02話.[新鮮なんだろう]

「ごめん、泊まらせてもらって」

「そういう約束でしたからね、それに月曜日から言ってくれていましたし大丈夫ですよ」


 大西は休日でも大西って感じだ。

 腰ぐらいまで伸ばした黒髪、なんか度がすごそうな眼鏡、大きめなシャツと長めのスカート、そして手には小難しそうな本。

 だからこそ安心できるのかもしれない。


「自分の家や部屋だと思って自由にしてくださいね」

「ありがとう」


 とはいえ、他人の家で自由奔放に振る舞える性格でもないと。

 こちらも同じく自由にしてくれていていいと言ってしまっているため、彼女はもう読書モードに入っているしぃ……。


「ちょっと外に出てくるわ」


 返事がなくても構わない。

 元々そういう契約だ、それにあたしたちは過度に馴れ合ったりはしない。

 彼女もまたそうしてくれているからこそ落ち着くのだ。


「どーしよ……」


 今日1日は少なくとも時間をつぶすしかない。

 問題なのはまだお昼にもなっていないということだろう。

 近くに公園があったからブランコに乗ってみた……が、


「いまさらブランコに乗るような歳じゃないわ……」


 惨めな気持ちになってきてすぐにやめた。

 ベンチに座ってぼうっとしても暇すぎてやばい。


「ちょっとあなた!」

「えっ、あ、あたしっ?」

「ここはわたしたちの場所なの、どいてくれない?」

「ごめん、どくからそれ以上怒らないでちょうだい」

「ふん、素直に言うことを聞くようだから許してあげるわ」


 え、この子小学生みたいな大きさなのになんか……いや、いいけど。

 怒られても面倒くさいから適当に歩き始めた。

 そうしたら学校に着いて周りをぐるっと歩いてたら、


「ん? 浅野か?」

「あ、守谷先生」


 先生と遭遇。

 実は先生を探すためにしていたからラッキーだ。

 先生と一緒なら私服で敷地内に入れる、これがあたしにとっての理想。


「部活動の顧問って大変じゃないですか?」

「うっ……」

「え?」

「いや、浅野が敬語を使ってくれているだけで泣きそうになってな」


 失礼な、年上にぐらい敬語は使える。


「それと顧問のことだけどな、正直に言えば大変だぞ」

「それならなんでしているんですか?」

「他の人が困っていたから、放っておけないんだよ」


 大西と同じタイプだ、損ばかりする人生なことは容易に想像できた。

 それで自分もマイナスな方へ引っ張られていたら意味がない。

 いや、この人たちなら上手くプラス側へ戻せるのか?

 あたしと違うしな、同列に扱うのは失礼だと改めた。


「それよりどうした? そんなに学校が好きだったか?」

「暇だっただけですよ」

「ま、どこに行くのだとしても気をつけろよ」

「ありがとうございます、失礼します」


 寧ろよくこちらに気づけたものだと思った。

 良くも悪くも存在感はちゃんとあるみたいだ。




 16時頃に家に帰ったら凄く怒られた。

 こんなに声を大きくしているところは初めて見たから驚いた。


「機嫌直しなさいよ……」

「知りません」


 ご飯抜きだとか言われそうだからパンでも買いに行こうとしたのに止められてしまう。


「なにしようとしているんですか?」

「菓子パンでも買いに行こうと思っただけ、長時間帰らないとかしない」

「それなら私も付いていきます」


 やれやれ、読書中に邪魔をするのは悪いから何度も声をかけなかっただけでこの信用度の下がり方だ、なかなかに面倒くさい生き物らしい。

 近くのスーパーに行くまでの間、特に会話という会話はなかった。

 特に長居するつもりもないから適当に選んで会計を済まして。

 帰りもまた同じようなもの、本当に監視するために来たんだな。


「……どこに行っていたんですか」

「公園、学校、ゲーセン、公園って感じかな」

「普通は一言説明してから行くはずですっ」

「外に出てくるわとあたしは言ったわ」

「え……き、聞こえていませんでした……」


 別に大西が悪いわけではないと言って歩くことに専念する。

 なんにも暇つぶしのための道具を持ってこなかったのが悪い。

 何度も言うが、だからって読書中に邪魔をするのは悪いから出たのだ。

 なんだろうか、他人の家が凄く息苦しかったから……かな。


「これ、食べていい?」

「あ、飲み物を用意しますねっ」


 あれま、余計なことを言ってしまったようだ。

 自分がなにも言わずに出ていったのが悪いということにしておけばよかったのだ、そうすれば大西が慌てる必要もなかったのに。


「ど、どうぞ」

「ありがと」


 んー、これだと居づらい。


「やっぱり帰るわ、あ、これはありがとね」

「か、帰るって家には……」

「ま、大丈夫よ」


 パンを食べて飲み物を飲んで、再度お礼を言ってから家から出た。

 今回のために小学生の頃に使った寝袋を持ってきていたのだ。

 これを使って自宅の敷地内で寝る、完璧な作戦だろう。


「大西は優しいわね」


 どういう意味でかは分からないが心配もしてくれて。

 怒ってくれるということは期待してくれているということだ。

 興味もなければあんな無駄なことはしない。

 そもそも家に泊めようともしてくれないだろうし。


「こーら」

「――っ、あ……」

「驚くぐらいなら外で寝ようとなんてしないの」


 まだ寝ようとなんてしていない。

 もう外は暗いがまだ17時ぐらいだから。


「なんでわかったのよ」

「朝美ちゃんから聞いた」


 連絡先を交換してんのかい……。

 こうなると外で寝るなんて馬鹿らしいから中に入った。

 結局、彼氏は15時ぐらいに帰ったらしい。

 本当に馬鹿なことをしたと思う。

 やはり連絡は大切ということがよくわかったのだった。




「……土曜日はすみませんでした」


 月曜日。

 もう放課後ではあるがずっとこの調子だった。

 耳と尻尾をしゅんとさせていてこっちが困ってしまう。

 だってこれでは苛めをしているみたいじゃないか。


「もういいって言っているじゃない」

「……私は怒鳴ってしまいました」

「あたしが悪いでいいのよ」


 自分がいい人間だなんて言うつもりもないし。

 はぁ……でも、こういうときは怒った方がいいんだっけ?


「ひゃっ、な、なんでいきなりっ」

「もう言うなっ、あんたは悪くないっ」

「わ、わかりましたから……い、痛いですっ」


 尻尾から手を離して読書に戻る。

 制服を着ていたくないのにここに残る理由はわからない。

 家に帰りたくないというわけでもないのになんでだろうかね。


「はぁ……千切れるかと思いました」


 あたしのイメージがそもそも悪かった。

 そんな乱暴を働くような人間だと思われているんだから。

 上手くいかないねえ、直そうとも考えていないけど。


「はぁ……はぁ……」

「え、あんたどうしたの?」

「よ、よくわからないんですけど……体が熱くなってきて」


 へえ、秋なのに人工暖房みたいでいいじゃないなんて言えない。

 これはもしかしなくても尻尾に触れたことによる弊害だろう。


「あ、浅野さん……」

「ちょ……」


 そんな必死に掴まれても困るんですが。

 息も乱れている、こちらを見るその顔は真っ赤で蕩けてもいた。

 いたのか、尻尾に触れられてこういう顔をしてしまう人間が。


「落ち着きなさい、大丈夫だから」

「……ちょっと失礼します」


 結構な力で抱きしめてきたがなにも言わなかった。

 こちらからはどこにも触れないようにして放置しておく。


「……ごめんなさい、ありがとうございました」

「うん」


 唐突だが彼女はあたしより20センチぐらい高い。

 その彼女がこちらに体重を預けてくると正直に言って怖い。

 押し潰されるのではないかという不安が先程まであった。


「ほ、本を読みましょうか」

「うん」


 ただ、そういうことをする人間じゃないってことはわかっている。

 先程の不安は本能的なものだったんだろう。


「うぅ……」


 彼女はいつまでも顔を真っ赤にさせていたままだった。

 ここで弄ったりする人間ではないから読書に集中しておく。

 土曜日のことは忘れてくれたみたいだから満足していた。




「浅野、ちょっといいか?」

「うん」


 珍しく呼び出された。

 話し合いに選ばれた場所はただの廊下。


「大西と友達になりたいんだが」

「それをそのまま伝えればいいじゃない」


 こんな喋り方をしているが同性なのだから。

 それに大西は拒んだりはしない。

 来る者拒まず去る物追わずでいるからね。


「て、手伝ってくれないか?」

「別にいいわよ、どう言えばいいの?」


 結局、そのまま伝えてほしいということだった。

 やはり自分を経由する理由がわからなかった。


「大西、あんたと友達になりたいという人を連れてきたわ」

「ありがとうございます」


 役目を終えても戻ったりはしない。

 最後まできちんとやらないと文句を言われる可能性があるから。

 が、恐らく彼女にとっては拍子抜けするぐらい簡単に友達になった。


「ありがとな」

「あたしはただ声をかけただけじゃない」

「いや、勇気が出なかったから助かった」


 本当にそういう喋り方をしていてどうしてなのだろうか。

 普通はもっと強引にいきそうなものよね?

 寧ろ相手の気持ちなんて考えないで振り回しそうだというのに。

 1度協力したからなのか、その日は大西に近づきたいという人間がたくさんやって来ては友達に変わっていった。

 大西の周りにはたくさん人がいても全員とはなってはいないらしい。

 いやでも逆に高校の生徒全員と仲良くなっていた方が怖いか。

 放課後までそんなことを繰り返していつものところに。


「あ、よう」

「え、なんで守谷先生が草むしりを?」

「なんか寂しいだろ? だからしておこうと思ってな」


 ……見ているだけだと文句を言われそうで嫌だからしょうがない。


「手伝います」

「まじかよ……浅野がなあ」

「いいからやりましょう」


 手伝いはしないと決めていたのにすぐにこれ。

 でも、時間つぶしにはなるからしょうがない。

 時間つぶしに繋がるのならなんでもする、あたしはそういう人間だ。


「かったっ」

「ははっ、だろ! でもな、上手く抜けるとめっちゃ気持ちいいんだ!」


 はぁ、なにをやってんだろうな。

 こんなところの草を抜いたところで誰かが喜ぶというわけでもない。


「あっ……」

「気をつけろよ」

「くっそ、全部抜いてやるからなあ!」


 尻もちなんかつかせやがって、覚悟しろよ雑草ども!


「浅野が手伝ってくれたおかげで早く終わったよ、ありがとな」

「暇つぶしのためですから、それより部活動はいいんですか?」

「やっべ! あ、道具は後で俺が片付けておくから早く帰れよ!」


 忙しい人だ。

 忙しいのにああいうことをしちゃうから好かれるんだろうけど。

 自分がやったなんて言ったりもしない。


「帰ろ」


 その前に気持ちが悪いから道具は片付けておいた。

 中途半端が地味に嫌いだったからしょうがないと片付けて。

 ……あまりの寒さに走って帰ることにした。




「浅野には姉がいるのか?」

「まあね、19歳の姉がいるわ」


 この前大西と友達になった橘と会話をしていた。

 どうやら彼女には小学生の妹がいるみたいだ。


「いいな、姉がいるって」

「そう?」

「おう、自分が姉だと見ておいてやらないといけないからさ」


 確かに小学生は見ておかなければならないから大変かも。

 もしあたしが姉の立場なら可愛げのない妹に優しくしなければならないのか……かなり嫌だなそれは、いやまあ自分のことだけども。


「それに、遊べなくなるんだ」

「そうなのね」

「でも、好きだから難しくてな」


 自分の自由を捨てて小さい子の相手をしなければならないか。

 時間をつぶすにはもってこいかもしれないが、あくまで自由に時間を使ってつぶすからこそいいと思うわけで、そういう強制力があったら毎日が窮屈そうねと想像しただけで微妙な気分になった。


「こんなことをあたしが言うのは違うかもしれないけど、きっとあんたの妹はあんたに感謝しているわよ、ちゃんと好きでいてくれていると思うわ」

「ありがとう、そうだといいな」


 悩んでいなければこんなことを口にしない。

 本当に自分のことだけしか考えていない人間であれば迷わずに自分の自由を選ぶことだろう、正にあたしみたいにね。

 上がなんでもかんでも我慢すればいいというわけではないわけだが、でも、どうしたってそういう風に動かされるようになるから難しそうだ。

 それでもこう言えた橘は立派にお姉ちゃんというやつをしていることになるわけで、あたしからしても素晴らしいと思えた。


「それより大西のところに行かなくてもいいの?」

「人の群れというやつは得意ではなくてな」

「わかるわ、大西の周りにはたくさんいるし」


 まともに喋れるのは放課後ぐらいなものだ。

 あたしはそれで不満はないが、橘にとっては違うかもしれない。

 けれど頼まれてもいないことをしたりするつもりもない。

 仮に無理やり大西を連れてきてもいいことに繋がるとは限らないし。


「読書中以外なら無視するようなことはしないわ」

「わかった、今度自分から声をかけてみる」


 本当になにをしているんだか。

 そういうのって自分で悩んで、自分で行動するものだろうに。

 なのに余計なお節介をして変なことを言って。

 はぁ……できる限りこういうことはしないようにしよう。


「そういえば昼休みはどこに行っているんだ?」

「適当な場所でお弁当を食べているわ」


 なんて、食べるのはいつもあの場所だが。

 誰も来ないとはわかっていてもあんまり知られたくなかった。

 ま、敷地内だから無駄な努力と言われればそれまでで。


「そろそろ寒くなるから教室内で食べればいい」

「そうね」

「あ、耳に触れてみてもいいか?」


 耳なら特に違和感もないから触れさせておく。

 そういう橘は生えていないから新鮮なんだろう。


「すごいな、自分に生えていなくて良かったと思うぞ」

「なんで?」

「自分には似合わないからな」


 そんなことを言ったらあたしだってそうだ。

 そういえば大西はどう思っているのだろう。

 仮に尻尾だけでなく耳まであの敏感さだったら?

 もしそうなら普通に過ごすのが大変そうだと内で呟く。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 聞くのはやめておこう。

 またぎこちなくなるのはごめんだから。

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