05話.[飛びそうだった]
このままだと困るので意地で治そうとした。
その結果、翌日には治って元気に登校できたから問題はない。
問題があるとすれば彼女だ、また元気がなさそうになってしまった。
「大西、あからさまだな」
「ま、しょうがないんじゃない?」
気づいていたのにあたしの手を握ったらハイテンションになってしまったということだし、それだって責められるようなことではないから。
それにたかだか自分の手を貸しただけであそこまで嬉しそうにされたら嫌な気はしない、相手が大西であれば尚更のこと。
「あんたが行ってあげなさい」
「わかった」
大西はあたしより席が前であることに感謝した方がいい。
大西が逆にあたしの席だったり後列であったとしたらこっちの背中を見てその度に落ち込むことになるんだから。
いやまあ、落ち込んでいるかどうかはわからないけども。
ん? 何故か橘がこちらに大西を連れてきてしまった。
「まだ時間もあるし廊下で話してこい」
なるほど、言ってきなさいと勘違いしたのか。
でも、このままだと嫌だから黙ったままの大西を勝手に連れて行く。
というか、そういう雰囲気を出すと周りが遠慮するしかなくなってしまうことをこの子は理解した方がいい。
「そんな雰囲気出さない」
「……でも」
「でもじゃない、もう治ったから気にしないでいいわ」
逆に吐けたから色々と考えなくて済んだと思う。
上下攻撃がなければ我慢していただろうから助かった。
「し、尻尾……掴むんですよね?」
「冗談よ、ああでも言っておかないと自分を責めそうだから口にしただけ」
結局、意味なかったことになるのか。
だからっていまするわけにもいかない。
前回と同じようになってしまうとこれから授業なのに困るし。
そうしたらサポートしなければならなくなるわけで、風邪を治して学校に来た意味がなくなってしまうから避けたかった。
「心配してくれてありがとう」
「浅野さん……」
頭を撫でるのにも一苦労だ、この身長差は。
すぐにやめて教室に戻る。
正直に言って風邪よりも大西の悲しそうな顔の方が堪える。
あれを続けるということはあたしを困らせるということなんだからさっさと戻ってほしい、あとはもっと笑ってくれればいい。
「おかえり」
「うん、後は頼んだわよ」
「私にできることなんてほとんどないけどな」
そんなことはないだろう。
あたしが側にいるよりも落ち着かせることができる。
それにあたしは彼女を信用しているから大西を任せたいのだ。
「そういえば昨日はありがとうね」
「どうせなら吐く前に止めるべきだったな」
「別にいいのよ、ただお礼を言わせてもらっただけ」
行くことを選択したのは自分なんだから。
そのため、これ以上は言うなと釘を刺しておいた。
放課後。
汚れてないか確認してから座って読書をしていたら大西がやって来て無言で隣に座ってきた。
それから当たり前のようにこちらの袖を引いて、あたしが右手を自由にさせるとそのまま握ってきて。
昨日と違う点は冷えているということだろう。
「あんたまだ引きずってんの?」
「……知っていたのに調子に乗ってしまいました」
「あんたらはあたしのやろうとしていることを最後までやらせてくれたじゃない、だから感謝しているわ」
最初は無愛想で冷たいやつだと思っていたのにな。
冬というのもあって、口数が少ないのもあって。
気まずくて話しかけたとき、あ、こいつとは仲良くなれないとなって。
なのに同じ場所を利用する仲間だからか話すことも多くなっていた。
それはあれだろう、大西がその頃から合わせてくれたからだと思う。
周囲だけの意見を聞いて距離を置いたりしないで、あたしといることで本当のことを知ろうとしてくれたからだ。
「もういいわ、これ以上その雰囲気を出すようなら掴むわよ」
「……いいですよ」
良くないわよ……。
本当なら手を繋いでいるのだって不自然だ。
そもそも姉の友達みたいにべたべたと触れる趣味はない。
なにが問題ってこちらから掴むことになるからだろう。
傍から見ればそういう趣味のように捉えられてしまう。
もしこの前のように橘でもない他の人間が来てしまったら?
しかも相手が大西というのが最悪だ。
「……つ、掴んでください」
「あんた……」
なんでこういうときに限って笑うのか。
そのくせ、ふざけている感じも伝わってこない。
強く握りすぎてこの子のなにかを引き出してしまった?
新たな扉を強制的に開かせてしまったということだろうか。
……今回は優しく触れてみた。
「あっ……」
試しに片方の手で自分のに触れてみたが微妙なだけ。
個人差があるのはわかっていても、うん、なんかすごい。
そしてあのときのように太くなっていた。
怒りや興奮によるもの、この場合は後者ということになるのか。
こんな表情を浮かべているくせにその内側は暴れていると。
「終わり」
「え……」
「そんな物欲しそうな顔をしないの」
これ以上は特別な存在がやるべきだ、気軽に触らせるべきではない。
「つかあんた、ここで本を全然読まなくなったわよね」
「……教室で来てくれないからですよ」
「あたしが行くとみんなが遠慮をするからよ。これでも一応考えて行動しているの、読書だってしたいしね」
内容を楽しむのではなく文字を読むのが好きだった。
いまはただの時間つぶしのためではなくそのためだと言える。
「だから……ここでは」
「はいはい、わかったわよ」
「本はいつでも読めますが、あなたとは学校でしかいられませんから」
「別に休日に誘ってくればいいじゃない」
「え……いいんですか?」
当たり前だ、もう約1年間関わりがあるんだから友達だし。
なんなら休日暇すぎてどうしようもないからその方が助かるぐらいだ。
「そ、それなら今週の土曜日に来てください!」
「わかったわよ」
「それから……手、いいですか?」
どんだけあたしの手が好きなのか……ま、拒んだりはしないけど。
何度も言うが文字を読むことができればそれで十分。
だから片手でもなにも問題はない、それどころか寒くなってきているから大西と手を繋いでいるのは暖かくて良かった。
もう少しで冬になる。
それでも、冬になってもここを利用する気なのは変わらなかった。
土曜日。
いつでもいいということだったので午前中から彼女の家にいた。
「お前な、ジャージって……」
「いいじゃない、ジャージは楽でいいわよ」
橘も何故かいたが気にしない。
ふたりきりがいいだなんて乙女心を出すつもりもないし。
「で、なんで大西は寝てんの?」
「楽しみすぎて眠れなかったんだってさ」
そう、開けてくれたのは橘だった。
この部屋に連れて行ってくれたのも橘。
「それより浅野、そろそろ名前で呼んだらどうだ?」
「名前ねえ……」
こちらばかり名前で呼んでいたら恥ずかしいからしてこなかった。
敬語をやめない彼女のことだ、素直に変えるとは思わない。
別にこちらのことはいくらでも名前で呼んでくれればいいんだけど。
「つか、どうすんのこれ」
大西の家及び部屋だからどうしようもない。
部屋主が寝ていたらお客側としては見ていることしかできないわけで。
「起こすか!」
「そうね」
遠慮なく柔らかい頬を引っ張ってみた。
「ふぁに!?」
「起きなさい」
「あっ! す、すみませんっ」
む、そこまで慌てられると複雑なんですが。
むかついてもいたからそのまま頬は掴んだままでおく。
「い、痛い……です」
「ふんっ」
ちなみに橘のやつはこちらに全て押し付けてきた。
起こすかと言っておきながら攻撃を仕掛けたのはこちらだけ。
睨んだら「私がやるとは言ってない」とか屁理屈を言ってくれたため、橘にも攻撃を仕掛けようとして返り討ちにあった。
「くそ……」
「ざまあみろ」
まあいい、部屋主が起きてくれたのならそれで。
「朝美、今日はなにがしたかったのよ?」
「私はただ……来てほしかっただけです」
「え、じゃあ自由にしていろって?」
彼女の部屋でできそうなことは呼吸、読書、お喋り、昼寝ぐらいか?
だけどそれならわざわざ来た意味がない気がするし……。
「つか朝美、なんで橘もいるのよ?」
「おいおい、私がいたらなにか困るのか?」
「困るわ、この部屋内の酸素が減るもの」
「それだったらこっちだってお前がいるから減るじゃねえか」
……察してくれ、別に意地悪がしたいわけではないのだ。
こういうのをきっかけに話題をどんどん変えていくみたいにしたい。
そうしないとすぐに飽きる、家に帰りたいと考えてしまうから。
「橘」
「なんだよ?」
が、こういうときは上手く察してくれないようだ。
言い過ぎたと謝罪をして、適当に本を借りて読み始めた。
「浅野、責任を取れよ」
「は? なんの?」
「あーれ」
朝美がベッドの上に座ったままってだけでしかない。
耳や尻尾にだって異常はないし、なにが言いたいのかわからない。
「有限実行の女め」
「いいじゃない」
自分は無駄なプライドから名前を呼ぶことをしないのに相手にばかり期待するのは間違っていると思ったから。
なんでもそうだがデメリットがないことなんてないのだ。
多少は羞恥心を感じようが問題はない。
「なんか邪魔してるみたいだな、帰った方がいいか?」
「気にしなくていいわ」
問題はないと考えていてもどうにかなりそうだった。
これでもし浅野さん呼びを継続されることになったら?
そうしたら恥ずかしすぎて死ぬ、皆勤なんかどうでもよくなる。
「朝美、下りてきなさいよ」
「は、はい……」
別に固まっているというわけでもないから責任を取る必要もない。
逆にこうしたのだから彼女にも名前で呼んでほしかった。
だって一方通行なうえに、こちらばかりその気があるみたいで嫌だ。
「で、橘を呼んだのはあんたでしょ?」
「い、いえ、橘さんが来てくれただけですよ?」
「そうだったのね」
まあいいか、橘と朝美が仲を深めておくことは重要だろう。
少しでも本音を言うことができる仲がいることは重要だろうし。
日々あれだけ人に囲まれているなら尚更のこと。
なにかでバランスを整えておかないと爆発する。
そうしたらこれまで来てくれていた人間が離れていってしまうなんてことにも繋がりかねないわけで。
「朝美、橘とちゃんと仲良くしておきなさいよ」
どんなときでも冷静に対応してくれる橘の存在は貴重かもしれない。
朝美は感情を出さないようで丸わかりだし、すぐに凹むし、すぐに甘えてくるしで誰かが側にいないと駄目なのだ。
「お前は?」
「別に距離を置いたりはしないわよ」
特別ができるまではなるべくいる。
もちろん、来てくれたらではあるが。
「なるほど、教室では近づけないからか」
「そうよ、あんたも見たでしょ?」
「ああ、露骨に周りが遠慮していたな」
それに橘と仲良くしていてくれればこちらの存在感も薄まる。
睨まれるようなことにはならずに済んでいい。
「だからあんたを利用するわ」
「それならなにかしてくれよ」
「あたしにできることならするわよ」
家事もなにもできないから役には立てな……ぃい!?
「な、なに掴んでんのよ!」
「1度他人の尻尾を思いきり掴んでみたかったんだ」
冗談抜きで不快感がすごい。
そう考えたら朝美のあれはいい能力ではないだろうか。
だ、だってその、気持ち良くなれるってことなんでしょ?
「それに美心になにかを頼んでもできないことが多そうだからな」
「あ、当たっているわ……あんたの言う通りよ」
「その点、これならすぐに叶えられる、これからもするからな」
……そうよ、お願いするなら相手になにかをしなきゃ駄目だ。
無償でやってもらうなんてわがまますぎる。
これで朝美が橘と仲良くできるのなら構わないってもんよ……。
「あ、あの、顔が青ざめてきているんですけど……」
「だ、大丈夫よ……心配しなくていいわ」
「わ、私は違うんですけどね……個人差があるんですね」
むか、地味に煽られているような気がしてきた。
だからってなにができるわけではないがしょうがない。
「よし」
「あ、終わらせるのよね?」
「いや、今日はこのままずっと掴んでおくわ」
「なんでよぉ……」
この際だから克服しておこう。
理想は嫌な感じを感じないようになること。
そうすれば不意に掴まれても飛び上がったりしない。
いやほんとね……昔、転びそうになった小さい女の子が偶然目の前にいたこちらの尻尾を掴んでね、宇宙に届きそうなぐらい飛びそうだった。
「朝美、手を握らせて」
「ど、どうぞ」
大丈夫、側に朝美がいてくれれば安心感でなんとかなる。
……こういう場合はマイナスの力の方が強いのが常のことだが。
「あんたね……絶対に人前でやるんじゃないわよ?」
「わかってんよ」
大体放課後の時間ぐらいになったら解放された。
やるとしても放課後あの場所でと約束をして橘と別れた。
「だ、大丈夫ですか」
「……まだもうちょっといていい?」
「構いませんよ」
次からは絶対に橘と学校以外で会わない。
休日はちゃんと休まなければ駄目なんだ、なんのための休日だ。
「ありがとう、あんたがいてくれて良かった」
そうでもなければメンタルが死んでた。
どれだけ負荷がかかっているかなんて全く気にしてくれていないから。
「私が頼んで来てもらいましたからね」
「うん、なんか途中からはメインが代わっていたけどね」
まるで橘の家に来ているみたいだった。
ま、変に遠慮されるよりはあれぐらい自由でいてくれていた方がいいのかもしれない。
「後半、私は空気でしたよね……」
「そんなことないわよ、あたしにとっては1番だったわ」
「それは尻尾を掴まれていたから縋るしかなかっただけでは?」
「正論やめろ」
朝美の照れるポイントと真顔で返せるポイントの違いがわからない。
いまから調べようとする気はないが、いつかは知れたらいいかもね。
「扉を開けたら橘さんがいたから驚きました」
「朝美のことが好きなのかもね」
「そんなっ、ないですよ」
そんなことわからないだろ。
でも、これ以上言ったりはしなかった。
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