06話.[言いたいことは]

「ちょっとあんた!」


 まるで自分が話しかけてきたかのようだった。

 が、そんなことはない、下を見れば本を掴んだ自分がいるから。


「無視すんな! あんたよあんたっ、浅野美心!」


 そういえばどうして美心なんて名前なんだろうか。

 名前負けというか、なんにも合っていないのが正直なところ。


「くっそぉ! 無視しやがってぇ!」


 問題があるとすれば、ここは例の場所なのに彼女がいること。

 つまりもうばればれだということをこの時点で物語っているわけで。


「あ、ごめん、どうしたのよ?」

「どうしたのじゃないわよ! 大西朝美とここでふたりでこそこそしているのは知っているんだからね!」

「つまり、脅したいってこと?」

「はあ!? 違うわよ!」


 どうやら違ったみたいだ。

 じゃあなんでと考えていたら横にどかっと彼女は座る。

 1年生だということはすぐにわかった。


「ふぅ……悪かったわね」

「いや、別に謝らなくていいけど」


 背が低いのと大胆さ全開なツインテールなのも組み合わさって小学生に見えるとは言わないでおこう。

 煽ってきたわけではないのに煽るのは違う。


「なんでこんなところにいるわけ? 冷えるだけじゃない」

「賑やかなのはあんまり好きじゃないのよ」


 実際は違って、朝美を見ていると自分を知ることになるからだった。

 みんなに求められる朝美と、朝美や橘がいなければひとりの自分。

 それから、朝美と出会ってから弱くなった自分とかね。

 だからお昼になるとここに出てきているというわけだ。

 近ければ毎時間行くけど……まあ無理だからしょうがない。


「で、あんたは?」

「私のことはいいじゃない」


 可愛げのない態度を見せられてもむかついたりはしなかった。

 この子は小さかった頃の自分だと考えれば可愛く見えてくるから。

 ……ツインテールにするような人間でなかったことだけはここではっきりと言っておくが。


「だからつまり、あんたも朝美のことが興味あるってことよね?」

「は? 違うわよ」

「あ、じゃあ橘?」

「はぁ……あんたわざと言っているでしょ」


 Mな人間がいたら喜びそうな顔。

 直接罵倒されているわけではないのに馬鹿じゃないのと言われている感じがすごい、小さくて貧乳でツインテールでというのが影響している。


「あんたに興味があるのよ……言わせんな」

「あたしにって、どっかで会ったことある?」

「直接話したのはこれが初めてよ」


 別に塾とかに行っていたわけではないし本当にわからん。

 そもそも、悪目立ちはしてもいい意味で目立つ人間ではないから。

 もしかして背が低いからそういう意味で目立ちがちということなのか?

 残念ながら好きでこういう目立ち方をしているわけではないから困る。


「一目惚れしたのよ」

「悪いことは言わないからやめておきなさい」

「あんたの耳に一目惚れしたのよ!」


 耳かよ!

 ただ少しふさふさしているだけだ。

 他の人間に生えているやつだってそう変わらない。

 なによりあたしみたいな人間には似合わないのだこれは。

 それこそコスプレしているみたいで痛い女になってしまっている。


「だから触らせなさい!」

「……好きにすれば」


 なんだろうなこの展開は。

 これじゃあお昼に出てきている意味がなくなってしまうぞ。

 でも、敵ができる展開よりはよっぽどいいか。


「はぁ、最高よっ」

「あーそう」


 こっちはいくら触れられようと気になりはしない。

 よく考えたら低身長、獣耳、ツインテール、生意気そうな喋り方、金髪とか要素が過剰すぎるだろこれ。

 彼女はこうしてお昼に出てきている形になるが、意外にも友達が多そうだ、こういうタイプは嫌いになれないって感じだから。


「それよりあんた、大西朝美とどういう関係なの?」

「どういう関係と言われても、友達としか言えないわね」

「全然合わないじゃない、それなのにどうして一緒にいるの?」

「それは朝美が優しいからよ」


 あたしだって同じことをいつも考えている。

 けど、その度に朝美が優しいからとしか出てこないのだ。

 色々我慢させていることもあるだろうから素直に喜べないが。

 だからこそ橘の存在が貴重になってくる。

 ……そうでもなければずっと掴ませてまで頼んだりはしない。


「少し興味を持ったわ、放課後に連れてきなさい」

「必ず来るとはわからないけどね、期待しないで待っていなさい」


 こちらと違って交友の幅が広いからどうなるのかはわからない。

 それにこちらから来てくれなんて頼むこともするつもりはなかった。

 頼んだら絶対に無理してこっちに来るに決まっている。

 朝美とはそういう人間だからできないのだ。


「あ、名前は?」

彪葉あやはよ」


 漢字も教えてもらったものの難しい、というのが正直なところ。

 とにかく彪葉ね、できればそのまま朝美に興味を持ってほしい。

 毎日毎日耳をこねくり回されたら耳が消えそうだ。


「じゃあね、あまり期待しないでよ?」

「わかったわ」


 彪葉みたいなタイプと朝美の組み合わせもいいし、彪葉みたいなのと橘という組み合わせもいいかもしれない。

 本人たちがそういう気にならなければ意味はないが、まあ悪いことには繋がらなさそうというのがいまのあたしの考えだった。




「あんたが大西朝美ね!」

「え、は、はい……大西朝美です」


 彪葉は放課後も元気だった。

 それはそうだ、興味を持った人間とこうして会えたのだから。

 何故か朝美が高い高いをして怒られているが、うん、いい雰囲気だ。


「なんだこの生意気そうなちびっ子は」

「今日のお昼に初めて話したのよ」

「へえ、それで大西に気軽に会わさせたってことか」


 なんか言い方に棘を感じる。

 別に危険人物というわけでもないのだからいいだろう。

 仮にそういう気配を察知すれば押さえつけられる自信があった。

 流石にこのちびっ子には負けられないわ。


「つか、なんか喋り方が丁寧になってないか?」

「そう? 別にそんなことはないわよ」


 とりあえずは向こうだ。


「わ、わかったわ……あんたが私を馬鹿にしていることは」

「え、そ、そんなことありませんよ!」

「ふふ、いいわよね、あんたはそんなに大きくて」


 確かに身長も出るところも大きいから言いたくなる気持ちはわかる。

 だが、これ以上は面倒くさいことになりそうだったら止めようと決めた。


「こらちびっ子、大西に迷惑をかけるな」

「ふんっ、嫉妬しているの?」

「は?」

「大西朝美に構ってもらえなくて妬いているのよね?」

「大西、浅野、私はこいつをめちゃくちゃにしてくるから抜けるぞ」


 ああ、よくあるパターン。

 優しい朝美は心配しているようだったが連れて行かれてしまう。


「な、なんだか、浅野さんみたいな方でしたね」


 それはなんか微妙だ……。


「それよりあんた……」

「はい? なんですか?」


 ……いつになったら名前で呼んでくれるのか。

 やっぱり仲を深めたいとかそういう感情はないのだろうか。

 それなら名字呼びに戻すが、勝手に呼ばれてるの嫌だろうしね。


「いや、なんでもない」

「そうですか? なにかがあったら遠慮なく言ってくださいね」


 ふたりが戻ってきたことによって気まずくはならなかった。

 今日は3人で盛り上がるようなのでこちらは読書に集中しておく。

 この場所もいつからかあたしと朝美だけがのんびりするところではなくなってしまったみたいだと考えたら、少し寂しかった。

 11月が近いこともあって薄暗いし冷えるのに元気でよろしいが。


「美心っ、私こいつ嫌い!」

「それはあんたが喧嘩腰だからよ」

「いきなり煽ってきたのはこいつよ!」


 どうせこの後の展開は容易に想像できる。

 実際はいい人間だと気づけてツンデレ魂を披露するところだ。

 彪葉って単純そうだからね、そうなる可能性が高い。


「お前が生意気なのが悪い」

「あんたよ! ……私だって気にしているのよ」

「ふん、可愛げがないからそんな風になったんじゃないのか?」

「この!」

「ま、まあまあ、落ち着きましょう、喧嘩をしては駄目ですよ」


 ここがここまで賑やかになってしまったら拘る意味がない。

 3人は役割がしっかりしているから余計にいる意味がなくなる。

 それでも意地で途中で帰るようなことはしなかった。

 朝美がいてくれる限りは距離を置こうとはしないと決めていたから。

 なので教室での自分みたいに、空気になることに徹しておく。


「浅野、責任を持って管理しろ」

「彪葉、大人しくしていなさい」

「……耳」

「触ってていいから」


 ……これが理想か。

 朝美には橘と仲良くしろと口にしたし、橘にも朝美とって口にしたんだから仲良くしているところを見られれば十分か。


「そういえば今日も約束を果たしてもらわないとな」

「勝手にすれば」


 耳と違って尻尾を触られるのは嫌いだ。

 だけどしょうがない、そういう約束なんだから我慢しよう。


「無理しないでくださいね」

「なにが? 別に無理なんかしていないわよ」


 何度も言うが家に帰りたくないというわけではない。

 姉はあたしにも優しくしてくれるから寧ろ早く帰りたいぐらいだ。

 でも、あたしは朝美がここに来ると信じてここに必ず来ていた。

 頭の中はどんどんごちゃごちゃになっていく。

 自分から距離を置くことはしないと考える自分と、これならもう必要ない、静かに過ごしたいから離れようとする自分と。

 大体、他人と他人が仲良くするために我慢しなければならないっておかしい気がする、いやおかしい、おかしいとしか言えない。


「帰るわ」

「おいおい、まだ全然掴めてないぞ」

「勝手にしなさい、もう約束を守らなくていいわ」


 そうだ、誰かに言われたから側にいてくれるって複雑だろう。

 朝美のことを考えているようで自分が1番朝美のことを考えていなかったことになる。


「ま、待ってくださいっ」

「大西はあのふたりといればいいわ」


 いい人っぽくあろうとしたけど駄目だった。

 自分にとってメリットがなければやる気もなくなるってわがままだが。


「あたしは大丈夫よ、あんたは本当に優しいのね」

「……優しくなんかないですよ」

「あたしがそう思っているだけ、帰るときは気をつけなさいよ」


 自分からこうなることを願ったんだからどうしようもない。

 まあでも、彼女にとってはいい変化と言えるかもしれないし、少しぐらいは彼女のためになれているかもしれないから、嫌な気持ちばかりというわけでもなかったのだった。




「やるぞ浅野!」

「へーい……」


 何故かまた草むしりにやって来ていた。

 春夏秋冬、どんな季節だろうと草は諦めずに生えてくるからすごい。

 本当に雑草魂というものは馬鹿にできないような気がしてきていた。


「そういえば、最近は大西と仲良くできているのか?」

「ん? まあね」


 前回みたいに惨めな気持ちにならないようなるべく早くやる。

 機械がなくてもここまでしたんだぞと残しておきたい。

 後から機械が投入されてまるで全てをやったみたいな顔をされたくない。


「や、やる気がすごいな」

「守谷先生もちゃんとやって」

「わ、わかったっ」


 いいか、最近はなんか楽しくなかったからすっきりできる気がする。

 あたしが気にするまでもなくあの3人は勝手に仲良くやっていた。

 彪葉は毎時間教室に来ては橘と言い争いをしているが、それでも致命的になったりしない程度の揶揄みたいなもので。

 大西はそんなふたりを見て止めたり自分も会話に入ったりと、色々なところを教室内に披露している。

 今回の件でわかったことは、やはり所詮あたしではなにもしてやれないということだった。


「お、おいおい……」

「あ、ごめん……」


 先生に言ったってこんな気持ちがわからないだろうからやめる。

 ついでに考え事もやめて集中することに集中していた。

 どうせすぐに終わる、たった数十分間頑張ったぐらいで満足気な顔で。

 それぐらいの集中力は自分にもあったから大して問題でもない。


「今日もありがとな」

「お礼を言われるようなことはしていないわ」


 ここに来ているのならやって当然だ。

 しかもお礼を言われたくてしているわけでもない。

 自分がすっきりするために利用させてもらっただけ。


「この後って暇か?」

「特にないけど」

「じゃあ付き合ってくれないか、あの畑でなにか育てたくてな」

「わかったわ」


 ただ、先生は単純に話し相手が欲しかっただけみたいだ。

 こちらは今週来ていなかった段差に座ってそれを眺めるだけ。

 なんでここまでするんだろうか、誰に褒められるというわけでもないのに。

 いまさっきのあたしみたいに褒められたり、お礼を言われたりすることが目的でなかったとしても、頑張りすぎだろう。

 担任に、体育担当に、部活動にってちゃんと休めているのか?


「今日部活は?」

「代わりにいてくれているからな」

「なにそれ、先生よりその人の方がいいって言われるんじゃないの?」

「別にそれでもいい、そこまで大層な人間じゃないからあまりに期待されてもがっかりさせてしまうからな」


 言いたいことはわかるかも。

 というかタイムリーな話というか。

 大西があたしよりも橘や彪葉のことを気に入ってもいいってね。

 その方があの子のためになる、そう考えたからこそ行かなかった。


「顧問になんて向いてないんだよ」

「じゃあ辞めれば? 無理してやっても辛いだけじゃない」

「そう言われても簡単に辞められないんだよ、それに勝手に自分だけ楽なところに逃げるのは生徒を裏切ることと同じな感じがしてな」

「土曜日に他人に任せて草むしりをしているのに言うな」

「はははっ、本当にその通りかもな」


 すぐに謝っておく。

 八つ当たりだけはしてはならない。


「最近、上手くいってないんだろ」


 決してそんなことはない。

 自然に戻ったというか、これが本来の形だと考えている。

 

「なんか遠慮している感じがするもんな」

「そんなことはないわよ」

「だって放課後に畑の様子を見に行っても浅野だけいなかったからな」


 どれだけ畑のことに集中しているのか。

 部活動だってあるのに物好きな人だった。


「大丈夫よ」

「そうか、ま、困ったらなんでも言ってくれ」


 いまはそういうことにしておいた。

 わざわざ嫌な気分にさせるのは違うから。

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