第5話
「朝から大波乱だね、相花ちゃんは驚きを隠せないよ」
「巻き込んじゃったみたいで申し訳ない、ごめんね」
相花ちゃんはポニーテールを楽しげに揺らしながら、そう口火を切りました。
綾ノ上女学園への入学初日のお昼休み、私は相花ちゃんと共に生徒会室へ向かっております。私のエルダーである牡丹さん、相花ちゃんのエルダーの百合子さん。そこに私たち二人を加えた四人で、揃ってお昼ご飯を食べる手はずとなっているのです。
「牡丹さんてすっごくマイペースな人でびっくりしちゃった。一緒にやっていけそう?」
「うーん、まだ知り合ったばかりだからなあ。なんとも言い難い」
「私は、久留里とは朝からの短い付き合いだけど、友達って思ってるよ?」
「それは……私もだ!」
相花ちゃんと私はクスクスと笑い合いました。クラスも同じことがわかった私たち、これからも仲良くできるといいなあ。
そして、朝の
「さっそく僕の話題で持ちきりだ、照れちゃうじゃあないか」
背後の高い位置からあっけらかんとしたお声を聞き取りました。私たちが驚いて振り返ると、いつのまにやら牡丹さんが合流しておりました。
「さあさあ、百合子が生徒会室で待っている。待たせるのも良くない。慌てず騒がずおしとやかに急ごう」
なんとも言い難い注文を言い渡され、私たちはお尻を叩かれるように急かされます。
***
「失礼しまーす」
生徒会室への一番槍は相花ちゃん。扉を開くに少々の物怖じを見せた私の横をするりと抜けて、微塵の躊躇いもなく入室していきました。入学初日にしてこの大胆さ、見習いたいものです。
それに比べて私はなんとだらしがないことか。緊張と罰の悪さに、どうにも縮こまって姿勢も悪くなっていたようです。すると、牡丹さんが背後から私の背筋を正してくださいました。驚いて振り返ると柔和な笑みを浮かべて私の入室を促しているようでした。
「失礼します」
生徒会室は暖かな日差しが差し込み、えも言われぬ爽やかな香りが漂っておりました。細く、繊細な指先で、百合子さんが紅茶をいれている様が大変神々しくも見えてきます。
「いらっしゃい、楠木さん、久留里さん」
「僕は?」
「……いらっしゃい、牡丹」
カチリ、とカップが音を立てました。牡丹さんは笑みを浮かべて、後ろ手を組んで鼻歌混じりに入ってまいりました。
「もう。お茶をいれておいたから、みんなでお昼をいただきましょう」
百合子さんの音頭で、各々がお昼ご飯を広げました。
「相花ちゃんはおにぎり?」
「うん、作るのも食べるのもお手軽。普通にお米食べるよりも、何だか楽しい気分になるから好きなの」
しかし目を見張るのはその大きさと数。大人の握りこぶしほどのサイズのおにぎりを、鞄の中より三個、四個と目を見張る量が取り出されていきます。私程度では二個も食べればお腹が膨れてしまうでしょう。
「久留里は、ハンバーグにエビフライ、唐揚げ? そして申し訳なさげなプチトマト」
「いやあ、初日のお弁当だから好きなものばかり詰めちゃった。お母さんとの共同作品です」
普段はこんなわんぱくなお弁当ではないのです。しかし晴れの日には嬉し楽しいお弁当も大事なのです。
「百合子、サンドイッチに挟まってたトマトあげる」
「何でトマト食べられないのにそれを買ったのよ」
牡丹さんはコンビニのサンドイッチを買ってきたようです。
「その卵焼きは百合子作とみた。いただき」
「それ砂糖入ってるわよ」
「甘い卵焼きはとてもじゃないが認められない……」
百合子さんと牡丹さんはお互いのことを、ようく知り合っているように見受けます。実はお二人は仲良しさんなのでしょうか。
「ねえ久留里、あの二人って本当は仲良いよね?」
「そう見える。微笑ましくて二人ともかわいらしい」
相花ちゃんも私と同じ感想を抱いたようです。お二人の会話は何だか、野生を知らない二匹の子猫が戯れあっているようで、いつまでも見ていたい衝動にかられます。
「やめてやめて。小さい頃からの腐れ縁なだけだからね」
「僕たちは家が隣同士で、いわゆる幼馴染みだね」
ああ、なるほど。お互いの勝手知ったる様子はそういうことだったのですね。
百合子さんが紅茶を注いでくださいます。細やかな装飾で彩られているカップでしたが、春を思わせる若々しい色に抽出された紅茶が加わることで、その紋様は真の完成に至るような心持ちを感じました。
「どうぞ、お口に合うといいけれど」
控えめな口調ですが、その口振りと声色からは自信が伺えます。きっと百合子さんは紅茶がとても好きなのでしょう。
淡い山吹の様な色、若い緑の香り。一口、紅茶をすすります。ほのかな渋みの中に感じる確かな甘み。もちろん、茶葉も良いものなのかもしれませんが、それを活かす百合子さんの淹れ方があってのことのように感じました。
その見事さに感嘆としていると、牡丹さんがそわそわとしている様を見受けました。
「牡丹さん、どうかしましたか?」
「ああ、はいはい」
百合子さんはいつものこと、とでも言いたげな所作で、ミルクを一つと砂糖を二つ、牡丹さんに渡すのでした。
「ありがと」
牡丹さんはストレートは好まないのですね。幼馴染みならではのやり取りなのでしょう、なんだか羨ましくも思います。
「それにしても」
百合子さんが呟きました。
「牡丹のことはよくも自然に名前で呼ぶものね」
ああそうでした! 本日のランチはその謝罪会見の場でもあったのでした!
「僕とくーちゃんの仲だからね」
「あらあら、仲がお良ろしいことで」
「なんと言えばいいのやら……」
むすっと顔をしかめる百合子さん。目を閉じて不敵な笑みを浮かべる牡丹さん。相花ちゃんは目をキラキラと光らせて事の顛末を楽しみにしているご様子。
「いいわ、私は楠木さんを可愛がるから。相花さんとお呼びしても?」
「ふわっ!? よ、よろしいです……?」
突然話題が自分に移り慌てた様子。相花ちゃんもわたわたとしています。それを見た牡丹さんはくつくつと笑い、私の背後にお立ちになりました。
「じゃあ僕はくーちゃんを貰おう」
牡丹さんは不穏な呟きをしたかと思えば、私を上から後ろから、身動きの取れぬよう抱きしめるのでした。ああ、何だか朝の図書室での出来事を繰り返しているような。
「ああ、どうすれば……」
迷った末に私の発した言葉は。
「百合子さん、助けてください」
「勿論よ」
その細腕の、どこにそんな力があったものか。百合子さんは牡丹さんの襟首を掴み、ずるずると引き摺り、私を解放してくださいました。
「やっと、呼んでくれたのね」
私たちは、一年越しのお約束を果たすことができたのでした。
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