第7話

久留里くるりはどこかの部活に入るの?」

「うーん」


 翌日の昼休み、私は相花あいかちゃんとお昼ご飯を共にしていました。昨日に引き続き、大きなおにぎりを頬張る相花ちゃん。しかし鞄の中にはお昼用とは別と思しきおにぎりが覗いています。更にいえば、私は一時間目の授業中にも早弁している彼女を目撃しています。この小さな身体のどこに、こんなにも沢山のおにぎりが詰め込まれるのでしょうか。


「歯切れの悪い返事だね、何かあったのかと相花ちゃんは心配するよ」


 相花ちゃんは私の顔を上目遣いで覗き込んでそう言いました。その目は本当に私を慮ってくれているよう感じます。そして口の端のご飯粒は彼女のお茶目さを表しているようでした。


「部活というか、ちょっぴり気になっている人がいたの。その人は園芸部だって言ってた」

「ちょっぴり?」

「ほんの、だけど」

「いいじゃん。理由はどうあれ、興味があるなら入っちゃえば」


 今まで部活動だってやってこなかったんでしょ、と相花ちゃんは椅子の背もたれに寄りかかりながら続けて言いました。


「そう、だね。やってみようかな」

「決まりだ! ところで」


 相花ちゃんは神妙な顔で続けました。


「園芸部自体に興味はあるの?」

「……ノーコメント」


 ***


 時は進んで放課後、私は旧校舎そばの花壇にて探し人をしています。もちろん、探し人とは昨日に会遇致しましたあの先輩です。しかし。


「いないなあ」


 ほんの幾人か旧校舎に向かう生徒を見かけた程度。端から端まで旧校舎の花壇を何度か往復しておりましたが、今日は終ぞ、先輩を見かけることはありませんでした。

 先輩とまたお会いできなかったことは残念ですが、部活動を始めるということを決めた私は、なんだか気分がよくありました。私は後ろ手に組みながら、鼻歌なんぞを口ずさみながら晴空の下を歩き出しました。人気ひとけの少ない暖かな陽気の下、吹く風に騒めく木々の音色を背景に、私の足取りも軽く陽気に踊るようでした。

 というより、もはやステップを踏んでおりました。ふわふわと宙に浮いているような軽い足取り。カツン、カツンと足音までもが楽しげに歌っているように聞こえます。


「楽しそうね、久留里くるりさん」


 振り返ると、声の主は百合子ゆりこさんでありました。

 恥ずかしい所を見られた! と、普段の私なら慌てふためく所でしょう。しかし今日の私は躊躇うことを知らないほどに、今という現実に酔っているのでした。


「ええ、今日はきっと良い日です」

「それは素敵ね。よければお話を聞かせてくださるかしら?」


 百合子さんは私の調子に合わせてくださっているようです。膝を曲げて腰を落として、私に右手を差し出します。私は彼女の手を取り、二人で軽やかに歩き始めました。大股に大袈裟に手を振り、思い思いに。


「産まれて初めて、部活動に所属してみようと考えています」


 百合子さんは、柔和な微笑みを浮かべながら私のお話に耳を傾けてくださっております。


「百合子さんは何処かの部活に入っているのですか?」

「私は生徒会に入りたかったから、両刀は忙しそうと思って最初から部活はやっていなかったわ」

「なるほど」

「今も生徒会室に向かう途中の寄り道だしね」


 悪戯っぽく舌を出して笑う百合子さんは、幼い無邪気な少女のようで。釣られて私もクスクスと笑います。


「ところで久留里さん、貴女の心を射止めた部活は一体どこなのかしら」

「昨日、ここの花壇を手入れされていた園芸部に入ってみようかと」


 瞬間、百合子さんは私の手を離しました。そして顎に手を当て、うむむと考え事を始めてしまいました。


「百合子さん?」

「……この学園には、長いこと園芸部なんて無いはずなのだけれど」


 暖かな風は止み、木々の音色も空気も静かなものとなりました。それなのに、私の心は耳障りな程に騒ぎ始めるのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る