03話.[スタイルもいい]

 朝から大西の尻尾が激太だった。

 だからみんなも珍しく近づけないでいる。

 それは橘も同じのようで、眺めていたこちらにやって来て、


「行きづらいな」


 と言ってきた。

 確かにそうだ、なんとなく近づきにくくはある。

 それならここは敢えて空気を読まずに近づいてみてよう。


「あんたどうしたのよ」

「あ、浅野さん……」


 ん? どうやら怒っているわけではなさそうだ。

 それならこの太さはなんだろうか、興奮しているとか?


「怒っているわけではないのよね?」

「ち、違います、なんか今日は落ち着かなくて」

「へえ、だからこうなっているんだ」


 とにかく不干渉が1番かな。

 怒っているわけではないとわかっただけでみんなも安心しただろうし。


「す、すごいな」

「そう? 別になにも失うものがないしね」


 耳や尻尾だけでそのときの感情は大体わかる。

 で、めちゃくちゃ逆立っていたりしたら大抵は怒っているわけで。

 その状態で話しかけるあたしは空気の読めないことこのうえないわけ。

 自分がされて嫌なことを積極的にしているということになるわけだし、それで怒られても結局のところ自業自得でしかない。


「橘、行って大丈夫よ」

「でも、落ち着かないんだよな? それならそっとしておいた方が……」

「あんたがそう決めたのなら自由だけど、落ち着かないからこそ喋っていたら少しはマシになるんじゃないの?」


 もう1度自由だと重ねて読書を再開した。

 あ……偉そうに言うのはやめると決めたのにこれで破ったことになる。

 すーぐ自分が決めたことすら守れないんだから困ったものだ。

 橘はどうやら行くことを選択したらしく、ぎこちなさはMAXだったものの大西と会話をしていた。

 いいのか悪いのかはわからないが、大西もこちらから見る分には少し落ち着いた表情を浮かべているように思う。

 って、ガン見すんな……本を読んで時間をつぶそう。

 でも、結局のところ放課後までずっと太いままだった。

 自分の一部なんだからコントロールさせてほしいわなというのが正直なところだ。

 顔だって自分では道具を使わなければ見えないしなんでこんなに面倒くさいんだろうな。


「あ、浅野さん」

「ん? ああ、大西も来たんだ」


 守谷先生と抜いたから目の前は綺麗になった場所。

 ただ、それ以外はなにも変わらないから賑やかな場所とは言えない。


「あの、今日はありがとうございました」

「なにが?」

「……あなたが来てくれたおかげで落ち着けました」


 空気の読めないことをした結果だから喜べないな。

 それでも素直に受け取り、これだけで無理やり終わらせた。

 お礼を言うならあれからは近づいたみんなに言うべきだ。


「まだ太いのね」

「はい、今日はずっとこの調子で」

「ちょっと触れてみてもいい?」

「や、優しくですよ?」


 触れてみても謎が深まるばかり。

 感情とリンクされていないのならなんのために生えているのか。


「わからん」

「ですよね……」


 結果はそれだった。

 仮にわかってもなにもできないのだから意味はない行為だ。


「本能かもね、誰か苦手な人がいるとか」

「え、いませんよ?」

「学校が嫌とか」

「ありません、今日だけ出るのはおかしいじゃないですか」


 どうせわからないのなら余計なことは言わずにおこう。

 本を読もうとしたら教室に置いてきてしまったことに気づいた。

 だから行こうとしたら本当にぴったり真横に大西が座ってきて硬直してしまった形になる。


「ど、どうしたのよ?」

「……本ならここにありますよ」

「え、ありがとう、はは、取りに行かなくて済んでラッキーだわ」


 とにかく本を読もうとして、できなかった。

 腕を掴まれて困惑状態に、しかも力が結構強くて痛い。


「……このまま掴んだままでいいですか?」

「そ、それなら手にしなさいよ」

「はい……お借りしますね」


 片手でも読めないことはないから気にするな。

 ここは光もあるからいつまでも読書に励めるが、秋ということもあってすぐに暗くなるし寒くなるしで忙しい場所でもあった。


「大西、そろそろ帰るわよ」

「……このままでいいですか?」

「好きにすればいいわ」


 まあいいか、たまにはこうして求められるのも悪くはない。

 なにより自分しか知らない相手の顔を見られるのって嬉しい。

 こういう思いを深めていった結果が恋人ってやつなのか。

 あたしはともかく、大西は恋をしたらどっぷり浸かりそうだ。

 勝手に人が近づいて来てくれるのならその中にビビッとくる人間がいるかもしれない、こちらからすればすごい話だった。

 それならそういう人間が現れるまで、彼女が求めてくるならという限定的な話ではあるが、ある程度の要求は受け入れたいと思う。


「……聞かないんですね」

「なにを? あ、いまどういう状態なのかって?」

「浅野さんは遠慮しないで聞いてくると思っていました、デリカシーがない人でもあるので」

「余計なお世話、ま……聞かれたくないことだってあるでしょ」


 話は少し変わるが、イライラしているときに「なんでイライラしているの?」なんて聞かれたら潰したくなる。

 緊張しているときに聞かれても嫌だし――ただただあたし個人的にという話にはなってしまうものの、他の人間にとっても該当する場合もあるのではないだろうかと考えているだけ。

 つか、ちょいちょい失礼だな大西は。


「ありがとうございました」

「うん、じゃあね」


 あれ、どうして当たり前のように家まで送っているのか。

 ……大西といるとすぐこうなるなと呟きつつ帰ったのだった。




「はい? ゴミ拾いや草むしりをしたいから手伝ってくれ?」


 金曜日の放課後、守谷先生から頼まれてしまった。

 なんでも任意で集まって決められた場所を掃除するらしい。


「学校と違っていっぱいできるぞ!」


 そう言ったときの先生の顔は凄く嬉しそうだった。

 ……だからこそなんか曇らせたくなくて土曜に出てきた形になる。

 集まってくれてありがとう云々、集めたゴミは云々、担当場所は云々と説明をされて早速始まったわけだが。


「ようっ、来てくれてありがとな!」

「若いのあたしぐらいじゃないですか……」


 ボランティアと言ってもやり辛いぞ。

 先生がいるからマシなんて言えない、そういう風に考えていたらあっという間に別行動になるとかが常だからだ。

 まあでも、先生の言いたいこともわかる気がした。

 なんでこんなに生えてるのってぐらい草はあるし、ここは法律が適用されない場所なのかなってぐらいゴミが落ちている。

 そしてただ抜いたり拾ったりしているだけで「偉いわねー」なんて言われてしまうからむず痒い、それを言ったらここに来ている自分たちだって同じなのにさ。


「真面目にやっているな」

「当たり前ですよ」


 ここまで来て適当になんかできない。

 そんなことをするぐらいならそもそも来ない方がマシだ。


「外だから敬語じゃなくていいぞ」

「……いちいち偉いとか言われたくないわ」

「いや偉いだろ、任意なのに来てくれてるんだからな」


 言うなっていま正に言っているのにこの……。

 むかついたから黙々とやっていたら「尻尾が太いな、はっはっは!」とかって真っ直ぐに煽ってきてくれた。

 怒りはときに物凄い集中に繋がるので助かった形になる。

 でも、次は絶対にしない。

 先生の笑顔がなんだ、どうでもいいだろ。


「早いな、もう終わりだってさ」

「は? まだ全然残っているじゃない」

「こんなもんだ、俺たちにできることはたかが知れてるんだよ」


 どうやらこれからまとめて機械でしてくれるらしい。

 それなら手でせっせと抜いていたのが馬鹿らしいじゃない。

 その馬鹿らしいことをして、偉いなんて言われて、当然嫌な気持ちにはならなくて、でも……なんか物凄く惨めな気持ちになった。


「帰る」

「あ、おい、お茶が貰えるぞ」

「こんなしかしてないのに貰えるわけないじゃない」


 先生もやったんだから代わりに貰ってと言ってその場をあとにした。

 無駄なプライドなのはわかっているが、水分補給をしながらでも、仮にゆっくりでもいいからすればいいだろうに。

 それかもしくは最初から機械を投入するとかさ、たった1時間ぐらいやって達成感を得て帰るのは違う。

 中には他が出ない中出てあげたという考え方をする人間もいるだろうけど、正直に言って誇れることじゃないぞこれ。


「待てってっ」

「なによ」

「浅野がなんと言おうとしたことは偉いことだ」

「それでいいから放っておいて」


 どうせあたしだってすぐに忘れる。

 脳がそうやって都合良くできているから大丈夫だ。


「というか、来てくれると思わなかった」

「あたしのイメージ悪すぎでしょ」

「どっちかと言うと、不真面目なタイプだと思っていたからな」


 そのはずなのに断れないこととかもあるんだよなあと。

 積極的に嫌われたいわけじゃないことはわかっている。

 それどころか好かれたいと考えているのか?


「今日はありがとう」

「先生こそあんまり無理しないようにね」


 いくらいいことをしてもほとんど変わらないから。

 ま、大人ならわかっているだろうからそれ以上は言わなかった。




 今日も大西は同性に囲まれていた。

 こうしていると放課後にああして話せている現実が嘘なんじゃないかって思えてくる、まるで妄想みたいなそんな感じで。

 そこまで大西が憧れの人だったり、話したい人というわけでもないが、こうして毎回自分との違いを見せつけられるのも複雑な話だ。

 見なきゃいいじゃんと言われても教室が賑やかな理由が彼女なんだから難しい、読書とか集中したいときには喋り声は気になるものだから。


「冷た……」


 この時期は他の場所で読もうとすると座った場所が冷たくて嫌だ。

 でも、静かに読めるのならすぐに体温で温まるからいいだろうか。


「おっす」

「わざわざ追ってきたの?」

「出ていくのが見えたからな」


 何気に大西のところにだけではなくこちらにも来てくれる橘。

 横に座って「本を読むの好きだな」と言ってきたが、時間つぶしのためだからなんとも言えない気持ちになった。


「大西ってすごいよな、あれだけ他人に求められていても嫌なところは一切見せないんだからさ、なかなかできることじゃないよな」


 本当に好きで他人といるのなら素晴らしいことだし、結構無理して付き合いを続けているというなら不器用としか言えない。

 こちらからいまでも言えることは、それでもいま橘が言ったように冷たい態度なんかを取らずにいられていることがすごいということだけ。

 ただ、もし無理をしていた場合には逆効果になりかねないからそんなことは言わないというすごい矛盾を抱えていた。


「それより大西のところにいなくていいの?」

「毎回毎回同じ人間に来られていたら困るだろ?」

「一切遠慮しない人間が多いから意味ないわよ」


 休み時間毎に他クラスから来る人間までいるんだから。

 それに比べたら橘は大西のことをよく考えて行動ができている。

 そういうのは言わなくても本人が気づくものだ。


「それに、ひとりで寂しそうにしていると気になってな」

「あんたは守谷先生に似ているわ」

「似てないだろ、あそこまで優しくはいられないからな」


 優しいという言葉を聞く度に苦しくなりそうだ。

 自由にできなくなるというか、狭まっていくというか。

 みんなの理想通りでいなければって疲れるかも。


「あたしなら大丈夫よ、心配してくれてありがとう」

「んー、本当は積極的にいきたいような感じがするんだよな」

「あたしだって人と話すのは好きよ」


 家族以外でなら大西といるのが1番落ち着く。

 ただ、それは大西に我慢をさせているということと同じだから、素直に喜べることではないわけだ。


「それに大西のところに行きたいのは浅野も同じだろ?」

「別にそこまで行きたいとは考えていないわ」


 たまたま食べる場所、いる場所が同じだったというだけ。

 気まずいから話しかけて、それからも利用場所が同じだったから段々と話せるようになったということになる。

 ただそれだけの関係、親しい人間ができればできるほど大西はあそこになんて来なくなるだろうし、いまの距離感が1番ではないだろうか。


「あ、ここにいたんですね」

「みんなはいいの?」

「少し静かな場所に行きたくてですね」


 大西が目の前に立つと圧がすごい。

 女子のくせに170後半とか育ちすぎだろう。

 本ばかり読んでいるくせにスタイルもいい、運動能力もいいとスペックも高い、学力は言わずもがなだ。


「珍しいですね、橘さんといるなんて」

「橘が律儀なだけよ」


 あたしの目的も静かな場所だっただけ。

 相手をしているのは敢えて拒む必要もないから。

 というか、できれば誰かと仲良くできていた方がいいし。


「そういえばどうして浅野さんが言ってくれたんですか?」

「ん? ああ、勇気が出ないって言ってきたからよ」


 本当に先生みたいな話し方をしておいて勇気が出ないとかおかしい。

 話し方を直した方がいいと思う、それだけで損していそうだ。

 実際は困っていそうな人を、寂しそうな人を放っておけない感じなんだからさ、いやこんなことは言わないけど。


「珍しいですね、あなたなら『ふーん、あっそ、で?」で終わらせると思っていました」

「ほんとあんたの中のあたしはどうなっているのよ……」


 仲がいいわけではないな。

 ま、先程も考えたことだが、この距離感で良かった。

 変に踏み込んだりするとおかしくなるし、ぎこちなくなるから。

 あたしたちは放課後にあそこで集まって本を読む仲ってだけ。

 あ、ちなみに雨の場合は放課後の教室で読む仲ってだけ。

 それ以上でもそれ以下でもない。


「戻るわ、あんたは橘と話していなさい」


 でもまあ、本を読むのならやはりあそこが最適だ。

 たまたま1年の冬、適当に歩いていて良かった。

 寒いことよりも静かな環境の方を欲していたから。

 そこで大西とも出会えたし、去年のあたしを褒めてやりたい。


「大西さんって優しいよね~」

「わかる、この前だって当然のように手伝ってくれたもん」


 いい点は本人がいないところで悪口~ではなく、こうして褒められているというところ。

 自分が褒められたわけじゃないのに何故か無性に嬉しかった。

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