第19話

 ミシャは今日もロレッタの部屋で、可愛く着飾っていた。先ほど、キース王子との面会を終えて戻ってきたところだ。

 ロレッタにとって、ミシャは妹のよう。お姉ちゃんと、いつか呼んでくれないだろうかと、密やかに願う。


「なんだか、どんどん可愛らしさを増してるな」

『本当に』

「まさか、恋でもしたのだろうか」

「恋?」


 きょとんとするミシャに、アリステア王子は少しがっかりしたようだ。


「キースもなかなか、大変そうだな」


 ミシャは、なぜ着飾ってキース王子に会わないといけないのか、理解できていなかった。また宴でもあって、その相手役でも申し付けられるのかな?程度である。


 ただ、会うたびにキース王子との話題も広がってきて、会話が弾むようになったのは楽しかった。今まで身近に、同年代がいなかったので、大人に聞くのは恥ずかしいけれど、子供だからこそ感じる疑問を、語り合ったり。



 ミシャの新しい服代に、個人的な理由で国費を使うわけにはいかないので、いわゆる彼らのポケットマネーで、それらは賄われていた。

 アルタセルタやローウィンから、費用の支払いの申し出があったのだが、これは趣味として楽しんでいる事だからと断っている。

 少年ぽい女の子が、ちょっとドレスを着せただけでお姫様みたいになるのが、見ていてとても楽しい。自らの手で、さなぎを蝶にしているような、そんな感覚が彼等を楽しませていた。ささやかだが、彼女の成長を手伝えているような、そんな手ごたえが心地良いのだ。


 今日のミシャは膝丈のスカートで、白いタイツ。フリルとリボンが多めの、ガーリーなお人形系。髪に結ばれた大き目のリボンも、細やかなレースのフリルがついている。

 色々着せてみたが、意外にも、いかにも女の子!といった風情のデザインが、やたらとよく似合っていた。


 ロレッタが溜息をもらす。


『ほんと、絵本の中のお姫様みたい』

「キースも、絵本の王子様のようだから、並ぶと本当に似合いなんだが」


 ミシャは、お菓子をお土産にもらって、そのドレス姿を師匠達に見せに行く。

 廊下で、国王に報告に向かう文官の服装のディルクとバッタリと出会った。彼は先ほど部下から、怪しい呪術師の動向についての調査結果を受けて、少し急いでいた。


 だが、つい立ち止まって声をかけてしまった。


「あれ、珍しいを恰好をしてますね」

「可愛いです?」

「すごく可愛いです。僕の、好きな感じです」

「好きです?」


 無邪気な笑顔で、こう言われて、緑の瞳が動揺した。

 口ごもった彼に、少女は怪訝な表情を向ける。

 彼は、ハッとして取り繕う。


「ええ、好きですよ」


 何事もなかったような口調で、微笑みながら告げる。

 ミシャは嬉しそうに、そこで一回転して見せ、手を振りながら走って行った。


 ディルクは立ち尽くす。

 自分の言葉に、別の意味を乗せてしまったような気がして、自分自身に戸惑っていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「おっ、可愛いな。まるで絵本のお姫様のようだ」


 ミシャは鍛錬をしていたコーヘイとセリオンの前で、両手を広げてその姿を見せていた。

 真っ先に感想を言ったのはセリオンだった。

 コーヘイは、セリオンと感想が被らないように、じっくりと内容を吟味しているようで、なかなか口を開かない。

 ミシャは、その言葉を大人しく待っていた。


「なんだか、守りたくなってきます。騎士心をくすぐりますよ」

「何から守ります?」

「いろんな事から。傷ひとつ、つけられたくないって思います。その姿で鍛錬に来ないでくださいね、何もできなくなる」


 この可憐なお姫様然とした少女が、年中、泥にまみれ、擦り傷だらけでこの鍛錬場で転がりまくってる人物と同一には、到底思えない。


「次は師匠に見せてきます!」


 嬉しそうに駆け出す後ろ姿を、二人は見送った。


「なんだか、あっという間に女の子らしくなってきたな」

「自分の身は、自分で守れる程度にはなってるはずなんですが、あの姿だとそんな事はできそうになく見えるのが、不思議ですね。あの姿しか見てないと、すごく勘違いしそうです」

「ただの、か弱いお嬢様という風にか」


 コーヘイはちょっと表情を改める。


「護衛を、付けた方が良くないですか」

「え、いらないだろうあの娘には」

「王女様と間違われて、誘拐された事もあるんですよ?今は、王子殿下とも親しくしているようですし、なんていうか……存在価値が上がっているというか」

「まあでも、あの時は、魔法が使えなかったようだし」

「ミシャの魔力は下位魔導士です。高位魔法を使った後は三日程、全く動けなくなりますからね。そこを狙われるような事があると」

「確かにあの姿を見ると、連れ出して、自分だけの物にしたくなる気持ちは沸くが」


 コーヘイの胸に、何かの不安がもたげた。危険に対する勘のようなものが、彼の中に培われていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「師匠~」


 ついに、ノックすらせずに飛び込んできた弟子に、銀髪の魔導士は、再び頭を抱えてしまう。どう教えればいいのか、もはやわからない。もうこれは、こういう物だとして、彼女がいつ飛び込んで来ても大丈夫な状態にしておく方が、建設的にすら思えた。


「可愛いです?」


 無邪気に聞いてくる少女を手招きして、傍に寄らせる。

 自身も立ち上がり、その両肩に手を置く。


「見た目は重要じゃないんだよ」

「可愛くないですか?」

「いつものミシャも、今日のミシャも、私には可愛く見える」


 少女は、紫の瞳を見上げる。


「そうだな、何て伝えればいいんだろう」


 いざ、言葉にしようとすると難しい。

 着飾った姿もミシャだが、普段の男の子のようなミシャも、彼女である。

 セトルヴィードは、その自身の見た目の美しさだけを見られて、評価され続けて来た男だったので、見た目だけをミシャが気にするようになって欲しくもなかった。


 ミシャは、ただ褒めて欲しかっただけなので、銀髪の魔導士のこの反応は、いささか期待外れで、徐々にしょんぼりしていった。はしゃいでいた自分が、恥ずかしくもなって来る。


 セトルヴィードは彼女の頭をポンポンと叩いた。


「副団長のデルフィーヌが、おまえに新しい防御の魔法陣を教えたいと言っていたから、明日はいつもの服装で出ておいで」

「はい…‥」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 異世界人登録局で帰り支度をしていたローウィンに、クラウスが声をかけてきた。

 ブルーグレーの瞳は、表情が読みにくい。


「今日、城の方でお嬢様を見かけましたよ」

「ああ、今日は確か、王子殿下にお茶に誘われたとかで」

「もしやそろそろ、婚約の話が出そうですか?」

「いやいやいや、うちの娘はとてもじゃないが、そういう相手では」


 黒縁の眼鏡に手をかけて、少しかけなおしながらローウィンは不快感を露わに返答した。

 その返答にクラウスは腕を組み、薄い笑みを浮かべた。


「婚約者がいれば、王位継承権に近づきますからね。わかりませんよ?」


 ローウィンは鼻白んだ。この男は何を言いたいのだろう。

 そもそも娘はまだ十五歳。おそらく初恋もまだだろうに、そんな事を強制させるつもりは父親として全くなかった。


「単に城内に、年若の者が少ないから、話し相手になってるだけですよ。あまりそういう事を、あちこちで吹聴していただきたくないものですな」

「これは失礼」


 最近、局長のエリセが精彩を欠くのも気になる。やはりこの男は、この部署には必要ないのではとも。


 自分が、苦手なタイプというだけでは、説明しきれない何かがあった。

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