第三章 少女と古代魔法
第13話
ロレッタは、異世界人登録局に相談に来ていた。
この部署は異世界人のためにあり、異世界人特有の悩みのほか、生活で困ったことまでサポートしている。
局員は四名だが、もうすぐ三名になってしまう予定だ。三年前に騎士団員と結婚した金髪ぽっちゃりさんのシェリが、間もなく出産する。今は大きなお腹を抱えて勤務中だ。三年ほど、産休・育休で休んでしまうので、新たな人材を補充する段階に来ていた。
琥珀の瞳を持つ美女は、最初は随分迷惑な女性だったが、今は落ち着いていて、むしろ積極的にこの世界に馴染み、時には登録局の業務の手伝いもしてくれる。
しかし歌手だった彼女は、古代魔法発現の対価として、声を失ってしまっていて、日常生活も色々と困難があり、相談も筆談で受ける事になってしまう。
今日は遅刻魔のマンセルと、シェリの二名が対応していた。
『先日、声が出せないせいで、助けを呼べなくて困りました』
マンセルは茶色のボサボサ頭をかきながら、この相談に少し考えて答える。
「笛を、首にぶら下げておくのはどう?危なくなったら吹く」
「マンセルにしては~、なかなかのアイデア~」
ロレッタも、それは良さそうという反応をする。
後、気になった事を報告する。
『ミシャが、自分がいなくなった後の元の世界の事を、夢で見て知っていました』
「夢では戻れる、って話、そういえば聞くかも」
「そうですね~、知らないはずの、子供が大人になった姿を夢で見た例も」
これが良い事なのか悪い事なのかわからないけど、今後、誰かが同じような相談に来た時の一助になりそうではある。ロレッタがこのような情報を共有してくれるのは、とても有難い。
非常用の笛については、マンセルが実家の商店で取り扱いがないか確認してくれることになり、この日はこれだけの相談で、彼女は城の方に戻る事になった。
帰り道、城に向かう道をとぼとぼと歩く暗い顔のミシャを見つけた。
その顔は少し泣きだしそうな感じで、ロレッタはとにかく心配になった。
そんな彼女を無視したくなくて、手を振り合図をしてみると、その表情がパッと変化し、ミシャは走り寄って来た。
「ロレッタさん、傷の具合はいかがですか、あの時、斬られたって」
美女はポケットに入れていたメモ用紙を取り出すと、せっせと書く。
『すぐに治療をしたので、大丈夫でした。痕もないです』
「良かった、気になっていたんです」
『時間があるなら、私の部屋に来ませんか。お菓子あります』
「お邪魔したいですっ暇ですっ」
ミシャの表情は、先ほどと打って変わって明るくなったので、ロレッタは妹を見てるようでうれしくなった。姉妹のように手を組んで城に向かって歩いていく。
ロレッタの部屋には猫がいた。ミシャは足元にすり寄ってきたその猫を、さっそく撫でてみる。黒い猫の手足と口元は白。靴下を履いてるみたいでかわいい。名前はパキラと付けられていた。
促されて椅子に座っていると、アリステア王子が入って来た。
「おや、可愛いお客さんが来てるな」
「あっ王子殿下、お邪魔してます」
ロレッタがお茶とお菓子を用意して戻って来た。焼き菓子は、いろんな形をしているクッキーで、見た目も可愛い。
『今日はどうしたの?いつも忙しそうなのに』
お菓子をもぐもぐしながら機嫌が直っていたミシャの、元気が萎む。
「しばらく、魔導士団の区画の出入りが禁止になりました」
「なんだと、団員が出入りできないなんて、困るだろうそれは」
『何かしてしまったの?』
少女は首を左右に振る。
「副団長が会議で決めた、というだけで、理由がわからないです」
「心当たりはないのか?」
「強いて言うなら、治癒の副団長のところに入り浸って、迷惑をかけた事でしょうか。会議の発案もその副団長からなので」
『理由がわからないと、対処が難しいわね』
しょんぼり、しんみりした空気になる。
「あっそうだ、私、ロレッタさんにあの時のお礼がしたいってずっと思っていて」
『役立てなかったわ』
「そんな事ないですっ」
ミシャとしてはやはり、喋れない彼女の力になりたい。せっかく部屋に招いてもらったのだから、この機会に。
「少し、喉の具合を確認させてもらってもいいですか」
『治癒術師はみんな、匙を投げてるから、もういいのよ』
「せっかくだから、診てもらったらどうだ」
アリステアにそう言われると、せっかくの好意なので、受けさせてもらおうか、という感じになった。
「私、くっつかないとダメなので、ちょっと失礼しますね」
少女はそっと、ロレッタの体に身を寄せ、首元に唇を寄せる感じで抱き着く。
喉だけなので、セトルヴィード相手のような全身をチェックしなくてもいいから、魔力を流して確認するのは簡単だ。
しばらくそのままの姿勢で、じっと集中している。
「なんだか変な感じです」
「彼女が声を失ったのは、古代魔法の発動がきっかけなのだ」
「対価の扱いで失った感じです?」
「そのように聞いている」
ロレッタから体を離して、師匠と同じ癖で、顎に手をやって考えに沈む。
「喉の怪我自体は、治癒術で癒えてるみたいです。なんだろう、呪いのように縛られているのかな……」
ミシャは古代魔法の勉強もしていたが、対価は必要なようだが、奪われた対価に対する研究がなされた記述を見かけた事がなかった。もしかして、過去の誰もが、奪われたのだから仕方ないとして、それがどうなったのか、取り戻せないのか、という実験や研究をしていないのではないかという気がしてきた。
そもそも何故、対価がいるのだろう?と。
「体としては、声が出せないと逆におかしいです」
「では声を取り戻せる可能性があるという事か」
「呪われているのか、縛られているのか、それが喉自体なのか魂なのか。それがわかればいける気がするんです。とりあえず、もうすでに治癒術の範疇ではないと思います。少し時間をもらっていいですか、調べてみます」
『もう期待はしていないから無理しないで』
「遊びに来るのは歓迎だから。いつでも来るといい」
そう言ってもらえたので、ミシャは元気に、手を振って出て行った。
魔導士団の区画は、アルタセルタの魔法で侵入禁止にされているので、城の図書室に行く。古代魔法関連は読む人が少ないのか、どれも取りにくい所にあった。
梯子をかけて、一番上の段の本を手に取り、梯子に座ったまま読む。
昼食も取らず、一心不乱に複数の本を読み込んでいく。
深夜になっても、彼女は図書室にいた。帰ってこない事を心配したローウィンが迎えに来たが、今日はここに泊まると言って帰らなかった。
彼女は、この日、ロレッタの部屋で少しクッキーを食べただけで、食事をしていない。すさまじい集中力で、彼女は何かを食べるという事を、完全に失念した。
こうやって、不健康で不摂生な魔導士は出来上がっていくのである。
彼女はその後も、仮説を立て、推論し、検証を繰り返す。
そのうち疲れ切って、梯子の最上段で気絶するように寝てしまうという事をやらかした。
翌朝、朝食をもって様子を見に来たアルタセルタに、滅茶苦茶怒られた。
「今後も、こんな事をするようでしたら、お城の方も立ち入り禁止にしてもらいますわよ!どんなに集中しても、朝昼晩は食べる事、家で寝ること、お風呂は毎日入る事!よろしいですわね?」
「はい……」
彼女はさすがに反省して、その後はきちんと言いつけを守った。
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