二章 

 次の日のことだ。

「死神ちゃんに質問があるのだけどいい?」

 彼の部屋にいる時、突然そう聞かれた。

 部屋にはかわいいぬいぐるみがたくさんあった。そのぬいぐるみの名前は一つとして知らないけどかわいいかもと少しだけ僕も思った。

 しかし、未だに『死神ちゃん』という呼ばれ方には慣れない。

 死神とは、完璧で厳格でなければいけないのにそう呼ばれるとその感じが減ってしまう気がするから。

「なんですか?」

「死神ちゃんは、僕が死ぬまでずっとそばにいてくれるの?」

「はい。そういう規則となっています。死ぬ日まであと何日あるかは答えられませんが、あなたの命が確実に尽きたのを確認するまでずっと近くにいます。他の人には僕は見えないようにしていますから」

 これまで周りの目を気にする人間はたくさんいた。

 よく知りもしない子にずっと近くにいられるのを、他の人に見られるのは嫌だろう。人間は世間体を過度に気にする生き物だからそう思うのは当たり前といえば当たり前なことだ。

 でも、彼もそうなのかと思った。

 ちょっと変わっているといっても、やっぱり彼も他の人間と同じだったようだ。

「そっか。僕はもう何をしても死ぬのでしょ? それなら、それまで二人で楽しいことしようよ」

「たっ、楽しいことですか?」

 彼からまた変な言葉が出てきた。

 楽しいこと?

 彼は今後自分がどうなるのか本当に理解しているのだろうか。

 死ぬことが、いや自分の意志に反した死に普通は恐れを抱く。

 僕からしたらその後すぐ生まれ変わるのだから死なんて一つの出来事でしかない。

「そうそう。それよりもそろそろその丁寧な口調もやめてほしいなあー」

 彼は正直距離感が近いし馴れ馴れしいのに、全然嫌な感じがしない。

 こんな風に話す死神や人間に僕は出会ったことがない。

 顔には出さないようにしているけど、どう接していいかわからなくて正直困っていた。

「話し方を変えることは、規則違反になりませんね」

「じゃあ、タメ口でよろしく」 

 彼は、急に子どものように喜んだ。

 彼の感情が見えない。

 今まで対象となった人間の思うことは、わかってきた。そんなにパターンも多くない。死を告げられた人からは悲しみや絶望感がひしひしと伝わってくるだけだから。

 彼は今何を思っているのだろう。

 彼といる時の僕は、なんだか普段なら考えなくていいことを考えてばかりだ。

「うっ、うん。話を戻すけど、楽しいことを二人でするの?」

「そうそう。楽しめそうなことを考えて」

「意図はわからないけど、これから死ぬ人間の望みはできるだけは叶えることになっているからいいよ」

 規則にはないけど、思い残すことが少ない方がいいだろうと多くの死神もそうできるように努力をする。

 僕もそんな暗黙のルールを守っているけど、実は違和感があった。死に美しいも美しくないもないと僕は考えているから。その考え方には、本人ではない第三者の願望が入っている気がする。

 世の中には、おかしなことがありすぎる。正しいことだけで世の中はできていないと僕も知ってはいる。

 でも、それは正させることなく、どんどん増え続けていき足元にまとわりついてくる。

 そんな事をふと考えていると、そんな矛盾を彼からは全く感じないと僕は気づいた。

 まるで世の中の汚いところを知らないかのように、彼は真っすぐで純粋だ。

 僕はそんな彼を心からすごいと思った。

「ありがとう、死神ちゃん。死神ちゃんは優しいね」

 僕は目をパッと見開いた。 

「優しいなんて、初めて言われたよ」

「えー、みんな死神ちゃんの魅力に気づいてなさすぎだよ」

「僕は別に普通だよ」

 謙遜でもなかった。自分に魅力があるなんて今まで一度も思ったことがなかった。

「普通や当たり前なんてないのだよ。誰にでもすごいところは必ずあるのだから」

 彼の言葉はキラキラしている。

 でもなぜそんな風に思ってくれるのだろうか。

「ところで、どう楽しませたらいい?」

「ふふ、それは死神ちゃんが考えてよ。明日までの宿題ね」

 彼はそういたずらっぽく笑った。

 僕は彼を観察していてわかったことが少しだけある。彼は本当にいろいろな笑い方をする。

 そして、いつの間にか他にはどんな笑い方があるのかなと楽しみに僕は思うようになっていた。

 


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