第2話 清楚、と風呂に入る!

 放課後、校門を出るコウの背中に呼び掛ける声があった。

「あのっ!」

 振り向くと、そこにいたのはエイルだった。

「ありがとうございました! さっき言いそびれてしまって」

「気にしなくても大丈夫」

「いえ、わたしの問題だったし、あれはわたしが臆病なのが悪かったから……やっぱりごめんなさいでした!」

 エイルが頭を下げる。

 コウはエイルへ歩み寄る。

「あれはわたしが勝手にやったこと。それに、臆病なのは悪くない。でもそれをあなたが悪いと思うなら、これからどうするかが大事だと思う」

 エイルは顔を上げ、前髪の隙間からコウの笑みをまじまじと見つめた。


「あの……一緒に帰っても、いいですか?」

「うん、いいよ。一緒に帰ろう」

 コウが歩きだし、エイルも並ぶ。


「コウさんもう転校してきてたんですね」

「うん。生徒数が多いから気づかないよね」

「わたし文化祭でコウさんを見てから忘れられなかったんです」

「わたしもよく覚えてる。あの時はありがとう」

 コウはエイルに微笑みかける。

「……コウさんって、綺麗ですよね」

「どうしたの、突然」

「わたし、地味だから。臆病なのは治らなくても、コウさんみたいになれたらいいな……なんて、思うんです」

 コウは人差し指を口元に当てて考える。

「エイルさんにはエイルさんの魅力があると思う」

「わたしの……?」

「そう。すぐに思いつかなくても、きっとあるはず。エイルさんはお化粧する?」

「お、お化粧はしたことないです。きっと似合わないから」

 両手を頬に当てるエイル。それを見て微笑むコウ。

 エイルを見れば答えのわかる質問だが、コウには考えがあった。

「お化粧ってどんなものがあると思う?」

「え?……白粉おしろいと眉墨と口紅と――」

「ストップストップ。その情報はどこで」

「教科書です。あ、資料集だったかも」

「わかった。まずはちゃんとした情報が必要だから、うちに来ない?」

「え、いいんですか」


 *


 コウはエイルを自分の部屋に招いた。

「お邪魔します。コウさんがご近所さんだったなんて驚きです」

「お父さんの転勤の都合で。ちょっとそこに座って待っててね」


 エイルがクッションに座って待っていると、

「――よいしょっと」

 コウがローテーブルに本の束を置いた。

「ど、どうしたんですかコウさん、これ」

「実は転校する前、イメージを変えるために見た目の勉強をしてたんだ。真逆の自分になろうと思って」

「え!? コウさんは生まれたときから清楚かと思ってました!」

「エイルさんってたまに冗談かどうかわかりづらいこと言うよね……。これは清楚力を高めるのに役立つ雑誌や書籍の一部で、これを読んでおけば必要な情報は集まると思う」

「すごい。……でも読み切るのに結構時間がかかりそうですね」

「清楚の道は長く険しい。でも、わたしに一つアイデアがあるんだ」


 *


 浴室。コウがエイルの髪をカットしている。

 足元に髪の毛の束が落ちるたびにエイルが「おー」とそれをまじまじ見つめる。

「ちょっと前向いててね。それで、さっき説明した通りアイデアっていうのは、わたしが覚えたことを教えるってことなんだ」

 エイルは前を向き、前髪の隙間から鏡に映る自分を見つめた。

「とっても心強いです」

「手っ取り早いというのもある」

「コウさんって髪の毛切れるんですね」

「わたしは得意だから自分で切ってる。難しかったら美容室に行くのが安心だけど、よければまたわたしが切るよ」

「いいんですか!?」振り向こうとしてコウに顔を戻される。


 前髪が眉のあたりでカットされパッチリした瞳が鏡で見つめあう。

「スッキリしてきたね」

「なんだかスース―してきました」

「もうちょっとだからね。終わったらそのままお風呂入るといいよ。髪の毛で背中とかチクチクしちゃうから」

「ではお言葉に甘えて」


 *


 湯けむりの中、エイルは湯船に浸かっている。

 髪を洗った後、髪の毛はヘアバンドでまとめている。使い方はわからなかったが、コウにやってもらった。

「あー、なんかいい匂いがする」

 そのとき浴室のドアが開き、

「わたしも入るね」と一糸まとわぬ姿のコウが入ってきた。

「こ、コウさん!?」

「途中だったから。あと、わたしもお風呂済ませちゃおうと思って」

「途中?」

「そう。まだ眉とか整えてなかったし……ほかのところもちゃんとやってるか確認してなかったから」


 そしてすべてが終わり、二人で湯船に浸かる。

「ツ、ツルツルになっちゃいましたっ」

 エイルは腕や、湯の中の体を撫でて感触を確認する。

「細かいところから清楚さが出る。これからは手を抜かないこと」

「はい!」

「うん。それでさ」

「はい」

「あんなコトやこんなコトって、何のこと?」

「えっ」


 エイルは後ろからコウに抱えられる。

「今日はそれが気になって仕方がなかった」

「ま、まさかそのために今日!?」

 振り向こうとするが、脚でも挟まれているので動けない。

「どうでしょう。それで、なんのこと? 教えて」


 コウに耳元で囁かれたエイルは観念した。

「番長の、お世話です」

「……それはどういう」

「身の回りのことを。番長はいつも誰かと喧嘩をして、体ボロボロで、歩くのがやっとでも強がって、だから見ていられなくて、つい手伝っちゃうんです」

「じゃあカバンを持ったり飲み物を買いに行ったりしているのはエイルさんから」

「はい。あと番長は怪我だらけなので包帯を巻いたり、背中に湿布を貼るのもやるんですけど、保健室で番長の服を脱がせてたのを誰かが勘違いしたみたいで」

「それが、あんなコトやこんなコトになったと」

「そうだと思います」

 エイルは顔を両手で覆って隠した。

 コウからはエイルの耳が赤くなっているのがわかる。

「でも、今日の宿題を見せろっていうのは嫌がってたよね」

「それはだって、宿題は自分でやったほうがいいじゃないですか」

 エイルは腕を組み、顔を半分沈めてぷくぷくと息を吐いた。

「エイルさんって、難解な性格してる」

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