三章
対象の望みだから、僕はあれから楽しいことは何か真剣に考えた。いや、きっとそれだけではないと僕もなんとなくわかってきている。
死神として仕事をしっかりできるようになってからは何かを楽しく思うことはなくなった。
死を告げる者が、一時の感情に流されしまい相手に振り回されて、なすべきことができなくなるのは絶対にあってはいけないことだから。もちろん、私生活でも僕は常に自分に厳しくするようにしていた。
そして、これは僕の楽しいことではなく、『二人での楽しいこと』だということが余計に僕の頭を悩ませた。
正直今まで対象である人間の気持ちを考えてこなかった。
仕事が滞りなくいくように情報はしっかり頭にいれるけど、最期を告げる時でさえ僕は淡々と伝えるだけだった。
そのやり方にこれまで疑問をもつことはなかったけど、今はそれで本当によかったのだろうかと思うようになった。
過去のことはもう変えられないから後悔しても意味がないのはわかっている。でも、こんな風に考えるきっかけをくれたのが彼であることは間違いがない。
また、仕事上基本一人行動なので、死神同士の交流はほぼないと言っても過言ではない。
だから、他の死神がどのように人間と接しているかを僕は知らない。
そんなことよりも、頑固者の僕の考え方をこんなにもどんどん変えていく彼は一体何者だろう。
彼のことをもっと知りたいと僕は自然と思うようになっていた。
僕はどうしてこんなにも彼のことばかり考えしまうのだろうか。
僕はあれから何度も考え、やっと一つのアイデアが浮かんだ。
それは彼の情報を再びタブレット端末を見ていて浮かんだ。
「ねぇ、あなたと一緒に楽しめることを考えたよ」
僕は、彼に話しかけた。
彼は水色のグラデーションの服を着ていて、かわいらしいなと思った。
あれ? かわいらしいと今僕は同性である彼に対して思った??
なんだか不思議な感覚がすぐに僕の胸にやってきた。
「わぁ、本当に考えてくれたの!? ありがとー」
その感覚を心の中で消化する前に、彼は突然抱きついてきた。
その時、彼の心臓の音が聞こえた気がした。
彼は今胸が高まっている?
えっ、それは何に対してだろう。
どうしていいかわからず、僕はつい彼の手を振りほどいてしまった。
「うん。もしかしてそもそもあれって本気じゃなかった?」
僕は真剣に考えたのに、適当に言ったことならそれは悲しいなと感じた。
「そんなことないよ。してくれたら嬉しいなあと思いながら、さすがに都合がよすぎるかなとも考えていたから。本当にしてくれて嬉しくて……」
彼の顔はふにゃっとなった。
今わかることは、僕はやっぱり彼の笑顔に弱いらしいということだ。
何だか硬い凝りのようなものがほぐされているかのような感じになる。凝りがなくなると同様に、僕も悪くはないと感じている。
「でも、その前に、『あなた』って呼び方が嫌だー」
彼は甘えた声で、ぷいっと顔を振って言った。
「えっ!?」
また心臓がビクッとする。
彼はいつも僕を驚かす。
だってこんな姿が似合う人は、現実になかなかいないから。
もはや彼は僕を驚かすためにわざと言っているのだろうかと思えてきた。
でも、それをする意味が彼にはないのではないだろうか。
別れが決まっている相手と特別仲良くなる必要はないだろうから。
「もっと気軽に『朝陽』って呼んでよー」
「うん、わかった。今後そうするよ」
彼の顔を見ると、また満面の笑みをしていた。
呼び方一つで何が変わるというのだろうか。
僕にはその意味がわからなかった。彼と出会ってからわからないことばかりだ。
でも不思議とそんな今が嫌だと思ったことは一度もない。
「それで、考えてくれたことは何?」
彼はさすがにまた抱きついてはこなかったけど、わかりやすく身を乗り出して聞いてきた。
「えーっと、僕は死神だから瞬間移動ができる」
「おぉー、すごい」
たどたどしい僕とは対象的に、彼は僕の言葉に反応してくれる。
単純かもしれないけど、素直に嬉しかった。
死神なんて人間からしたら嫌われる存在でしかないと思っていたから。自分の存在を否定するには十分すぎる要素だ。
「そして、僕はたまたまだけどきれいな景色を見るのが好きなのだ。朝陽も同じかはわからないけど、もしよかったらその力でいろいろなところのきれいな景色を見に行かない?」
彼の情報の好きなことの欄に「旅行」とあった。
ずるいやり方だとわかっているけど、少しでも彼に楽しんでほしいと本気で思った。僕が相手のことを考えるなんて、自分でも信じられない。
「それ、すごくいいよ!! ねえねえ、今すぐ行こうよ」
「うっ、うん。気に入ってもらえたならよかった。わかったよ。今からでもいけるから、そんなはしゃがないでよ」
僕は、この瞬間楽しいと久々に感じたのだった。
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