09話.[なんでも言える]
「美心ー……」
「今度は咲耶なの?」
どうやらまた喧嘩をしてしまったらしい。
いや、仲が良くなったからこその衝突みたいだ。
嫌な点はこっちの尻尾を掴みまくっていること。
「……なんで私もあんな可愛げのないことを言ってしまったのか」
「謝りなさいよ、手伝ってあげるわよ?」
「いや……誰かに頼るのは違うだろ」
あたしのときは手伝うとか言っておいてこれ。
やはりみんなそれ相応にプライドってやつがあるんだろう。
そういう小さな譲れない点というやつが足を引っ張っている。
どうしようもないときは他人を頼ればいいんだ。
「まあいいわ、落ち着くまで触れていれば」
「……ありがとな、朝美のときだって世話になった」
「あんたが頼ってくるなんて思わなかったけどね、あんたはなんでも自分で動けそうじゃない」
「そこまで強くないからな……友達になってくれなんて自分のわがままを相手に我慢して受け入れてくれと言っているようなものだから」
たかだか口約束である友達程度で考えすぎだ。
だってこうして一緒にいるじゃないか。
そもそも後からそういうことを言うのは卑怯だろう。
じゃあ我慢させている相手になにを言っているんだという話だろう。
「でも、あんたらは友達なんだから友達でいたいなら仲直りしないと」
「本当にな……なんで素直にごめんって言えないんだろうな」
「言う気がないの?」
「そんなことはない、ただ……彪葉を前にすると出なくなるんだ」
逆に友達のままでいたい人間を前にしたら勝手に出そうなものだけど。
あ……まあ、好きだと言えていないあたしには言われたくないか。
いざ実際に、朝美に直接好きだと言おうとすると言葉に詰まる。
人のこと言える状態じゃねぇ……けど、このままにしてはおけない。
「なんかさ、喧嘩をしたときって知るかってなるだろ? 顔を合わせてもすぐに背けたりとかさ。で、そうなるとなんか相手がそうするならもういいかなって諦めようとする自分と、いや駄目だろ、まだあいつと仲良くしていたいって考える自分がいるんだ。問題なのは無駄にプライドが高くて謝ってまで一緒にいようとする必要があるのかってマイナスな方向に向きがちなことなんだよな」
あたしも似たようなことをしたからその気持ちはわかる。
こっちばかり我慢するのは違うでしょってぶつけたくなる。
けど実際は向こうだって同じなんだ、お互いなにかしらで迷惑をかけているということに気づけていないだけで。
共通している点は実行してから後悔すること。
関係を切ったときは楽でも、なんにもすっきりできていないのだ。
だから結局のところその相手に意識は割かれたままで。
「あたしも少し前はそういう考えだったわ」
「そうか……お前は戻ってきたよな」
「結局、求めてしまったのよ」
なまじ知っているからこそ難しい。
そして、そういうときに限ってその相手がいてくれたことがどれだけ自分にとっていい方向に働いていたのかを知ることになるのだ。
失ってから気づくというのは誰にでも当てはまることらしい。
人もそうだし、物もそう。
いてくれるのが、そこにあってくれるのが当たり前じゃないんだ。
だが、それに先に気づけるときばかりではないというのが現実で。
「難しいな……」
「本当ね」
偉そうではあるが言えることがある。
仲直りしたいなら仲直りすればいい、と。
そうじゃなければしなければいい、と。
結局、周りにいるあたしたちができるのはこれぐらいのことだから。
だから偉そうだとはわかっているけどという保険をかけてからそのことを彼女に伝えた。
「咲耶……」
「あ、彪葉……」
それなりに空気の読める人間であるあたしはここから去る。
後は全てあのふたり次第だ、見守ることも必要はなかった。
違う、単純に相方である朝美が別のところに行くことを選んだからそうしたんだ。
「さっきまで彪葉さんの話を聞いていたんです」
「こっちは咲耶のを聞いてたよ」
そのせいで尻尾がこんなに変な形になったと冗談を言って。
唐突だが11月に入ったのもあって校舎内はよく冷えていた。
別に他の誰もいないというわけでもないのにしんみりとしていて。
意味もなく廊下を彼女と一緒に歩いていく。
しかしそれにも限界はあって、選択肢は上るか下るか引き返すかだけ。
「上に行ってみましょうか、行く機会があまりありませんから」
「来年になったら嫌でも上がメインになるけどね」
これじゃあ結局、家に帰りたくないみたいだ。
実際、朝美――大西がいるからと向かっていたから間違ってもないか?
いまはこうしてあそこ以外でも行動することが増えていて嬉しい……?
「なんだか少し寂しい感じですね」
「人がいないからでしょ」
下の階と違う点は端にたくさんの机と椅子が置かれていること。
必要なくなったものはこうして隅に追いやられてしまうんだなって。
でも、そんな隅に追いやられようとした人間を求めてくれたのが彼女だと。
「早いですね、来年になったらもう最後なんですから」
「入学式の日のことをまだ思い出せるわ」
「私も思い出せます、変な返事になってしまいましたから」
ただ毎日通って、授業を受けて、帰るだけの毎日だと思っていた。
小中からみんなに合わせて生活をするというのが上手くできなかったから、だからあの日も教室よりも静かなところを目指していたんだ。
そうしたら彼女がいて、勝手に気まずく感じて話しかけていた。
気まずいなんて感じたのは初めてだった、それまでは自由だったし。
言いたいことをなんでも言って、やりたいことをなんでもやって、嫌われてもそんなもんだって考えて、我慢するのは違うって思ってて。
いまにして思えば唯一そんなことを感じたからなのかもしれなかった、それから何度も行こうとしたのは。
や、単純に自分の場所にするべく圧をかけようとした性格の悪い自分もいたかもしれないが、積極的に話しかけていたのはこちらだったから。
だから朝美から話しかけてくれたときは凄く嬉しくて、走るのが嫌いなくせに帰りは走って帰ったことを覚えている。
「同じクラスになれるといいですね」
あー……やっぱりあたしは一緒にいたかったんだなあと。
「美心さん?」
「そうね、同じクラスの方がやりやすいものね」
……なのに言えない自分はヘタレだった。
咲耶のと同じだ、受け入れるか受け入れないかのふたつ。
後回しにしたって意味はない、しかもいまなら完全にふたりきり。
「好きよ」
「私はこの感じはちょっと寂しいですけどね」
「違う、あんたが好きよ」
少しぐらいは昔の自分に戻りたかった。
良くも悪くもなんでも言える自分にね。
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