第27話
王子が連れ去られた夜がが明けた。
アリステア王子を含む、魔導士団、騎士団の役職者が居並ぶ会議が開かれる。
「キースの誘拐を目的とした、襲撃だったのだろうか」
アステリア王子が重々しく口を開いて、会議はスタートした。
「暗殺も狙っていたとは思いますが、誘拐も目的の一つだったのではないかと」
「被害の方はどうだ」
「死者は少ないですが、重傷者が多いですね。魔獣の瘴気がやっかいです」
全員が、溜息をつく。
「城内への手引きをしていたのは、エリセ局長で間違いないだろうか」
「呪術師に操られて、という状態ではありましたが、おそらく」
「今、エリセさんには魔法で時間を止める封印を施してあります」
「解放には、呪術師を倒すしかないのか」
セリオンは、最後に見た、緑の目の騎士の事を、この会議で発言できていなかった。しかし、自分の胸に留め置く事もできない。
「とりあえず斥候を放って、キース王子がどこに連れ去られたかの確認中です」
「救援部隊の編制を急ごう」
「大規模な奪還作戦は難しいですね、また同規模の襲撃があると陛下を守り切れません、動ける人数が減っています」
「精鋭か……」
「魔導士団の秘蔵っ子を入れるべきだ。あの娘は呪術師に対して強い。いい戦力になるだろう」
「だが、まだ十五歳の女の子です、そんな危険な任務に就かせるのは」
「今までだって、危険な仕事をしてるではないですか?」
「それはそうですが」
それぞれが代わる代わる意見を言い合う。
セリオンとしては、ミシャを、今や不審者でしかない緑目の男に会わせたくない。だが、剣と魔法を極めていってる、特殊なミシャの力は必要だった。あの子は強い子だ、きっと何があっても乗り越える。乗り越えられるように、支えてやる、それしかない。そう考えた。
「俺も、ミシャを、奪還作戦のメンバーの一人にする事を推薦します」
「セリオンさん!」
「ただ、副団長という立場を置いて、俺も参加させてもらいたい」
会議に参加してから、発言していなかった、魔導士団長もついに口を開く。
「コーヘイも、行け」
「自分は、閣下の護衛騎士です」
紫の瞳は強く、騎士の顔を見つめる。
「わかりました、閣下の代わりに、という事ですね」
セトルヴィードは頷いた。
「魔導士団からは、副団長のデルフィーヌを推薦する」
「わたくしでしたら、構いませんよ」
ストロベリーブロンドの、眼鏡の女性は優雅に即答した。
「最初の復帰戦になるが、俺も行く。弟は自らの手で救いたい」
キース王子奪還には、アリステア王子、十五歳のミシャ、久々となるセリオンとコーヘイの騎士コンビ、防御魔法の副団長デルフィーヌ、三十名の精鋭騎士が参加する事になった。
会議のあと、魔導士団長の部屋に数人が集まっていた。
セトルヴィード、コーヘイ、セリオン、カイルの四人である。
セリオンはついに、ここで告白した。
「あれはディルクだった、見た目は」
一同に動揺が広がっていく。なかなか、それに対して、感想を口に出せなかった。
ミシャをあんな風にしてしまった張本人。
「彼は、ミシャを守って亡くなったのでは」
コーヘイがやっと口を開く。
「遺体は、その場にいたミシャすら見ていない」
はっと、全員が目を見合わせる。
惨殺されて、正視に絶えないという理由で、即、棺に納められた。家族もいなかったので、対面した者もいないはずだ。少数の騎士の立ち合いで、ひっそりと荼毘に付されたと報告を受けている。
「生きていたとしても、何故こんな事を」
「エリセと同じで、操られているとか……」
「だが、緑目だぞ?操られるとは思えない」
「じゃあ、自分の意思でか?」
一同が沈黙する。
「ミシャは、大丈夫でしょうか、もし対面する事があったら」
コーヘイが一番の不安点を指摘する。
「あのクソ野郎、またミシャを傷つける気か」
カイルの声に怒気が宿った事に、銀髪の魔導士が何かを感じ取った。
「ミシャはやっと今、乗り越えようとしている所だ。自分が騙されていたと知ったら、今以上の傷を負う。だが」
セトルヴィードは、少しだけ間を開けて力強く続ける。
「ディルクは、私が信頼した男だ」
「自分も、ディルクさんがそんな事をするのは信じられません」
「じゃあ偽物?」
「わざわざ、あのクソ野郎の偽物を仕立てる意味がわからん」
コーヘイとセトルヴィードは、ディルクと旅をした事もある。その旅の中で、彼にそんな裏切りの片鱗は全く見て取れなかった。
汚れ仕事をするには、優しすぎる男。
少し、寂しがり屋な所もあった。
ミシャに向ける感情は、まっすぐで純情なものであったに違いないのだ。
でなければ、あの子がそれに応えるだろうか?
「例え、そのディルクが本物であろうと、ミシャは最適な答えを見つけ出す。あの子はそういう子だ。私は、ミシャの事も信じている」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
王子の行方が判明するまで、それぞれは英気を養う。
大人たちの会議の結果を聞いた後、少女は帰宅していた。
仲良し親子で夕食を食べている。
いつもシチューに入ってるブロッコリーが入っていない。ミシャの好きなコーンの粒が、やたらとたくさん入っていた。
でも彼女は今日、大嫌いなブロッコリーの緑さえ、恋しくなっていた。
恋というものは、失ってからも育ってしまうのだろうか。彼女は今もまだ、緑の瞳の騎士の事を好きになり続けていた。思い出すたびに、その想いは育ってしまっている。思い出になるどころか、より現実的に傍に、彼が寄り添ってくる。
そしてそんなミシャを、ただ見守ってくれていたキース王子。思う所は色々あるだろうに、一生懸命、ミシャのためにその背を伸ばそうとしていた。
「ミシャ、怖かったら、行かなくてもいいんだよ?」
ローウィンは心配で、”行きたくない”と言って欲しかった。
だが、ミシャは頭を振った。
「キース殿下はお友達だもの。選ばれたからには行く」
「ああでも、心配ですわ、私もついていきたい」
「魔導士が増えると、護衛騎士が疲弊する、会議で名前すら出なかった我々では、どうしようもない」
ミシャは、母が作ったシチューをゆっくり味わって食べた。
その夜は、親子三人。
同じベッドで、川の字になって寝た。
翌日には、王子の連れ去られた場所が判明したという報告が届き、キース王子の奪還作戦は決行される事となった。
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