第14話

 今日もミシャは、ロレッタの部屋に遊びに来ていた。


 魔導士団の区画に入れないため、少女はもう魔導士のローブを着ていない。なんだか、あそこに入れないようにされた事で、自分はもう魔導士ではないような、そんな気持ちになってきてしまったからだ。

 もしかすると、このまま退団となったりしないかという不安もある。


 剣術の方も、セリオンが忙しくなってしまって、別の騎士が手伝ってくれるようになっていたが、騎士団からも、どんどん距離を置かれているようで、寂しい。


 どちらの師匠とも、会えなくなっている。副団長との勉強会も中止中だ。



「せっかく、かわいらしいのだから、気分転換に少し着飾ってみてはどうだ。以前の宴での姿は、評判が良かっただろう」

「そうなんです?」


 緊張しすぎて全く覚えていなかった。


 ロレッタが、ドレスというほどではないが、ちょっとしたお嬢様らしい服を用意していた。彼女に似合いそうだと、久々にアリステアへのおねだりをしてみたのだ。彼女が自分以外のために、おねだりをしたのは初めてだった。


 琥珀色の瞳の美女は、とてもセンスが良くて、あっという間に可愛いお嬢様風の女の子が出来上がる。いつもは少年と見まごうばかりのミシャが、とにかく女の子らしく仕上がった。

 髪を丁寧にすいて、小さな編み込みを作り、シルクレースのリボンを飾る。


「ほう、これは。この愛らしさを隠していたのか」

『これなら、王女様と言っても通用しそうですね』


 ミシャは鏡の前で、自分のようで自分ではない姿を、ぼーっと見る。中身は変わらないのに、外見を変えるだけで、別人になったような気分がするのが不思議だった。


「そうだ、キースに会わせよう。あれ以来、会ってないだろう」

「そうでした、助けに来てもらったのにお礼もまだ言えてません」


 侍従に命じて、面会の手はずを整え、彼女は近衛兵に連れられて、ロレッタ達の部屋を後にした。


『アリステア様、あわよくば、妹にしようとしていませんか』

「ばれたか。でもそうなれば、ロレッタも嬉しいのではないか?」


 美女は、ちょっと気恥しそうに頷いた。



 ミシャが、城の奥まったところまで来るのは初めてだ。宴を行った広間までは、式典などで足を踏み入れる事はあったが。

 こちらの棟は王族の私室がまとまっているようで、豪華さの中にわずかな生活感があった。キース王子の部屋に案内され、侍従が入室を求めると、王子の声がして扉が開かれた。


「ミシャ、よく来てくれた」

「キース殿下、先日はありがとうございました」


 彼に促され、椅子に座る。侍女たちがお茶を淹れて、お菓子を出して席を外し、あっという間に二人きりになった。

 先日のお礼を言い終えると、後は話題がない事に気付く。

 金髪の綺麗な王子様が、目の前で優雅にお茶を飲んでる。


「ほとんど初対面のような感じだが、これから知り合っていければと思っている」

「はい?」


 青空のような瞳が、ミシャを見る。


「あの時、とにかく取り返したくて、守りたくて、夢中になってしまった。あんな風に、心の底から突き動かされたのは、初めてだった。それと同時に、自分がそれができるほど、まだ強くないという事にも気づいてしまって、なかなか辛いんだ」

「私も、いつもそんな気持ちです。でも、魔法の師匠も、剣術の師匠も、あんなに強いのに、同じ悩みを持ってます。だから私は、その気持ちは、自分が育っていくための肥料みたいなものだと思ってます」


 ミシャは少し首をかしげて、キース王子の反応を待っている。


「強くないと、気づく事が良いことだという事かな?」

「はい。弱いと思うから強くなろうと思えるのでしょ?だから自分が無力だと思っている人の方が、強くなっていくんだと私は思ってます。私は、強くなるための努力を続けます。今できる自分の精一杯を、その時、その時にぶつければ、例え力が及ばなくても、後悔はないです」

「ミシャは、今、何かやりたい事ができているのか」

「はい!ロレッタさんの声が取り戻せないか、頑張ってるところです」

「じゃあ、城の出入りを、これからも続けるのだろうか」

「お邪魔です?」

「いや、歓迎だ。僕と会える機会が増えるなら、もっといいな」


 お互い、視線を交わす。キース王子の目線が、何か意味ありげに感じる。ミシャは戸惑いで返した。


「ミシャは努力家なんだな」

「頑張るのは大好きです。だって頑張った分は、自分の中に残るでしょう?」


 ミシャは遠くを少し見るような目線をした。


「簡単に、はいどうぞ、って渡された力は、奪われるのも一瞬だと思うんです。でも自分が努力して手に入れた力は、例え失われるとしても、それを手放すのにふさわしい結果を残してくれるか、努力の期間と同じぐらいの時間をかけて、ゆっくりなくなって行くんだと思います。努力で得た力は、無くなる時も、その意味を自分に残すのかなと」


 自分より、たった二歳年上の女の子が、こんなふうに努力の形を担えている事に、王子はとても感動した。こうやって話をしていると、もっと頑張ろうと思えて来る。


 そして咳払いをして、本題に触れる。


「ミシャはその、好きな人とか、いるんだろうか」

「師匠が大好きです!」

「えーと、そういうのではなく。ロレッタと兄上のような関係になりたいと、思うような感じの……」


 ミシャは、ロレッタとアリステア王子が交わし合う、信頼と労わりの目線を羨ましく思っていた。自分が、ああいう目で見つめたい相手が、いるかどうかと、どうやら聞かれている事に気付いた。


「まだわかりません」

「そうか、ならいい」


 王子はこれから努力しようと思っている。彼女の言葉を借りるなら、例え失う事になっても、自分に何かが残るような、そんな努力をしていこうと思った。


 ミシャはお土産に、残ったお菓子を包んでもらい、ロレッタの部屋に挨拶に寄ってから帰宅した。

 可愛く着飾った娘を見て、アルタセルタとローウィンは随分喜んで、かわいいかわいいと連呼して褒めてくれた。あまりにも言われるから、この姿を師匠にも見せたかったと、少し寂しくもなった。


「おかあさん、私、いつ団に戻れるの?」


 アルタセルタとローウィンは視線を交わす。


「師匠が、私に、会いたくないって言ってるのかな」

「そんな事はないよ」

「団長はそんな指示はしてませんわ」


 実はアルタセルタも、どういう理由で締め出される事が決まったのか、わからなかった。せめて、団長には会えるようにして欲しかった。

 ミシャは、どんどん萎れていくように見える。食事はちゃんと摂っている。なのに、ただでさえ細いのに、益々痩せていってる気がする。最近は無理をしている様子もないのに。


 食欲もあるし、もらってきたお菓子を、今も元気に食べてもいる。

 むしろ、どんどん食べる量が増えているようにも見える。

 吐き戻してるような気配もない。なのに痩せるのは?


 アルタセルタはついに、治癒の副団長の部屋の扉まで、私用で叩いてしまった。

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