういう作戦で?」
「奥に向かわせるのは、コーヘイ、セリオン、ミシャの三人のみ。俺と騎士達、副団長で、このあたりの呪術師をすべて引き受ける」
「複数の魔獣を出されると、この人数では対応が難しくはありませんか」
「ほら、ここの場所なら、一体ずつ撃破が可能だ、良い壁がある」
地図で指し示された場所は、なるほど、その作戦に相応しい地形をしている。
「全ての呪術師を引き付けるのは無理だが、大部分はこちらに陽動できるのではないか、魔獣は魔力に惹かれる。言い方は悪いが、副団長には魔法を使いつつ、囮の役目を担ってもらいたい」
「この中では、わたくしが一番、魔力量が多いですね。魔獣は率先してわたくしを狙いますから、かなり良い作戦だと思いますわ」
ストロベリーブロンドの女性の眼鏡の奥に、不敵な輝きが煌めく。
デルフィーヌは防御魔法の専門家だ。囮になりつつも、魔獣を防ぐ魔方陣も軽々と敷く事が出来る。動きを止めた魔獣を各個撃破し、使役する呪術師を仕留めていく。
「コーヘイとセリオンの二人は、なるべくミシャの力を温存しろ。いざという時に役立つのは彼女の魔法のはずだ」
二人は頷く。
「本来なら、俺が向かいたい所だが、適材適所を考えるなら、これが理想だと思う。賛同してくれるか」
「良い作戦かと思います」
「自分も同意です」
「弟を、頼む」
夜になると不利。
この作戦は、即実行された。
「なんだ!?」
「王国の騎士団だぞ、早くないか!?」
「何故ここがばれたんだ、つけられるヘマを誰かしたのか」
「まさか、あの混戦でそんな」
王子アリステアがその先頭に馬を立て、いかにも全軍こぞって出撃してきたかのような雰囲気を示して見せた。
「これはやばい、動ける呪術師を集めろ!」
「急げ!あっちだ、防衛しろ!」
「王国軍が来たぞ!!」
作戦通り、呪術師の大部分がそちらに向かう様子が見えた。草むらに隠れて様子をうかがう突入部隊の三人は、人の流れを見極める。
最低限の見張りはやはり動かないが。
セリオンとコーヘイは、ミシャを間に挟む形で、砦に向かって走り出した。
見張りの呪術師が、その懐の小瓶を出そうという仕草を見せたが、その前にセリオンの一閃がその後の動作をさせなかった。隣にいた呪術師も、同時にコーヘイの剣に貫かれ、悲鳴すら上げられない。
久々のコンビ復活に、二人は目を交わして微笑み合う。
この、ぴったりとした呼吸が気持ちいい!
まるでもう一人の自分がいるようだ。
息をするように自然に、体が動いていく。お互いがお互いの動きを導き合い、次の行動につなげていく見事な連携。
呪術師達は、扉の前などの特定の場所に二名ずつという割り振りで配置されていたため、このコンビで対応がとてもしやすかった。どちらが、どちらを仕留めるなどと相談せずとも、結果が出せるからだ。
ミシャは出番が全くないが、自分を温存するために二人が前に出ている事はわかっていた。彼女は彼女にしか出来ない仕事をする。
神経を集中し、違和感を探し続ける。そこにあるはずでないものがあれば、そこが目的地だ。
今は、囚われたキース王子の無事を祈りつつ、その奪還にすべてを賭ける。
自分を守れるようにと、与えられた剣だったが。
二人の師匠が、いつもミシャを良い方向に導いてくれていた。
ミシャはこの力を、守るために使うと決めていた。
まずはキース王子を。
そして大人になったときはこの国を。
死ぬ直前まで、努力して、前へ前へ。
未来へ、未来へ。
いつかこの世界すら、守れるぐらいに、育ってみせる。
自分はか弱い小さな苗木だった。
いろんな人が添え木となって、支えてくれた。
荒れ狂う防風からも、折れないように、体を張って守ってくれた。
心を尽くして、育ててくれた。
いつか大樹になって、どんなものからも、今度は守れるように。
この世界に偶然植えられた若木は、苦しみながらも深く深く根を張り、後はもう、それを支えに上に向かって伸び行くだけとなっていた。
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