第23話

「失礼します、陛下の命令でお届けに参りました」


 ミシャの元に届けられたのは新しい制服。騎士団の制服を改良したもので、魔導士のローブのように袖が邪魔にならないだけでも、剣は使いやすくなった。


「騎士団の制服で紐飾りだった部分が、高位魔導士の刺繍になってます」


 丈はミニスカートの形状で、厚手の黒いタイツを合わせる。靴はショート丈の黒の皮ブーツ。若干厚底気味だ。そして、魔導士団の護衛騎士団と同じ、黒の革手袋。

 これに状況に合わせ、マントを組み合わせる。

 深い緑を基調としていて、ミシャは気に入った。


――緑は、あの人の色だもんね。


「剣は、通常の三分の一の太さですので、打ち合いには向きませんが」

「私は回避型で、打ち交わさないので大丈夫です」


 試着してみると、騎士のいで立ちなのに、なぜかミシャは女の子らしく見えた。周囲の、より少年ぽくなるのではないかという予想に反して。

 凛々しくもあり、愛らしくもあり。高潔で高貴な感じさえある。


 騎士団と、魔導士団両方に籍を置く、初めての存在。

 剣と魔法の世界で、その両方を極めていく、新しい未来の姿。


 特定の上官はおらず、部下もなし。彼女は彼女の判断で行動する事が許された。これは彼女を地位で縛らないため。鳥はこれから羽ばたくのだ。地位という足枷を、その師匠が許さなかった。


 相談役として、魔導士団長と、騎士団統括のアリステア王子が立つ。

 まだ幼いが、先日の魔獣戦での活躍はすでに知れ渡り、反対する者はいなかった。この世界は完全な実力主義。結果には、評価が必ずついてくる。

 この国の魔導士の最高位と、騎士の最高実力派が、協力して作り上げた剣と魔法のハイブリッド。その少女を、魔導士団と騎士団双方が、協力して育て、支え、守っていくという誓いがなされていた。



 最近は、呪術師の侵入を許してしまう事が多くなり、警備はより強化されている。警備が厳しいのに、侵入が多い事から、誰かが手引きしているのではないかという疑いも生じ、城内は疑心暗鬼だ。

 そういう時の内部調査指揮をしていたのも、ディルクである。


 この巨大な損失を生じさせた責任を、ミシャは感じていた。自分がもっとしっかりしていれば、彼は死なずに済んだという思いがどうしても拭えないのだ。


 もう泣かない、強く、強く。

 誰かに守られるのではなく、守る側に立っていく。

 これが新しい彼女の夢になっていた。


 まだ十五歳、悲壮な決意だった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 深夜に、ガラスの割れる音がした。


「……!」


 ロレッタは飛び起きた。異常に気づいて即、その首に下げられた笛を吹く。

 彼女の部屋に、魔獣が封じられた小瓶が投げ込まれたのだ。魔獣はオオカミの姿をしている黒い悪意の塊。赤い目を煌々とさせ、夜着姿のロレッタを狙う。

 猫のパキラが毛を逆立て、威嚇した。


 笛の音に、警護の騎士達が駆け込んできて、無力な彼女に代わって対応してくれる。アリステア王子も駆けつけ、愛する美女を当然のごとく保護する。彼の手には剣があり、すでに復帰は間近だ。この部屋の魔獣は、彼の手で易々と消滅させられた。


 あちこちで窓の割れる音が続く。


「副団長!部屋に魔獣の小瓶が投げ込まれています!」

「くそ、なんて夜だ」


 宿直のセリオンは部下を指揮し、全部屋の捜索を開始する。


 月が丸い。

 空に円形の穴が開いているかのように白い輝きを放つ。

 冬のキンと冷え切った夜。


 ミシャは暗い庭にいて、体を横に、足を開いて、剣をまっすぐに相手に突き付けるような構えで立って、呪術師と相対していた。

 冴え冴えとした、冷たい視線で、呪術師の方を見る。


 ミシャは、呪術師の目を見ない。

 ディルクに教わった通りに。


 呪術師は、蛇の形をした呪いの術を放って来たが、彼女はそれを無詠唱の魔法で弾き飛ばした。


「騎士じゃないのか!」


 呪術師が驚きの声を上げる。騎士相手なら呪いの術程度でも十分、戦力を削ぐことが出来るのだが、魔導士は呪術をはじく魔方陣が使える。

 別の場所で使う予定だったが、不利を見て呪術師は決断し、三つの小瓶が投げられ、それぞれからオオカミ型の魔獣が現れると、魔獣はミシャを囲むようにして唸り声を上げた。


 セリオンは、三階の廊下の窓から、ミシャが呪術師と対峙している事に気付いた。さすがにここからは、飛び降りて加勢とはいかない。

 三匹の魔獣と、呪術師を相手にしていることを確認すると、部下の数人を階下に向かわせる指示をした。だが、間に合うだろうか。


 彼女は飛び掛かってきた、一匹の魔獣を、無感情に切り伏せる。

 続けざまの一匹は退魔陣で防ぎ、続けてもう一匹は地面に縫い付け。

 連続的な、魔法、剣、魔法、剣の切り替え。

 魔獣を倒し終えた瞬間にはもう、呪術師に肉薄していて、その体を斜めに切り伏せていた。何の迷いも、躊躇もない、流れるような連続攻撃。


 呪術師は、ゆっくりと体を地面に倒した。


「すごいな、おい」


 灰色の瞳の騎士は、ミシャのすさまじい強さに、感嘆した。


 彼女の仕事はこれで終わった訳ではない。ミシャは古代魔法の封印を解き、意識を開放すると、敷地のくまなくすべてを知覚していく。

 閉じていた目を開けると、彼女はつかつかと歩きだした。


 三階まで上がって、セリオンと合流すると、廊下の奥にあった物置の扉を開けて、そこに隠れていた魔獣に剣を突き立て、終了である。

 ミシャはこの間、終始、無言だった。


 淡々と。ただ、淡々と仕事をしていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 二人は合流ついでに、共に食堂で朝食を摂る事に。

 ミシャもセリオンも、野菜多めのシチューを選んでいる。


「もう立派な魔法剣士だな」

「私が有利に戦えるのは、相手が呪術師の時だけです」

「ほう」


 セリオンは感心した。彼女は今の自分の強さに慢心しておらず、自分の出来る事、出来ない事をきちんと把握していた。


「盗賊や、暗殺者アサシンのような、武器を打ち交わさなければいけない相手だと、私は勝てないです」

「だろうな」


 ミシャはシチューに入っているブロッコリーを、せっせと脇に寄せている。


「何してるんだおまえ」

「セリオン様、はい、あーん」

「え」


 スプーンに乗せられたブロッコリーが、セリオンの口に押し込まれる。


「あっつっ!」

「すみません、ふーふーしとくべきでした」


 パッと明るい笑顔。以前のような底抜けの笑顔ではないが、それでも彼女が笑った事に、騎士は少し安堵した。

 だが、呪術師に相対するときの、あの寒々とした態度。彼女が全く、乗り越えていないのは明らかだった。怒りで我を忘れていない、その冷徹さが逆に、彼女に不釣り合いのようにも思え、必死にバランス感覚を維持しようと努力しているようだ。

 少しでも感情に揺らぎが生じれば、すべてが崩壊すると知っているように。


「今日は、この後どうするんだ。家に帰って寝るのか?」

「団長のところで少し仮眠させてもらって、その後は副団長のとこで勉強です」

「おいおい、いくらなんでもそれは」


 夕べの活躍は助かったが、十五歳の少女が深夜に庭にいるというのも、どうかと思う。彼女は自分で考えて行動する事が許されていて、勤務の時間も好きなようにしているが。縛りがないという事は、無理できる限界までやってしまうという事だ。


 ミシャは守る側に立つつもりのようだが、年齢的にも体力的にも、まだ大人の庇護下にあった方がいい。

 彼女は無理する方向に、いつも舵を切る。


「若い時に無理をすると、年を取った時にそれが祟るんだぞ」

「そうなんです?」

「そう、若いうちは、体力が有り余っていて、何でも出来る、何をやってもこの体は大丈夫って思えるものなんだ。だが!三十を過ぎると、それが元気の前借だったことを知るのだ……」

「もしかして、実体験です?」

「経験者の話は、重みがあるだろう?」


 ミシャの顔に、年相応の少女の笑顔が戻る。一瞬だったが。

 この一瞬の積み重ねで、笑っている時間の方が、いつか多くなる。


 セリオンは、彼女の笑顔の時間を、増やしてやりたいと思った。

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