08話.[一緒にいたいわ]
「美心ー……」
「またなの?」
彪葉がよくわからない。
ひとつわかるのは耳を触るのは好きだということ。
「
「さ、さや?」
「は? 橘は咲耶って名前じゃない」
そうだったのか……わからなかった。
というか、いつの間にか名前で呼んでいるのが笑えてくる。
「だからあんたが相手をしなさい」
「耳でも触っていなさい」
「うん……」
仕方がない、後で橘に言っておくか。
小さい生意気なお姫様が寂しがっていましたよって。
「つか美心、あんたたちがこそこそしているの知ってんだからね」
「ま、想像通り会っているからね」
「ふっ、結局は寂しかったってことじゃない」
「そりゃそうよ、あたしは朝美と一緒にいたいわ」
きっとあの子も同じように考えてくれているはずだ。
一方通行ではないとわかればあたしも集中できる。
「なら素直になりなさい」
「そんなにあたしって素直じゃない?」
「そうね、全然素直じゃないわ」
彼女は相変わらずこちらの耳をこねくり回しながら「そうなってもここを利用しているんだからね」と口にした。
「でも、あんたが来てくれるからいいわ、あんたとあたしだけの場所よ」
「怖い怖い……すぐに依存されそう」
「え、駄目なの?」
「……別に駄目じゃないけど、私だってこの耳が好きだし」
あ……影ができたことによってすぐに気づいた。
彪葉はまだ気づいていないのか「いい手触りだわぁ」なんて言って。
「美心さん、彪葉さん、こんなところにいたんですね」
「ひっ!? あ、なんだ……朝美だったのね」
声をかけられてから初めて気づいたらしく凄く驚いていた。
こちらとしては耳のところで大声を出されて最悪な感じに。
「はい? どうしてそんな反応を見せるんですか?」
「な、なんで朝美はそんなに怖い顔をしているの?」
「それはふたりでこそこそとするからじゃないですか」
怒られたくないから我関せずを貫いていた。
ここを選んでいるのは確かに自分ではある。
でも、来てくれとは頼んでいないからだ。
「美心さん、あなたにも言っているんですからね?」
「え、あたしも悪いの……?」
「当たり前ですよ! なにがあんたとあたしだけの場所ですか!」
「「うわぁ、盗み聞きとか趣味悪い……」」
「う、うるさいですよ!」
これ以上怒られても嫌だから煽るのはやめておこう。
ちょうどいいから彪葉を橘のところに返すことにする。
「お、誰も来ないから帰ろうかと思ったぐらいだぞ」
「……咲耶、相手しなさいよ」
「しているだろ、勝手に拗ねて別のところに行くな」
つまり自分の側から離れるなと言っているのと同じこと。
邪魔をするのも悪いから今日は解散ということにした。
昨日、物凄く姉に怒られたからしょうがない。
「また美心さんが怒られても嫌ですから美心さんのお家でもいいですか?」
「大丈夫なの? 大丈夫なら別にいいけど」
なんだかんだ言っても怒られると堪えるからありがたかった。
姉とふたりで生活をしているから逃げることもできないし。
……今度もし怒られたら彼氏を連れてきて黙らせることにしよう。
「あれ、何気に美心さんのお部屋に入らせてもらうのって初めてじゃないですか?」
「あー、そうかもね、ま、適当に転んだりしていなさい」
この部屋にこそなにがあるというわけでもないから申し訳ないが。
けど、彼女にとってはこちらの手を掴めていたら問題はないのか、凄く健全な意味で興奮しているのが伝わってきた。
「実はですね、彪葉さんと咲耶さんはいい感じなんですっ」
「知っているわ、さっきのでわかるわよ」
生意気なちびっ子とか言われて散々言い合いをしていたあのふたりが実際にこうなるとなんだか新鮮な気持ちになる。
いやまあ、彪葉は素直になれないタイプだとはわかっていたからなんにも違和感がないと言えばないし、そうなると予想していたし。
「それでですね……私と美心さんってどうなんでしょうか?」
「あたしはあんたが側にいてくれると落ち着くから好きよ、あそこだってあんたがいたからずっと行っていたんだし」
見ておいてくれと頼まれているから最近は畑の様子を確認するためでもあったが、あまり行ってはいないからほとんど果たせていなかった。
本当にね、守谷先生はなんでも受け入れすぎだと思う。
たまには休もうとしなければ駄目だ、体を壊したら逆に迷惑をかける。
……だから放課後には行けていないもののお昼休みには行っていた。
見て戻ってくるぐらいならあたしにもできるからね。
「何気に手を握られているのも嫌いじゃないのよ」
「私は美心さんの手を握っていると安心できます、あとは凄く楽しくなったり、嬉しくなったりするのでどんどんそうしていたいです」
「じゃあはい」
この手を握るぐらいでそこまで喜んでくれるのならいくらでも貸そう。
「ありがとうございます」
こういう柔らかい表情を頻繁に浮かべてくれるようになったのも自分のおかげでは? なんて自惚れているあたしがいた。
ただ、それと同じぐらい困らせてきただろうから言えなかったが。
「でも、お互いの家に行ってこれだけじゃ微妙よね」
「そうですか? 私は美心さんといられればいいですけど」
「といっても限界があるわ」
何気に体勢が固定されるから辛いのだ。
あまり運動が得意じゃないからかすぐに疲弊する。
彼女の方が長身で疲れそうなものなのに疲れていなさそうなのは体が柔らかいから、対するこちらはかちこちだからといったのもあった。
「よし、あたしは寝転んでいるから自由にしなさい」
「えっ、いいんですかっ?」
ん? 別に自由にしないでとは言っていないのだからいいに決まっているだろうに。
「え、なに……?」
「え? じ、自由にしていいんですよね?」
ああ、そういう……。
なるほどね、つまりスキンシップがしたいわけだ。
この子にとっての弱点である尻尾をこちらの腕に巻きつけてるなんて。
「あんたって変態だよね」
「……否定、できないかもしれません」
「つまりさ、あたしが強く握ってからこうなったんでしょ?」
「あなたに強く握られて初めて気づいた感じです、いいのかどうかはわかりませんが……」
彼女が本当の猫かなんだったら愛情表現になるのかこれが。
それならと優しく掴んでおいた。
「綺麗にしてんだね」
「……他の人から見えるところですからね」
こっちなんて適当に洗ってはい終わりだから話が合わなさそうだ。
まさかあの無表情娘がという感情と、鼻水を垂らしながらあそこで一緒に本を読んだ仲なんだしという感情があった。
自分から進んで言っておきながら口にするのは微妙だが、冬になると最強に寒い過酷な環境だったのだ。
けど、それをふたりで乗り越えたらそりゃ信頼も深まるか?
「最近はもう、あたしなんかに興味がないかと思った」
なにも言ってくれなかったから。
橘や彪葉とばかり仲良くしていたから。
「風邪のときと同じです、あなたが考えて行動した結果でしたから」
「でも、今日は言ってきたわよね?」
「……そういう選択をしたからとわかっていても寂しかったんです」
あたしだって同じだ。
つまり寂しくて、相手をしてくれなくて拗ねて逃げた形となる。
質の悪い点は、自分から彼女の側に人が増えるようにしておきながら実際にそうなったら被害者ぶって逃げること。
でも、わかってほしい。
こういう人間は誰かひとりに依存していなければ生きていけないということを、朝美との時間を大切にしていたことを。
「明日から行くわ」
「え……でも、そうしたらこれってなくなっちゃうんですか?」
「別にあんたがしたいならその後で集まってもいいんじゃない?」
あそこに残る時間を減らせばそんなに問題ではない。
大体、あんな寒いところでいつも通りの19時頃まで残っていたら今年こそ凍る可能性があるわけで。
しかも冬に限って風というのは強く、そして寒いものであるから無理するべきではなかった。
なんでもかんでも器具に甘えればいいわけではないが、機械によって暖められた屋内というのは最高だ。
つまり簡単に言えば弱いというわけで、個人的に今年はあの苦行を乗り越えるのは辛いと考えてしまったということになる。
「やっぱりなし」
「そんな……」
「違う違う、あそこは寒すぎるから家でゆっくりしようってこと」
「1月や2月は酷かったですよね」
「うん、足の感覚とか冗談抜きでなくなっていたし」
手を暖かくしようと対策をすると紙を捲り辛いというジレンマ。
足を暖かくしようと対策をすると逆に隙間からの風によって冷える。
人間は弱点が多すぎだ、首を守ろうとしても顔自体が寒いし。
「だから尻尾を巻くと少しだけ暖かくなって良かったですよね」
「あ、それはある、冬だけはあってくれて良かったと思えるわ」
別に全てが体に直接的に触れているわけではないから夏に特別暑くなったりはしない、ただただ乾かすのに面倒くさくなるだけだった。
「……私としてはこれがいつでも晒されているのは複雑ですが」
「そんなこと言ったらあたしのもそうよ、触られたら終わりよ?」
また気持ちが悪くなって吐くんじゃないだろうか。
顔色が思いきり悪くなるらしいから狙ってやる人間が現れないとも限らない。橘なんかは嬉々として握るからもう現れている可能性もある。
「だから気軽に触らせるのはやめなさい」
「……あなたになら好きにしてもらっても大丈夫です」
「あんたってあたしのこと好きねー」
「好きです」
「あんがと」
でも、そろそろ送って帰らせないと。
今日は早く解散した分、時間はまだまだ早いけどより冷えるし。
「送るわ」
「……嫌です」
「嫌って言われても……」
一応、まだ18時を少し過ぎたぐらいだった。
それでも早く送りたいのは外が寒いからだ。
暗闇が怖いとかそういうのは一切ないものの、早く家にこもりたい。
「あなたと離れたくありません」
「そう言われても家族というわけでもないしね」
姉に住ませてもらっている分際で気軽に泊めることもできないわけ。
これもまたあたしがスイッチを押してしまったということだろうか。
「家族じゃなくて良かったです」
「なるほど、そういう意味でだったのか」
「はい」
弱点部位を掴まれたままで告白とは不思議だ。
「それでも今日は帰りなさい」
「はい……」
そんなにすぐ答えを出せることでもない。
とにかく彼女を送って家に帰ってきて。
「そうきたかぁ……」
と、珍しく頭を抱えることになった。
翌日はごちゃごちゃ考えてしまうのが嫌で突っ伏していた。
ただ、今日に限って彼女は来る来る来る。
言えたことで自信を持てたのかやけに楽しそうだった。
「美心さん、寝不足なんですか?」
実際にそういうのもあって突っ伏しているのもあるのが現状。
つか誰のせいだと思っているんだろうかこの子は。
「もしかして凄く考えてくれていました?」
今日の彼女は積極的で、そして意地悪だった。
人の追い詰め方というのをよくわかっている。
こういうときににこっと微笑むのは効率的だ。
「ちょっと来なさい」
「はい」
まだなにが言えるというわけでもなかった。
あたしにできるのは調子に乗らないように牽制しておくことだけ。
「あんた本当にあたしのことが好きなの?」
「好きです」
「それなら煽るようなことはやめなさい、ちなみに初恋?」
「初恋というわけではありません、ただただ縁がありませんでした」
なるほど、だからこそ積極的にいきたいということか。
今度こそ逃したくないという気持ちはわからなくもない。
「あれからよく考えてみたけど、やっぱり答えはすぐに出せないわ」
「焦らなくても大丈夫ですよ、どちらにしても答えてはほしいですが」
「それはするつもりだから安心してちょうだい」
側にいてくれると落ち着ける、手を握られても嫌ではない。
昨今は多様性というのが認められつつあり、同性愛というのも昔よりかはそこまで遠いことではなくなったように思う。
ただ、彼女が当たり前のように求めてきたことで困惑しているのだ。
多く一緒にいるようになってからは話をしたり、一緒に帰ったりなんかも多くしていた、外に遊びに行ったりは全然しなかったが。
だからこそそういう気持ちを芽生えさせるには十分な時間があったようなないような、少なくとも唐突にではないから違和感はあまりない。
彼女にとってはあたしが選んだ行動によっていいと感じていたということなんだろうし、自分はなにもできていないのになんて言うつもりもなかった。
「そんなところでなにしてんだ?」
「私が美心さんに好きだと言ったんです」
「お、大胆だな、それを私にも教えてくれるのか」
「はい、やましいことはなにもないですからね」
違うな、やっぱり彼女はしっかりしている。
堂々とこう宣言できてしまう時点でこちらとは違う。
なのに寂しがり屋だったり甘えん坊だったり、ギャップがあると。
良くも悪くも感情をダイレクトに表現してくれる子だから、相手をする側の自分としては困惑することも多くなるわけだ。
悪いのならともかくこういう感情を向けられるのはなかなかないからというのもあるのかもしれない。
みんながみんな自分のことを嫌っているだなんてそんな自意識過剰なことを言うつもりはないが、少なくともみんなに好かれていたというわけではなかったから。
「つまり返事待ちってことか」
「そうですね、少し焦らせてしまいました」
「美心はすぐに出さなさそうだもんなー」
橘の方は彪葉のことをどう考えているのだろうか。
矛盾しているかもしれないが積み重ねた時間はあまり関係ない。
相手のことを気に入ってもっと一緒にいたいと思えたのなら進展できる気がしていた、だからそういう可能性もなくはなさそう。
ひとついい点として、お互いに言いたいことを言い合えるというのが前に進むために必要なことだと考えていた。
で、彼女たちはそれを達成している、そのうえで仲良くできている。
下手をすれば喧嘩になって終わっていた可能性もある中でまだ継続できているのだから相性は結構いいのではないだろうか。
「おい、馬鹿面をしてるんじゃない」
「失礼ね……心配しなくてもちゃんと答えるわよ」
「ふっ、そうか、なら朝美も安心できるだろうな」
いや、いまは自分のことだけに集中しよう。
とにかくあたしはこの子といると落ち着けていい。
なんかごちゃごちゃ考えるより落ち着けるならいいじゃないと簡単に考えてしまう方が自分に合っている気がした。
ただ、告白してくれたのに簡単――半ば適当な感じでいいのだろうかという人間らしい不安もあって、考えるのをやめようとしていたわけ。
それを邪魔してくれたのも朝美という点が微妙としか言えないが。
休み時間も終わりそうだから席に戻った。
席替えはしていないからいつも通りの場所。
並び順の関係か朝美の後ろ姿がよく見える。
……やめよう、見たところでなにも変わらないから。
授業中は真面目にやっているふり、休み時間は寝たふりを繰り返して微妙ななんとも言えないすっきりしない1日を乗り越えた。
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