第24話
異世界人登録局のマンセルとミシャは、シェリの家に遊びに来ていた。
生まれた赤ん坊を見せてもらうために。
シェリの家は王都の外れ、小さな庭がある一戸建てだった。
久々にミシャは、普段着だ。一時期は可愛い服を好まなくなっていたが、今日は町娘らしいスカート姿である。
お土産は子供の服を数着。その他、焼き菓子の詰め合わせ等。魔導士団長からは、御守りの護符が贈られており、それをミシャが預かってきていた。
「うお、かわいいな、すごい」
「でしょう~うふふ」
シェリの腕の中に、ぷくぷくの柔らかい赤ちゃん。柔らかな金髪は母親似。ほっぺがバラ色で、さらさらすべすべ。フワフワの白いレースのベビー服を着ている。
「あぶあぶ」
きゃっきゃと笑う笑顔が、これまた可愛い。キラキラ、命の雫がほとばしる。
周囲の明るさが増して見えるほど、輝いて見えた。
ミシャも初めて見る赤ん坊にメロメロだ。
「抱っこしてみます~?」
「はいっ」
小さくて柔らかで壊れそう。でもあったかくて、腕の中に納まる小さな命。一生懸命に手を伸ばしてる。そこに指を入れると、キュッと握ってくる。その力加減が気持ちいい。
「私も欲しいな、赤ちゃん」
「もうすぐよ~」
「俺も欲しくなっちゃうな、たまらないよこの可愛さ」
全員の目じりが下がってしまう。
「でも大変なのよ~、今はご機嫌だけどね~」
ミシャは赤ちゃんをシェリに返す。
その母親としての姿も、ミシャにはすごく眩しい。
ああ、ママもこんなふうに、私を愛してくれてたのかな、などと。
キュッと胸に痛みが走る。
思い返せば、自分はすでに、大事な物を何度も失っていた。
じいじ、ばあば、パパとママ。鉱山のおじいちゃん。そのたびに辛かったはずなのに、今はちょっとだけ、チクっと胸を刺すだけだ。傷を、思い出が覆いかぶさって、やさしく癒していってくれる。
彼の事も、遠くない未来に、思い出が癒してくれるのかもしれない。でも忘れる事はないように、小さなチクっとした痛みだけは残し続けて。
ミシャの腕の中に、赤ん坊が残した柔らかいぬくもり。
彼女の中に、その体温が染み入る。
いつか自分も、こんな風に命を育むのだろうか。
それを考えると、体の芯から強い力が沸いてくるようだった。本能的な部分だろうか、なんだか言いようのない感覚が訪れる。
しかし、ミシャの脳裏にある疑問がよぎっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「師匠、戻りました!」
「行ってきたか、どうだった」
彼女は出かけていた普段着のままである。
ミシャの顔はすごく嬉しそうに見えた。彼女のこんな元気な顔を見るのは久々だったので、赤ん坊を見に行くというのは良い気分転換になったのかと思った。
「すっごい可愛かったです」
「そうか、それは良かった」
「赤ちゃんってどうやったら作れるんですか?」
「えっ」
銀髪の魔導士が、今までかつてないほどの動揺を見せた。
「大人になったら、私も産めるんですよね?」
「え、そうだな、うん?」
キャベツから生まれるとか、コウノトリが運んで来ると思っていないだけマシなようだが……。
「楽しみだなあ」
「まず、相手探しという順番が」
「相手???」
無知がひどい。魔法と剣術については天才としか言えないのに。
こういうのはどうやって知っていくのだろうかと、セトルヴィードは必死に自分の過去を掘り起こす。確か、大人から教わったとかではなく、早熟な友人との会話の中で知ったような……。知りもしないのに、知ってるフリをして話を合わせていた甘酸っぱい過去もついでに思い出してしまい、更に動揺が広がる。
多分、女の子達もそんな感じなのだろう。ミシャはその辺りをすべて、すっ飛ばしている。
確か深層の令嬢は、建前では婚姻の床入りの前日に侍女に手解きを受ける、という事にはなっているが、あくまで建前で、やはり友人知人の会話や、本等で知って行くのだと思われた。ミシャは、本も魔法関連以外は全く読まない。同世代の友人もいない。王子の婚約者と仲良くやっているが、あんなにも見た目は妖艶な美女であっても、純情で清潔な女性であることが判明しており、今なお王子とは寝室は別である。ロレッタがそういう話を率先して、ミシャにするとは思えなかった。
しかし、自分はあくまで、魔法の師匠である。そんな生活面については、サポートしなくてもいいんじゃないかな!というところに、思考が落ち着いた。
無理無理、自分には絶対、説明は無理、という動揺の末である。
「カイルが、詳しい」
副団長に押し付けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ミシャは好奇心が抑えられず、わくわくと副団長の部屋の扉を叩く。
「今日はなんだ」
きわどい告白をした事で、治癒の副団長は、あまりミシャに会いたくなかったが、相手がお構いなしなので困る。もうあの決死の告白は、忘れ去られているような気さえして、悔しいような、切ないような。
とりあえず、その気持ちを悟られないように、お茶を飲みながら優雅に対応する。
「赤ちゃんの作り方を聞きに来ました」
カイルはお茶を噴き出した。
「げほっがはっ」
「大丈夫です?」
「何で俺にそんな事を聞く」
「師匠が、副団長が詳しいって」
「くそ、あいつ押し付けたな」
むせる副団長の背中を、ミシャがさする。
「えーと、どこまで知ってるんだ」
「はい!女が生みます!」
元気に手を挙げて答えた。
「男の役割は?」
「え、なんだろ、必要です?」
「そこからか!!!」
カイルは悩んだ。この調子で、あちこちに聞いてまわられてもまずい気がした。ここで食い止めておかないと、聞く相手によっては間違いも起こるかも。じゃあ、教えよう等と、実践されてはたまらない。
なかなかきつい役回りだ。俺が手取り足取り教えてもいいんだぞ、ちくしょう、という気持ちがゼロではないのが困る。
「えーと、おしべとめしべがだな」
「ふんふん」
小一時間、魔法とは全く関係ない授業が行われた。
「わかったか」
「……はい」
カイルはぐったり、ミシャはしょんぼり、である。
「うう、そんな怖い事、出来ない」
「儀式だと思え」
「みんな、赤ちゃんのために必死に乗り越えてるんですね」
「いやそんな、大層なものでもないような気が」
まあこれで、多少の危機感は持つだろう。
「この人ならいいかな?っていう人を見つけるんだ」
「この人ならいい、ってどう見分けるんです?」
「ひとまず、最低限キスするのが嫌ではない相手だな。したことあるか?」
「……あります」
おや、意外だ。という顔をカイルがした。
「ディルクさんとしました」
「あのクソ野郎」
「嫌じゃなかったです」
ミシャが萎れていく。黒茶の瞳に涙がたまっていく。
「血の、味が、しました」
悲しみが、何度も揺り返す。
思い出の、かさぶたになるまでが、遠い。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「キース王子、今日はこのあたりで」
「ああ、ありがとう、はぁ、はぁ」
朝の鍛錬を終え、汗をぬぐう。
セリオンは王子の細腕に合う技術を選んで教えていた。アリステア王子のように力任せで受けるより、受け流すスタイルが合っていそうだった。
骨格的に、あまり逞しくなるタイプでもない。おそらくこのまま、綺麗な王子様として育つだろうと、彼は予想していた。
「兄上とロレッタは、まだ婚儀を挙げないのだろうか」
「準備は進んでると聞いてますよ」
「早くしないと、コウノトリが待ちくたびれてしまうな」
「ええ……あ、はい?」
「なんだその顔は。いくら僕が幼くても、子供がキャベツから生まれる等とは思ってないぞ」
生真面目な、王子の顔。
それを受ける灰色の瞳。
キース王子の教育について。
誰かが教えてるだろうと、全員が思ってしまい、誰もそのあたりの教育を施していなかった。
「王子、ちょっとこちらへ」
セリオンは木の枝を拾い、地面に絵を描き始める。
「おしべと、めしべがですね」
こちらでも小一時間ほど、剣技と関係ない授業が行われた。
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