死神と過ち

桃口 優/ハッピーエンドを超える作家

一章 

 いつから何も感じなくなったのだろう。もうそれすら思い出せない。

 太陽は、地面をきらきらと照らしている。

 僕はそんな太陽に一切目を向けることもなく、仕事をし始めることにした。

 片桐 朝陽。

 二十歳、男性、身長は175cm。今は大学生で成績もよい。性格も良い。さらには誰に対しても優しい。

 資料には文章だけでなく、写真もついてある。勉強はよくできるようだが、残念ながら写真からはそんな風にあまり見えない。つまり、どこか抜けているような感が顔からにじみでている。

 そんなところが他の人にとって魅力的要素でもあるのだろう。つくづく人間は変わっているなと思う。少し抜けている感じが好まれるなんて僕からしたら不思議でしかない。

 僕はタブレット端末で、次の『対象』の情報を見ながら、頭に入れていた。

 正直この人がどんな人であろうと僕にはどうでもいい。

 僕は今までたくさんの人に、最期を告げてきた。でも、それが僕の仕事だからそこに特別な感情を抱くことはない。

 僕はいつものようにその人がいるところにゆっくりと向かった。

 そこは静かで花や緑あふれるところだった。

 きっとどこか地方の県だろう。

 一瞬太陽を見上げようと思ったけどやめた。

 そんなことになんの意味もないから。

「片桐 朝陽さんですね?」

 僕は顔を見るなり、すぐに話しかけた。

 相手が振り向くと、僕のより明るい茶色系の髪が妙に印象に残った。

「はい、そうですが。以前どこかでお会いしましたか?」

 その人は無視をせず、僕の顔をまっすぐ見て、すぐに返事してくれた。

 声にまで優しさがこもっている。

「いいえ、初めて会います。端的に言います。僕は死神です」

「死神? そんな格好しているのに本当ですか??」

 彼がそういうのもおかしいことではないと思う。僕の見た目や服装はあまりにも人間から見たら死神らしくないから。

 僕は、人間でいうところの高校生ぐらいの見た目だ。オーバーサイズの白いパーカーに身を包み、グレーの楽な綿パンを履いている。手には、タブレット端末を持っている。

 死神は全身真っ黒で、顔はどこか年老いていて、さらには鎌を持っているなんて人間の勝手な思い込みでしかない。でも、わざわざそれを訂正するのもめんどうくさいことだからあえて深くは説明しないようにしている。

 今までこう言って、すぐに信じた人間は一人もいない。別にすぐに信じられる必要性を僕は感じていない。どうせのちのち嫌という程わかることとなるのだから。

 でも、彼の言葉は、僕を傷つける鋭さはどこにもなかった。他の人間は、バカにした感じをあからさまに出してきた。

「僕がどんな姿でもいいじゃないですか」

 きっと彼がそんな態度だからだろう。僕はついむきになってしまった。

 『どんな時もいつも冷静に』をモットーにしている僕にとって、こんなの全然僕らしくない。

「ふふ、確かにそうですね。てか、かわいい」

「あなたが死ぬことを告げにきました」

 最後の方の言葉が、僕のどこかに引っかかってきたけど、僕は仕事を続けることにした。

「えっ!? そうなの?」

 彼は驚いていた。

 この表情は何度も見てきた。

 突然自分が死ぬと言われて驚かない人間なんていない。皆同じ反応だ。

 僕がゆっくりと次の言葉を言おうとした時だった。

 彼は僕の肩を突然両手で揺さぶった。

「名前は聞いてないから『死神ちゃん』でいいかな。死神ちゃんはそんな辛いことをどうして言わなきゃいけないの?」

 辛いこと?

 自分が死ぬという絶望的な状況より、まさか僕のことで何か心配をしてくれているだろうか?

 そんな人間は今まで一人もいなかった。

「えっ、辛いことってどういうことですか?」

 彼の思考は理解できないけど、とりあえず順序立てて聞いてみることにした。

「だってそうでしょ。死神ちゃんは人間に『あなたはもうすぐ死にます』って言うのが主な仕事なわけだよね?」

「まあそうですが」

「それって、すごくその人間から悪い印象をもたれない? 明らかに損な役回りだよ。それに死神ちゃんのせいで死ぬわけじゃなくてその人の運命がそうなっているのに、『お前のせいで俺は死ぬのだよ』とか見当違いな黒い感情をぶつけられたりするでしょ?」

 彼ははっきりとそう言った。

「まあよくありますね」

 そんな感情に左右されるようでは『死神』という仕事は務まらない。そもそも僕はそんなこと全然気にもならない。

「そんなじゃ、死神ちゃんの心が辛いよ」

 彼は初対面なのに、なぜか終始僕の話ばかりする。

 そんなことをする気持ちが僕にはわからなかった。

「僕のことは気にしないでいいです。とにかく、あなたはもうすぐ死ぬと確かに告げましたからね」

「うん、わかったよ。辛い言葉、言わせてごめんね」

 彼は何も悪くないのに何で謝るのだろうと僕は思ったのだった。

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