第四章 緑の守護騎士
第17話
異世界人登録局の局員シェリに、ついに子供が生まれた。元気な女の子との報告を受けた知人、友人たちは祝福した。娘の名前は、大切な友達の名前をもらってフレイアになったという。
ついに彼女が抜け、異世界人登録局は三人になった。
ローウィンは黒縁眼鏡を拭きながら、最近老眼が……等と言いながら日誌を整理していた。マンセルは、椅子にだらしなく座って、書類を書くフリをしていた。
そんなのんびりとした午後、局長のエリセが、新しいスタッフを連れてきた。
「はじめまして、クラウスと申します」
ローウィンに勝るとも劣らない堅苦しさをたたえた、
赤毛のエリセが炎のようなので、より対照的に見える。身長はこの中の誰よりも高く、背の低いマンセルは見下ろされる感じになる。
エリセがコーヘイと同じぐらい、セリオンが拳一つ分ぐらい高いが、そのセリオンよりも更に指の三本分ぐらいは高そうだ。二メートルには届かないだろうが、それに近いぐらいはあった。
それぞれのスタッフが名乗りあい、握手を交わす。
ローウィンとしては、相談を持ち掛けにくそうな印象のこの男性を、エリセがなぜ選んだのかわからなかった。ここは相談業務も多い。もっと親しみの持てるタイプの人間はいなかったのだろうかと。
「宰相局からの移動になる」
エリセが簡単に略歴を紹介した。
「えっエリートじゃん、なんでそんなところから」
「私はずっと異世界人の技術の研究をしており、その考え方に興味がありまして。この部署なら、直接お話を聞く機会も多そうだったので、自分に合うと思いました」
就職面接のような口調で男は答える。
「他部署にも時々手を借りるが、しばらくはこの四人体勢だ。仲良くやっていこう」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ロレッタの部屋に、ミシャは来ていた。アリステア王子も当たり前のようにいる。
足元で猫のパキラがウロウロしてる。
今日のミシャは魔導士団のローブを着ている。それはもう、高位魔導士の物だ。
「なんと、もう高位魔導士なのか」
「高位魔法が使えると言っても、一度使うと三日寝込むんですよ。到底、相応しくないです。でも、扱いは高位になるんだそうです」
名誉な事なのに、彼女はガッカリしてる感じだ。下位魔導士の軽いローブの方が好きだったというのもある。
だが、騎士団と違って、常にその剣技や活躍を見せる事が出来ない魔導士団において、その力の上下関係を示すためには、服装に頼るしかない。
「あと、ちょっと肩身が狭いです」
『どうして?』
「魔導士そのものの地位も、異世界人に奪われるのか、って言う人も出て来て」
ただでさえ、魔法そのものの価値が異世界人の技術で失われているのに、ある日突然、魔導士団長の弟子として入ってきた異世界人が、あっという間に高位魔導士である。気に食わないと思う人も出て来るだろう。ミシャに向けられていた好意的な視線は、消えつつある。
「努力しない者たちの戯言だ、気にしないでいい」
「でも……」
『万人に好かれるのは、不可能ですよ』
「それはわかっているんですが、異世界人とかこの世界の人とか、そういう違いだけで見られるのは辛いです」
ミシャは四歳でこの世界に来て、異世界の記憶はほとんどない。その状態で異世界人扱いされても、という気持ちだ。
「あ、そうだロレッタさん。今日も少し試させてもらってもいいですか。なんだか、実験に付き合わせているようで申し訳ないですが」
『いいわよ』
ミシャはローブを脱いで、ロレッタの前に立つ。立って、しばし待つ。
何かを躊躇しているのを、琥珀色の瞳は怪訝そうに見る。
「うーん、どうしようかな」
ミシャはアリステアの方をちらっと見る。
「どうかしたか?」
「いえ」
ロレッタに向き直る。
「今日はちょっと変な姿勢でもいいですか」
『変な姿勢?』
「お膝に、乗ってもいいです?あまり重くないと思うので」
『そんなことなら、どうぞ』
ミシャは靴を脱ぐと、ロレッタの太ももの上にまたがるように座り込み、ロレッタと対面する形になった。そのまま、美女の脇に手を入れる感じで抱き着き、唇を首元にあてる。
アリステアは、なんだか直視してはいけない気がして、目を逸らす。
ミシャは魔力の手を伸ばし、声を縛っているものが何処にあるかを探る。
密かに体に刻まれた古代魔法陣の封印を解き、発動させて知覚能力を跳ね上げた。
喉そのものに縛るものは見つからない。
静かに、ロレッタの魂に向かって手を伸ばす。
見つけた。
額に汗がにじんでいるのをロレッタが気づき、心配そうに見る。
「なんとなく、わかりました」
ミシャはロレッタの膝から降りると、靴を履く。
顔色が少し悪くなっている。
「大丈夫か、顔色が悪いぞ」
「私、あまり魔力が多くないので、すぐに枯渇しちゃうんです。休めばすぐ治るので気にしなくていいです」
『無理してほしくない』
ミシャは座って、出されたお菓子をぽりぽり食べ始める。
「食べると治るんです、本当ですよ」
「そうは言ってもだな。こんな調子だと魔導士団長もさぞかし心配してるのでは」
「そうですね、何かひとつでも、もう安心ってさせたいのですが」
ミシャは何か思い出して、ロレッタに聞く。
「そうだ、胸ってどうやったら育ちます?」
『何でそんな事、聞くの?』
「なんか師匠が、大き目が好きみたいで」
「ほう、あの男がな」
アリステア王子が何だかニヤニヤしはじめる。
『好きな人ができて、その人に愛されたいな、って思うと育つ……のかな?』
「愛されると、じゃないのか?」
ロレッタが真っ赤になって、アリステアを睨みつける。子供の前でなんて話してるんだ!という顔である。
「好きなのと、愛してるのって違うんですか」
『哲学的すぎて答えがむずかしいわ』
「好きでたまらない気持ちと、愛してやまない、というのは深度が違うような気はするな。心が求めるのと、魂が求めるのとの違いというか」
『ある日突然理解できるものよ、じきにわかるようになるわよ』
そういうものなのかと、なんとなく納得したような、できないような。
「そういえば、ほんとに食べると回復してるな」
「でしょ?」
『じゃあ次も、美味しいお菓子を用意しておくわね』
「やった♪」
ミシャはロレッタ達に別れを告げて、帰宅するために異世界人登録局に向かう。今日は父と帰る約束をしていた。
魔導士団のローブを丸めて小脇に抱えていく。魔導士団区画と城以外では、高位魔導士のローブ姿は目立つので、彼女は脱ぐようにしている。普通、高位魔導士はその辺をうろうろしない。
ノックをすると知らない声の返事があった。
恐る恐る開くと、見慣れない人が局員の制服でいた。
「こんにちは?」
ミシャは疑問形で、その見知らぬ人に挨拶をした。
「ああ、ミシャ。もうちょっとだけ待ってくれるかい」
奥からローウィンの声がする。
「はあい、お父さん」
「ローウィンさんの、えーとお嬢様ですか?」
「ええ、男の子に見えますが、一応女の子です」
ブルーグレーの切れ長の目を細め、背の高いその男性は、やや屈んで握手を求めてきた。ミシャも手を伸ばす。がしっと強く掴まれて、少し痛い。
「ここで勤務をはじめましたクラウスです。お見知りおきを」
「ミシャです、どうも」
握手を終えた後も、少女はじろじろ見られて、なんだか落ち着かなかった。
「奥様似なんですか?」
帰り支度を終えたローウィンがミシャの手を取る。
「いえ、養女なんです。この子も登録者ですよ」
「ああ、そうなんですか」
「それじゃあお先に」
「お疲れ様です」
立ち去る親子を、切れ長の目はずっと見送っていた。
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