第26話

 翌朝のミシャは、熱を出していた間の事を、すっからかんに忘れていた。


「そうだよな!おまえはそういうやつだ」


 悩みに悩んだ一晩を返して欲しいと、カイルは思った。


 でも、それで良かったとも思う。どう考えても、今後も、ミシャとどうこうなる事はないという実感があった。気に入ってるが、だが、それでどうするかと言われると、流石に色々無理だった。

 自分は大人で、相手は子供。少女が大人になったときに、それでも選んでくれたら、ちょっと嬉しいかな?ぐらいだ。やはり年齢差が大きい。親子程、というのにギリギリ引っかかりそう。倫理観が邪魔をする。特別、うら若い少女が好きという性癖もない。


 せいぜい彼女の成長を見守り、支えるだけがお似合いだと思う。

 心配をかけてくるし、苦しいと思う所もあるが、そこは大人の自分が我慢しよう。


「おなかすきました」

「家に帰って食え」


 素早く着替えて、パタパタと走り去る後ろ姿を、治癒の魔導士は何とも言えない表情で見送った。


「参った、本当に参った、あいつやばい」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 城の一室、書庫の中に長身のクラウスはいた。パラパラと名簿をめくる。ブルーグレーの瞳で、その隅々まで目を通しているようだ。


 深夜。


 暗闇の中、小さな魔法の灯りを頼りに、黙々と調べ物を続け、そして、熱い溜息をもらす。


「ふふ、やはり異世界人は素晴らしいな。帝国にいた時より、この国は本当にたくさんの異世界の情報が手に入る。人数もそろったし、計画の日は近い。」


 恍惚がその表情に宿る。


「この世界の最高傑作の仕上げは、ぜひ自分の手でやりたいものだ。少年とも少女ともつかぬ、あの容姿も素晴らしい。青い蕾もまた良いものだ」


 名簿を閉じ。元の場所に戻す。

 そしてその傍ら、本棚に腕を組んでもたれ掛かる男に声をかける。


「お前も見たいだろう、人類の最終進化の姿を」


 そのブルーグレーの視線は、その男の緑の目と絡み合う。

 亜麻色の髪に透ける、緑の瞳。


「はい」

「もう少し調整が必要か」


 小声で呪文を唱える。


「そうですね、ぜひに」


 緑目の男が言いなおした。


「帰るぞ」


 それを聞いて男は、亜麻色の髪を揺らして本棚から体を離し、姿勢を正す。クラウスはそれを確認して、書庫から出て行った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 深夜、剣戟の音が城内に響き渡る。

 月のない夜。外は真っ暗だ。


「西からまわりこめ!陛下のお部屋に近づけるな!!」

「警備隊は庭へ!騎士団は城内に配置を」


 この夜、今までかつてない規模の襲撃を受けていた。

 あちこちで戦闘がはじまっていて、乱戦になっている。

 何処で誰が、何と戦っているのか把握できず、個々の能力と判断力に頼らなければどうしようもない状況になっていた。


「これじゃ戦場で戦っていた方がマシだ」


 セリオンは防衛を指揮しながら毒づく。

 最近、城内までの侵入を許す事が多い。いきなり沸いて出るかのような襲撃者。城に詳しすぎる。もう、誰かの手引きがあるのは疑いようがなかった。


 身軽な暗殺者の集団と、呪術師とその使役する魔獣。夜間警備を総動員してもギリギリの対応になっていた。


「これはいかん、応援がいる、押し負けてるぞ。なんで俺の宿直の日ばっかり、本当に貧乏くじだ」

「副団長!魔導士団長が国王陛下の警護にまわりました。護衛騎士団も配備が終わったようです」

「よし、これでとりあえず陛下は大丈夫か」


「セリオン様!」

「ミシャか、お前、頭ボサボサだぞ」

「家で寝てたんですっ」

「よく来た、助かる」


 ミシャは剣を抜く。


「何処から、手をつけたらいいのかわかりませんっ」

「手近な所からだな」


 ミシャは、魔獣を出される前に呪術師を仕留める、という事を目指す事にした様子だった。さすが、コーヘイの仕込みは違う、剣技だけでなく戦略的な教育も完璧だ。


「第二隊は西門へ!そこの四人は俺についてこい!」

「はい!」


 気づけばミシャを見失った。

 あちこで被害も出ているようだが、被害状況の把握も難しい。

 だが、城外からも応援が駆けつけつつあり、数でなんとか対応できそうだ。これは事後処理も頭が痛そうだが。また山のような書類仕事が待ってると思うと、それも憂鬱であった。


 しばらくセリオンもその剣を振るっていたが、ミシャの、自分を呼ぶ叫びが聞こえた気がした。


「ミシャ?」


 声の方向に走る。呪術師を相手にするときのミシャは、無言で淡々としている。今の叫びは尋常じゃない。不安が胸に広がる。騒音がひどくて、場所が把握できず、流石のセリオンも焦りが出て来た。


「ミシャ!?どこだ!!」

「セリオン様!こっちです、はやく、おねがい」


 声が近い。その声は涙声にも聞こえる。とにかく走る。

 彼女がいた。彼女は誰かと対峙している。その顔を見て、目を疑った。


「エ、エリセ……!?」


 ミシャに剣を向けて立つ、女性騎士。

 赤毛のショートカット。

 見慣れた、凛々しい姿。久々に見る騎士団の装備。

 次々と鋭い斬撃をミシャに向かって放つ。

 ミシャは反撃できず、細身の剣で受けるわけにもいかず、とりあえず避けて、避けて、避けまくっていた。機敏なミシャが、ギリギリの回避をしている。

 見知った顔に、何もできず、とにかく攻撃を避けるしかない状態になっていた。

 動き続けながらは、流石に魔法が使えない。エリセは一切のいとまも、ミシャに与えようとしていなかった。


「何をやってるんだ、エリセ!」


 ミシャとの間に割って入り、剣でその攻撃を受けるが、いきなり力比べになる。


――くそ!こんなに力があったのか!?


 お互い剣を弾きあって、距離を空ける。

 セリオンは肩で息をしているが、エリセは全くそのような様子はない。

 瞳に、何も感情がなく、光りすらないようだ。


「まさか操られているのか」

「操っている、呪術師を、探しては、いるの、でも見つからない」


 ミシャは息が切らしながら、必死に報告してくる。


「ここには、いないのかも」

「くそ、何という事だ」


 深く操られてしまうと、その呪術師を倒す以外、解放の方法がない。

 痛みも、苦しさも感じない状態になっているので、気絶させるのも難しい。場合によってはもう、操られた者を殺すしかない。


「エリセ……」


 彼女は怪我を原因に騎士団は引退しているが、勇猛で素晴らしい騎士だった。長く異世界人登録局の局長として、事務的な仕事をしていたが、いつ招集がかかってもいいように鍛錬は欠かしていない。全盛期より劣るであろうが、それでもそれなりに強いはずだ。


 エリセがセリオンに向かって走り出す、セリオンはそれを受けて押し戻す。


――さぁ、どうする俺!どうすればいい!?


 迷いは、剣に出る。向こうは一切の遠慮をしてこないが、こちらは心理的に躊躇してしまう。不利過ぎる。

 本気で倒しにいけば、倒せるが。その本気が出しにくい。

 迷っているセリオンに向かって、更に一歩を踏み出し、連続的な攻撃。


「わっ、わっ、ちょっと、くそ、これは」


 セリオンは剣を弾かれそうになり、腕が上がる。そこを狙って、がら空きの胸にエリセの痛烈な蹴りが入った。


「がっ」


 高身長の逞しい体が、かなりの距離を飛ばされる。なんて力だ。

 続けてエリセは、やっと立ち上がったばかりのミシャに向かう。


「やめろ!エリセ!!!」


 ミシャは避けるのも、剣で受けるのも諦めて、至近距離で魔法の爆風を起こした。

 二人の女性は、お互い同じ距離を吹っ飛ばされる。ミシャの体は地面で跳ねて、そのまま気を失ったようで、動かなくなったが、エリセは、ゆっくりと、立ち上がり始める。


 その剣が、倒れたミシャに向かうのを見て、セリオンは剣を杖にして立ち上がり、そのままなんとか走ると、渾身の力を込めて、刀身の腹でエリセの胴を真横に殴りつけた。


 赤毛の女騎士の体が後ろに吹っ飛び、壁に叩きつけられてやっと動きを止めた。


「はぁ、はぁ、くそ」


 よろよろと、ミシャに向かって歩みを進めている時、何かに誘われるように顔を上げた。

 城壁に人影が見える。月はないが、城内の戦闘のために灯された魔法の灯りで、ある程度は見えた。


 金髪の少年が、ぐったりとした姿でその人影の肩に担がれている。


「キース王子!?」


 王子を担いだ男が暗闇に消え、その後に続くフードの男がゆっくりと振り返った。


 見覚えのある、顔。


 見覚えのある、体型。


 見覚えのある、亜麻色の髪に透ける緑の瞳……。


 セリオンは立ち尽くし、その男が城壁の向こうに消えるのを、見送ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る