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Rinora

01話.[どちらにしても]

「あ゛~……美心みこちゃん可愛すぎ~」


 唐突に入ってきた女の人に自由にされていた。

 本を読んでいた私としてはかなり怖い光景だった。


「あ、ごめんね、急に入ってきたりして」

「え、あ、いえ……」


 一応、申し訳ないという気持ちはあるみたいだ。

 もっと見た目が凶悪だったら賊だと思ったかもしれない。

 で、とりあえず謝っただけで出ていくつもりはないようだ。


「って、早く出ていきなさいよ」

「あれ!? 急に敬語じゃなくなっちゃった!?」


 この人は姉の友達だからこれぐらいの対応でいい。


「だ、だってさ~、美心ちゃんの耳はふさふさで可愛いから~」

「あんたにだって生えているじゃない、耳」

「私のはふさふさじゃないもん!」


 なにを怒られているのかよくわからない。

 ちなみにこれ、全員に生えているわけじゃない。

 違いはよくわからない、ただ生えていない人間もいるというだけ。

 あと、この状態を好まない人間もいるみたいだ。

 同学年であっても生えているのとそうじゃないのがいるからコスプレしているみたいで恥ずかしいという感情かららしい。

 でも、大抵の人間はそういうものだと割り切っている。

 生えていない方は余程年寄りとかでもない限り、羨ましいと言う。

 これはあれだ、巨乳な人間に「でかくてもいいことあんまりないよ?」と言われて羨ましくなる貧乳の気持ちに似ているだろうか。

 あたし個人的には耳も尻尾も生えていて良かったと思っていた。

 それだけでいまの感情が伝わるからだ。

 イライラしているときに「大丈夫?」なんて言われたら殺意が湧く。

 その点、尻尾があれば勝手に太くなるからわかりやすかった。

 問題があるとすれば、その尻尾だけ生えていない人間がいることか?

 

「それに美心ちゃんには尻尾もあるからさ!」

「あっても自分でコントロールできるわけじゃないけどね」


 しかも触れられるとゾワッとする。

 ゾクゾクではなく不快感しか得られない。

 中には不快どころか気持ち良くなりすぎてどうしようもなくなる人間がいるみたいだが、そんなAV限定みたいな話をされても困るのだ。

 つまりこの目で見られない限りは信じられないというやつだった。


「てか、だからなんでこっちにいんの?」

「それはあれだよ、美心ちゃんの耳に触れていると気持ちい――」


 無理やり追い出して読書を再開する。

 入られないように鍵を閉めたから問題はない。


「てか、もう22時なのになにをやっているんだか」


 あ、22時だからかと割とすぐにわかった。

 姉は早寝早起きタイプだからもう寝ていて暇なんだ。

 追い出したの少し可哀相だったかなと考えつつも、読書を続けた。




 10月はなんとも言えない気温が続く。

 ただまあ、少し前までかなり暑かったので助かっているぐらい。

 今日の予定は授業を受けて帰る、ただそれだけだ。

 

「おはようございます」

「おはよー」


 何故か敬語をやめない大西朝美あさみと教室へ向かう。

 話すようになったのは1年の冬からだからほぼ1年が経過しようとしているのにこの調子だ、だからもうこういう人間だって割り切っていた。


「今日は2時間目に体育があります、体操服は持ってきましたか?」

「持ってきてる、あんたはあたしのおかんか」

「あなたはよく忘れ物をするからです」


 余計なお世話、それに1ヶ月に3度ぐらいしか忘れない。

 そもそも真面目すぎてどうして一緒にいるのかわからないくらいだ。

 ただたまたま利用した場所に彼女もいて、気まずいから話しかけたというだけに過ぎないというのにね。

 どうやら大西はこちらのことを知っていたらしく、いきなり「気をつけた方がいいですよ」なんて言われたっけ。

 苛つかなかったのは尻尾があったおかげだ、警戒しているというか緊張しているのがわかったから。


「浅野さん、今日も1日よろしくお願いします」

「律儀すぎ、次も同じようにするなら耳を掴むわよ」

「構いませんが」


 はぁ……冗談もわかってくれない。

 なんでもかんでもその通りに受け取って無表情で返してくる大西。

 本当になんで一緒にいるんだろう、それだけが不思議だ。

 でも、大西のやつは意外と人気者だった。

 嘘をついたりはしないから一緒にいて安心するんだろう。

 あと、無表情なくせに尻尾があるせいで感情がばればれというのも大きいかもしれない、人と会話しているときは物凄く揺れてるんだ。

 つまり喜んでいるということ、そのギャップに可愛いと言う人間は少なくないというわけで。


「浅野さんも挨拶をしましょう」

「あたしが急にしたら驚くわよ」


 協調性がないとかって言われているんだから。

 あたしは良くも悪くも我慢をするのが苦手でなんでも言ってしまう。

 正論もただのわがままも、なんでもかんでも真っ直ぐにぶつけてはならないというときもあるのだ。

 が、直す気が自分の中に一切ないからそのまま放置している形になる。

 それをいつも大西は呆れた声音で指摘してくるが、あたしなりの生き方なんだからいまさら修正は無理だと言うまでがワンセット。

 半ば意固地になっているのもあると思う、誰かに指摘されて変えるのはださいというチンケなプライドもあるかもしれない。

 けどもしあたしが素直になれたら、相手がわざわざ指摘してくれた点を直そうとすることができる人間だったのなら。

 そうしたらまた違った学生生活を送れただろうかと考える自分もいた。




 体育の時間は走らされていた。

 だというのに何故かみんなはやる気をみせていて、どんどんとたらたら走る自分を抜き去っていく。

 勉強しか得意じゃなさそうな大西でさえそうだった。


「浅野ー! ちゃんと走れー!」

「へーい……」


 なんで高校の周りを走らなければならないのか。

 ランニングなんてやりたい人間にだけさせておけばいい。

 別にこれが受験に役立つわけでも、就活に役立つわけでもないのに。

 それなのに無慈悲に勝手に数字をつけられる、上限10の中でね。


「浅野さん、真面目にやりましょう」

「いや、これがあたしの真面目だから」


 冗談抜きで走るのは苦手だった。

 フォームがださいというのもあるし、どれだけ真面目にやっても遅すぎて先に終わった人間に笑われて。

 必死にやればやるほど醜くなる、だから余計に笑われる。

 そんな中で頑張れる人間がいたらそいつは本当にすごいと思う。

 大抵の人間は真剣にやって笑われたら気持ちが折れる。

 そんなのあたしだけだと言われたらどうしようもないが、世の中にはこういう弱い人間がいることもわかっておいた方がいい。

 で、こういう人間に出会ったときの対処法は、諦めることだ。

 見て見ぬ振りをして合わせようとしない、無理やり自分の考えを押し付けようとしないこと、無駄だって最初から気づくことだ。


「早く行きなよ」

「あなたがやる気を出すまで行けません」


 中にはこういう人間もいてくれる。

 だが、大抵は最初だけだ、次第に現実を知り離れていく。

 別にそれに絶望して他人なんて信じないとしているわけではない。

 他人のペースに合わせるのって凄く疲れるのだ。

 それが走る速度でも、人生の歩み方の速さでも。


「後であのチョコレートあげるから行きなさい」

「……わかりました」


 大西はあるメーカーのチョコレートが好きだった。

 だからこういうときはちらつかせておけば言うことを聞く。

 もちろん約束だから後でちゃんとあげるつもりだ。


「おい浅野、ちゃんと走れ」

「え……なんで来ているのよ」

「なんでって教師だからな、ちゃんとさせなければならないだろ?」


 違う違う、反応してもらいたくて言ったわけじゃない。

 なんでも正論を言えばいいわけじゃないとよくわかった日だった。




 餌付けタイムが始まる。

 耳も尻尾も生えているから間違っているとも言えない。


「ほら、食べなさい」

「い、意地悪をしないでください」


 別に遊ぶつもりもないから渡して読書を始めた。

 本を読んでいるのは単純に暇つぶしのためだ。

 それがどんな内容のものであろうと関係ない、時間をつぶせるのであればどんなに難しいかったい内容のものだろうが読む。

 そもそも本を読んでいて面白いとか悲しいとか感じたことがない。

 暇つぶしのためにしているからというのもあるだろうが、そういうのを感じ取ろうとしてもただの文字列にしか感じなかった。


「大西は本を読むの好きよね?」

「え? あ、そうですね、どんな内容のものでも読みますよ」

「そうじゃなければわざわざ外にまで本を持ってこないわよね」


 帰ればいいのに帰らないで残っている。

 ぼうっとするのも良し、本を読んで時間をつぶすのも良しだ。

 放課後の過ごし方に文句を言ってくるような人間はいない。

 いるとすればそれは面倒くさい正義マンか、面倒くさい教師だけ。


「浅野が読書なんておかしいな」

「はぁ……先生ってあたしのこと好きよね」

「問題児は浅野ぐらいだけだからな」


 実際、そうらしい。

 あたし自身も他の人間が真面目にやっていることはわかるため特に言わない、そりゃいつでも完璧にとまではいかないが。


「敬語を使えないのは浅野だけだ」

「それはあたしが先生のことを信用しているからよ」

「信用してくれているのなら敬語を使ってほしいけどな……」


 舐めている……のもあるかもしれない。

 守谷先生はあたしたちの担任で優しくしてくれるから。

 多少面倒くさいときもあるが、基本的に言っていることは正しいから。


「わかりましたよ、敬語を使うので説教は勘弁してください」

「別に説教なんてするつもりなかったけどな」

「それじゃあなんでここに来たんですか?」


 たまたまレベルじゃないとこんなところで遭遇しない。


「実はな、俺も学生時代にここで過ごしてたんだ」

「え、こんな一見寂しいところでですか?」


 目の前には草が伸び放題の畑、左右には真っ白い壁。

 こんなところで過ごしたいと考える人間はほとんどいない。

 何故なら他人との繋がりを優先するのが人間という生き物だから。


「残念ながら友達がいなくてな」

「意外ですね、寧ろ中心でうるさくしてそうなのに」

「余計なお世話だ、だから浅野が大西といると安心するよ」


 先生は「これからも仲良くしろよ」と残して戻っていった。


「あたしが大西といると安心する、だって」

「私は浅野さんの側にいると安心します、基本的に適当ですからね」

「余計なお世話」


 別に来てくれる人間を拒んだりはしない。

 仮に大西がどこかに行ってしまっても追うつもりもなかったが。




「もー、また脱ぎ散らかしてー」

「後でまとめて戻すから置いておいて」


 学校は制服を着なきゃいけないというのが最高に面倒くさい。

 最低限の服であれば私服登校を許可しろといつも思っている。

 そういうのもあって結構嫌悪感というのがあって。

 だから家に帰ったら適当にすぐ脱ぐというのが常のことだった。


「ご飯はどれぐらい?」

「結構多くで」

「わかった」


 食欲の秋とも言うしたくさん食べておかないと。

 それで冬になったら蓄えの時期だからもっと食べる。


「食べよ」

「うん」


 姉の家に住んでいるから基本的にふたりだけ。

 母や父と会えなくて寂しいと感じる心は自分にもあるのが意外だった。


「美味しい」

「ほんと? ありがとう」

「彼氏を連れてきたらいいのに」

「そ、それとこれとは別だよ、恥ずかしいから……」


 そうなったら外で時間をつぶしてあげるというのに。

 これでも姉には感謝している、それぐらいだったらいくらでもする。

 しかもいつまでも恥ずかしがったところでしょうがないのだ。

 好きな人間なんだからいくらでも招けばいい。

 もしテンションが上がって仮に性行為をしようが姉の家なんだから自由だ、文句は言わないから好きにしてくれれば良かった。


「いいから連れてきなよ」

「でもなあ……」

「別にいいじゃない、相手が高校生だろうが」

「私はもう19歳だからね……」


 それでも好きになって要求を受け入れたんだから。

 お互いが好き同士なら年齢なんて関係ないと考えている。


「そのときは遠慮なく言って、ふたりきりにしてあげるから」

「そうしたら美心はどうするの?」

「友達の家に泊まるから大丈夫」


 すぐにくるかもしれないからいまから確認を取っておこう。

 いざそうなったときに「え、嫌ですけど」なんて言われたら詰む。


「あ、大西? いま大丈夫?」

「は、はい、大丈夫です」


 ん? 少し慌てているようだけどまあいいか。

 もしそうなったら泊まらせてと説明しておいた。


「わかりました、そのために敷布団を買っておきますね」

「いやいやいや、そこまでしなくていいわよ」


 もっと適当でいてくれればいいのにと思う。

 こちらが頼んでいる側なのだから気にする必要はない。

 それどころか見返りを要求してきてもいいと言うのに……。


「え、だって床に寝かせられるわけがないじゃないですか」

「床さえ提供してくれればいいから、ブランケットとか持って行くからあんたは心配しないでいいわ」

「そういうわけには……」

「とにかくそういうことだから、いつかよろしくね」


 電話を切って少しは姉の手伝いをする。


「別に大丈夫だよ?」

「少しはやらせてよ、いつも感謝しているんだから」

「それなら先にお風呂に入ってきて」

「意味ないでしょ、寧ろ先に入ってきなさい」

「はーい……」


 丁寧にやらないと結局姉がすることになるからしっかりとした。

 脱ぎ散らかしていることには文句を言うのに、手伝おうとするとしなくていいと言うのはどういう心理なんだろうか。


「ただいま」

「早いわね」

「だって不安だから、美心は適当にやりそうだしさ」

「ちゃんとやっ――」

「あ、ほら、ここにまだ残ってるでしょ!」


 家事を手伝った際に言われたくない言葉はこういうのだ。

 相手のためを思ってやったのに全否定された気持ちになる。

 だから大抵の人間はやろうとは思わなくなる、少なくとも自分はそう。


「お風呂に入ってくる」

「行ってらっしゃい」


 もう手伝うのはやめようと決めた。

 意思が弱いと言うよりも、逆に手間を増やすだけだから。


「所詮、あたしが真面目にやってもこの程度ってことよね」


 他人からしたらやる気がないようにしか見えない。

 そして全て他人からの評価によって変わる人生だ。

 頑張っても簡単に否定されるのはなんかむかつく。

 じゃ、無理して集団に加わろうとするのは馬鹿らしい。

 真面目にやっても適当にやっても変わらないなら楽がしたい。

 面倒くさいことはごめんだった、誰だってそれは同じだろうし。


「長く入りすぎ、心配になるでしょー」

「もう出るわ」


 ま、お世話になっている姉にぐらいはなるべく迷惑をかけないようにするつもりだった。

 一応気をつけるということ以外、できないと言うのが正しいか。


「……実はさ、今度の土曜日に来てくれることになったんだ」

「あ、それなら友達に頼んで土曜日は家から出るわ」

「別にそこまでしなくても……」

「せっかく来てくれるんだからふたりで楽しみなさい」


 姉は良くても彼氏が気にするだろう。

 どちらにしても一緒にご飯を食べるなんて無理だし、邪魔したくないということで部屋にこもるぐらいしかできないんだから変わらない。

 協調性はなくても多少ぐらいは考えて動く。

 どれだけ言われようと土曜日に家にいようとは思えなかった。

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