04話.[やろうと決めた]
大西が褒められていたことで無性に嬉しくなった自分。
でも、なんか良くない気がして勘違いだと考え続けて。
あくまでいつも通り過ごしていた。
ただ、橘に行ってみたらどうかと言われたのもあって、ただの友達として教室で自分から話しかけてみたりなんかもしたのはあれだが。
で、わかったことがある。
大西は普通に対応してくれるものの、あたしが行ったときはみんなが彼女から離れていくということだ。
ここまで露骨な態度を見せられるとやめるしかできない。
そんなに優等生と話すのは駄目なのだろうか?
そんなにあたしは怖い人間ということなのか?
「はぁ……」
やはりイメージの違いということか。
あたしみたいな人間に話しかけられる大西が可哀相だと。
それかもしくは、弱みを握られているとでも考えているのかも。
残念ながらそんなことはできない、だって弱い部分がないから。
そもそもそんなことを考えてもいないからどうしようもなかった。
嫌な点は、大西が嫌われることより自分が嫌われる展開だけは容易に想像できてしまうことだろう。
「もしここで話していることがばれたら」
確実に面倒くさいことになる。
だからって……自分から距離を置きたいわけじゃない。
橘の言う通りだ、本当なら大西のところに行きたいのかもしれない。
一緒にいて安心できる存在は貴重に決まっているから。
別にいつまでもいてほしいなんて乙女みたいなことは言わない。
けど、いてくれている内はそうしておきたいと考えてしまっている。
とにかく、教室では気をつけよう。
幸い橘は来てくれるから会話をしていれば問題もないだろうし。
「お、戻ってきたのか」
「まあ、授業も始まるから」
大袈裟でもなんでもなく彼女はよく自分を発見するなあと。
「明日は一緒に食べようぜ」
「わかったわ、それなら明日よろしく」
こうして見ると、恵まれている気がする。
優しい存在がいつでも近くにいてくれる生活というのは安心できる。
友達が欲しいと考えて行動しなかったのが良かったのだろうか。
中には変なのに目をつけられて使われる人もいるわけだからね。
席の場所も影響していて、座っていると意外とよく見える。
授業が始まるぎりぎりまで小声で話をしている大西は楽しそうだ。
橘のやつは意外でもなんでもなく真面目な感じ。
本当になんであんな喋り方をしているんだろうかね。
余計なお世話なことは確かだから言わないが、これから関わる中で何度も同じことを考えることになるんだと思ったら少し微妙だった。
どうしてこうなったのか。
「おぉ、可愛らしいですね」
「私が作っているんだ、可愛いとか言われると恥ずかしいな」
「そんなことないですよ、自分で作るのは大変ですし、え、偉いです」
結局姉に全て任せてしまっているあたしに突き刺さる。
お前はなにもしていないよなって指摘されているみたいだ。
大西の中のあたしのイメージは悪いから本当に考えていそう。
それになにより姉と関わりがある、連絡だって取り合うぐらいだから家であたしがどれだけぐうたらしているかを知っているだろうし。
って、そうじゃない、なんで当たり前のように大西がいるんだ!
「なんであんたもいんの……」
「いては駄目なんですか? 橘さんが誘ってくれたんですけど」
「別に駄目なんて言ってないわよ……」
別にここはあの場所じゃないからどうでもいい……わけない。
橘だけならともかくとして、こんなにわかりやすいところであたしが大西といるのは不味いのだ――ということに最近気づいたんだ。
中には怪しんで尾行してくる人間もいるかもしれないし、あの静かな空間にいられなくなるのは嫌だった。
「それ、作ってもらったものですよね?」
「まあね、あたしじゃなんにもできないし」
いいところなんてあるのだろうか。
物に八つ当たりしないところ? ……人として当たり前だ。
悪いところならいくらでも挙げることができる人間って……。
「浅野は家ではだらだらしていそうだな」
「その通りよ」
そもそも卑下していなくてもこうして突きつけられるから問題ない。
他人からここまでズビシッと言葉で突き刺されるのは自分だけじゃ?
そのおかげであまり調子に乗らなくて済んでいるのはいいかもだけど。
ただ、少なくとも自分らしくはできなくなっていると思う。
良くも悪くもなんでも言うのがあたしだったのに。
どんなに頑張ろうがあまり変わらないから好き勝手に生きてやろうとしていた自分はもうここにはいなかった。
人といることで安心を得られるはずなのに、人といることで精神が弱くなってしまうのはいいのか悪いのかわからないな。
それとも昔のそれは強さとは違かったのだろうか。
人に好かれようと動いても変わらないからやけくそになっていたとか?
「浅野、もう昼休みが終わるぞ」
「あ……先に戻ってて」
ごちゃごちゃ考えている時点で昔と違うことは明白だ。
とりあえず、作ってもらっているのに残すなんてできないから食べることに専念してさっさと戻ろう。
考えたところで変わらないってわかっているんだから、無意味なことを重ねて大切かもしれない貴重な時間を浪費するのは馬鹿らしいからね。
別にただ盛り上がっているだけで睨んでくる人間はいない。
だから気にせずに教室から出てあの場所に向かうことにした。
「このタイミングで雨とか……」
何度も言うが制服を着ていたくない自分でも何故だかすぐに帰りたくならない自分、なので教室に戻って読書を始めた。
今日はどうやら大西親衛隊が解放するつもりがないようだ。
んー、盛り上がるのは自由でももう少しぐらいボリュームを抑えてほしいものだな……って言わないけどさ。
「そういえば大西さん、放課後はいつもなにをしているの?」
「そうそう、すぐ帰るから気になっていたんだよね」
「ふふ、とある場所で本を読んでいるんです」
あ、馬鹿……そんな言い方をしたら探そうとするだろうが。
案の定、どこどこどこ攻撃にあっていた。
意外だったのは、彼女が教えようとはしなかったこと。
でも、あんなことを言った時点で発見されるのは時間の問題だろう。
「あ、そろそろ帰らなきゃ……」
「あ、私もだ」
ひとり、またひとりと減って、ついには彼女だけになった。
って、全然読書できてない……もっと集中しないと。
「雨ですね」
「うん、傘はないから戻ってきたのよ」
家が嫌いというわけでもないのにどうして帰ろうと思わないのか。
姉が夜まで帰ってこないから寂しいのか? それはありそうだ。
「実は私、傘を持っているんですけど」
「そうなの? それなら良かったわね、濡れなくて済んで」
酷くなってもあれだからさっさと帰ろう。
が、気まずい思いを味わってほしくないから彼女とは時間をずらす。
「……それを言うだけなら嫌な人間じゃないですか」
「違うの?」
「違いますよ、ふたりで入ればいいじゃないですか」
相合い傘が恥ずかしいというわけではなく申し訳なかったので断る。
早くしないとずぶ濡れになる可能性があるため帰るよう急かした。
大西はあくまで無表情のまま「気をつけてくださいね」とこちらに言って出ていってくれたから助かった。
教室で大体30分ぐらい時間をつぶして外に出る。
これなら外に行ったタイミングで帰っておくべきだった。
そうすれば、
「あんたなにやってんのよ」
こうして大西と会うこともなかったんだ。
傘をさしているから向こうが濡れているわけではない点はいい。
だが、先程から結構時間が経過しているのになにしているんだか。
「入ってください」
「……ま、ここまでされたらね」
早く出てやるべきだったと後悔した。
後悔したところでこの子の時間を無駄にしたのは変わらないが。
「なにをしていたんですか?」
「あんたが気まずいだろうからと時間をずらしたのよ」
「そのせいで私は待つことになったんですね」
「……あたしは待っていてくれなんて言っていないわ」
それにそもそも濡れているからあまり意味もない。
なんだろうこの時間は、よくわからない。
「冗談です、それぐらいわかってください」
「あんたにだけは言われたくないわ」
もう大西の家の近くだったから傘から出る。
「ありがと! それじゃあね!」
彼女は背が高いから斜めの雨にほとんど意味がない。
彼女の背が高いだけとはいっても、自分が小さいのは変わらない。
「浅野さんっ」
「なにっ?」
く、口に水滴が……。
しかもこういうときに限ってすぐに言ってくれない。
「あ……風邪を引かないでくださいね、あなたがいないと……」
「引かない、あたしはあんたより馬鹿だからね、それじゃ!」
風邪なんか引いてたまるか。
これでも去年から皆勤を続けているのだから。
仮に熱が出ようが周りのことを気にせずに行ってやるよ。
……姉に迷惑もかけたくないから意地でもね。
正直に言えば、そんなことかいとツッコミたくなったが。
……約束通り熱が出ても家を出てきた。
微熱だからこそ問題ない、ではなく、微熱だからこそ辛いけど。
姉チェックを躱すためにかなり頭を使ったからもう疲弊しまくり。
今日は体育もないから教室でじっとしていれば問題もない。
そしてこういうときこそ無駄に演技が上手くなるというのがあたしで、放課後まで色々なことに耐えながら乗り越えられた形となる。
しかも今日は雨が降っていないからあのお気に入りの場所にもいけるといういい流れ、残念な点はそこまで演じなければ任務完了とはならないことだろう。
「早いですね」
「うん、昨日行けなかったから」
ごちゃごちゃしている文字列なんか目で追っていたら吐く。
でも、ここまできたなら問題なく終えられることだろう。
時間が決まっているというわけではないのだ。
基本的に1時間ぐらい経過した頃にどちらかが帰ると言って終わり。
「もっと近づいていいですか?」
「このままでいいじゃない」
冗談じゃない、近づくなんてチート行為を許せるわけがない。
それを許可するということはこれまでの自分を否定することだし。
「だって……最近はあまり浅野さんとゆっくりできていないじゃないですか」
「雨が振らない限り、あたしはここに来るわ」
あんたが来なくてもね。
いや、他の誰かを優先してくれて全然いいんだ。
気を使われてまで一緒にいたいとは考えていない。
「わかった、近づけばいいじゃない」
「ほんとですか!? ありがとうございます!」
いいや、どうせばれても後は帰るぐらいだから問題はないはず。
「手、お借りしますね」
「うん」
こうなっても彼女が気づくことはなかった。
あ、いや、彼女のことだからわかって気づかないふりをしている可能性がある、あたしが頑固とわかっているのも影響していると思う。
「浅野さんの耳や尻尾はあまり変わりませんね」
「守谷先生からは怒ったときに太くなっているって言われたけど」
「だから変わらないとは言っていないじゃないですか」
良かった、こうしてくれていれば帰りたくなる気持ちも落ち着く。
いつも通りと言えばこのまま片手で本を読むところ。
「っぷ」
吐きそうというか気持ち悪いというか。
ただ、横であたしの手を握って楽しそうにしている彼女をがっかりさせたくないのもあって何度も耐えていた。
多分これ、気づいてないわ、気づいていたらこんなことしないし。
残念ながら明日も明後日も明々後日も平日で。
そう考えていたのと、彼女が思ったよりもハイテンションで手を上下に振ったのが重なって出てきそうになったのを飲んで。
「(おぇぇ……)」
誰もいなかったら絶対に吐いてた真剣に。
「あ、電話……すみません少し出てきますね」
「うん」
壊したらいけないんだ、そのためになら何度だって飲もう。
電話の結果、彼女は帰るということになった。
どうやら代わりにご飯を作らなければならなくなったみたいで。
「すみませんっ、先に帰らせてもらいますね!」
「うん、気をつけなさいよ?」
「はいっ、浅野さんもお気をつけてください!」
凄え……今日ばかりは自分で自分を褒めてあげたい。
普通できないぞこんなこと、抑えようとしても出てきてしまうものだ。
「おぇぇ……」
あたしにも意地がある、皆勤だけは続けたい。
幸い咳が出ているわけではないから他人へ移す可能性も低い。
風邪が長引こうがこの演技力でなんとかしてやるつもりだ。
「浅野……?」
「……橘?」
なんでこんなところに、彼女にだってここは教えてないぞ。
「大西が変なところから出てきたから行ってみたらさ」
「ああ……そうなのね」
彼女ならばらしたりはしないだろう。
って、だから学校敷地内なんだからどうせすぐにばれるけどね。
「それより浅野、大丈夫なのか?」
「大丈夫よ……すっきりしたわ」
口内は気持ち悪いけど少なくとも大西の前ではしなくて済んだ。
持ってきていた水を飲んで吐かせてもらう、ついでに残りの水で地面を少しは綺麗にしようとしておいた。
「まさか今日、ずっとだったのか?」
「すごいでしょ、あたしの演技は」
「馬鹿だろ……」
どうせ馬鹿だよ。
馬鹿は風邪を引かないなんてそんなことはない。
冷えたりすれば人間でなくても風邪を引くのだから。
「大西に見せたくなかったのか?」
「当たり前じゃない、あの子を困らせたくて一緒にいるわけじゃないわ」
まあでも、どうせ姉にばれて明日は無理だろうけど。
「……悪い、さっき電話をかけたの私なんだ」
「え……」
「わからないわけないだろ、大西なら尚更のことだ」
あたしが最初考えた通りだったらしい。
あたしが頑張っているからなにも言わないつもりだったと。
……だったら最後の激しい手振り攻撃はやめてほしかった。
あれで止めがさされたわけだから……。
「大西は?」
「そこだ」
そのために向こうへ行ってわざわざ逆から戻ってくるとか……。
「ふっ、意地が悪いわね」
「大人しくしていろ、私が運んでやるから」
「駄目よ、汚してしまうわ」
下を向いて吐いたりすれば必ず飛び散る。
足には付着しているのはわかっていたからそんなことは頼めない。
「大丈夫よ、帰ったらすぐにお風呂に入って寝るから」
「わかった、それなら早く帰ろう」
「そうね」
今回のこれは傘を持ってきていなかった自業自得なんだから大西が暗い顔をする必要は一切ないのだ。
でも、今回もまたなにかをしなければ納得できなさそうだし、
「風邪が治ったら覚悟しておきなさいよ、大西」
「……はい」
遠慮なく尻尾を掴んでやろうと決めたのだった。
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