清楚な女子だけど、何かが尋常ではないようです

向日葵椎

第1話 清楚、知りたいことがある!

 昼休みの食堂。高校一年の天王あまおうコウは友人と昼食を楽しんでいた。

 眉の上で切りそろえられた前髪、さらさらと清らかなロングヘア、色白でセーラー服は着崩さない。あとご飯を食べる一口も小さい。

 コウは誰が見ても明らかに清楚だった。


「コウ、あれ見て……」

「どうしたの」コウは友人の視線の先へ目をやる。


「行くぞ! とっとと来やがれってんだ」

「えっ……」


 昼食とる小柄な女子の傍に、大柄な女子が立っていた。

 コウの向かい席の女子が口元に手を添え、声をひそめる。

「番長の弱い者いじめだよ」

 コウも同じように声をひそめ「番長?」


「コウって番長知らないの? あ、コウって文化祭の後に転校してきたんだよね。えっと、あのいかにも悪そうでおっきいほうが番長。あだ名だけど。同じ一年で、学校の外で喧嘩しまくってるらしい。あの小さい子は――知らないな」


 番長と呼ばれた女子は、制服のセーラー服が短く、スカートは足首が隠れるほど長い。制服を改造しているように見えた。

 小柄なほうの女子は前髪が目を隠すほど長く、ほかの箇所も伸び放題で跳ね放題、セーラー服は大きくてぶかぶか――制服に着られている。


えんじゅエイルさん。別のクラスの同じ一年生だよ」

「どうして知ってるの」

「転校前、ここの文化祭を見に来た時に会った。わたしがハンカチを落としたから声をかけてくれて、今度ここに転校する話をした流れで自己紹介したんだ」

「知り合いならなんとかしたいけど、相手が番長じゃね。番長ってあだ名が付くのは隣町にいる切り裂き番長とかヤバいのが多いし。あ、ヤバいといえば、これは風の噂なんだけど、こっちの番長は留年間際でヤバいんだって」

「勉強が苦手なの?」

「たぶん。学校には来てるみたいだけど喧嘩売るのが目的なんじゃないかな。それかああいう風に誰かいじめるためか。よく飲み物を買いに行かせたりカバンを持たせたりしてるみたい。あと……あんなコトやこんなコトも」

 そこで言葉を切った女子を見ると、顔を赤くしていた。

 コウは小さく首を傾げ、

「あんなこと?」

 反対にも傾げ、

「こんなこと?」

「ちょっとコウにはまだ早いかな。……まあ噂だよ噂」


 コウがきょとんとしていると、番長がまた声を荒げる。

「ちょっと宿題見せるだけだろ! こっちは留年かかってんだ。早くしやがれ!」

 番長は言い終えぬうちにエイルの腕を引っ張っていく。

 コウは考えるように口元に人差し指を当て、エイルがそのまま食堂出入口から見えなくなるまで見つめていた。


 コウの向かい席の女子は胸をなで下ろしてホッとする。

「やっと行った。あの留年の噂は本当だったらしいな……。っと、それより残り時間少ないし早いとこ食べちゃお」

「うん。でもわたし先にお手洗い行ってくる」

「ほーい」

 コウは席を立って食堂を出る。


 *


 食堂のある一階と二階を繋ぐ階段の踊り場。エイルと番長が上の階のクラスへと向かっている。


 そこへ――

「エイルさんが嫌がってる」

 二人の背中に声をかけたのはコウだった。コウは二人を追っていた。

 その声に振り返った番長はコウを睨みつける。

「アァ? 誰だテメエ……いやすげえ清楚だな。いや今はそれどこじゃねえ。アタイに声かけてきた勇気に免じて今回だけは見逃してやら。とっとと失せな」

「そういうわけにはいかない」


 エイルはこの場にいるのが恐くなり、踊り場の隅に身を寄せた。番長に口を出す者が現れただけでなく、それが文化祭のときに会って自己紹介までしたコウだからだ。


「ふーん、じゃあどうすんだ。アタイをやろうってのか? いやいや、笑わせんじゃないよ。アンタみたいな清楚の塊に何が――」

「あんなコトやこんなコトもしてるみたいじゃない」

「あん――なんだって?」

「あんなコトやこんなコトってなんなの」

「……なんだコイツ。ちょっとおかしいのか? おいエイル、お前コイツが言ってることわかるか」

 番長が顔を向けると、エイルはうつむいて顔を両手で覆った。


 コウはそれを見て、

「わかった。あんなコトやこんなコトは何か言いづらいことなんだ」

 番長のほうへ顔を向け直す。

「いや知らねえけどさ、こっちは急いでんだよ。これ以上邪魔するなら容赦しねえからな。じゃあな清楚女」

「ダメ。宿題は自分でするものだから」

 コウはキッパリ言い放った。


 番長は「チッ」と舌打ちをして頭をかき、

「あー、ウゼエ! なんだお前、やんのか」

 コウに詰め寄る。コウも背はすらりと高いが、番長のほうが少し高い。

「やんのかって、何を?」コウの口元が微かにほころんでいる。

「テメエ何笑って――」

「もしかして、宿題のこと?」

 空気が凍り付いた。


 番長もエイルも、一瞬でコウが尋常ではない思考回路を持っていると悟った。番長の敵意を感じ取った様子がまるでない。


 唖然としていた番長は、エイルがその場にへたり込む音でハッとし、

「テ、テメエ調子乗ってんじゃねえぞ!」

 腕を伸ばしてコウにつかみかかろうとする。

 エイルは思わず目を閉じた。

 が、コウはしゃがみ込み、

「あ、靴も改造してるんだ」番長の靴へ視線を落とす。

「――え?」


 番長の視界からコウが消えた。そして勢い余った番長は、しゃがみ込んだコウの体に躓き、階段をゴロゴロと転げ落ちる。


「大丈夫!?」

 コウが立ち上がって振り向き手を伸ばした時には、番長は二十段ほど下の一階の床でうずくまっていた。

 が、すぐに上半身を起こし、

「……イテテ。お前、清楚な見た目してなかなかやんじゃねえか。アタイじゃなきゃ死んでるぜこりゃ」

 後頭部を押さえ、痛みに顔を歪めながら言った。


 *


 コウはエイルと階段を降りて番長の前でしゃがみ込む。

「ごめん。大丈夫……じゃないよね。一緒に保健室へ」

 座る番長の表情には、まだ苦痛の色が見える。

「いいよ――イテッ。こりゃフツーに反撃は無理そうだな」

「やっぱり一緒に行くから」

「……アーったく、お前なあ。ハッキリ言いたかないが、こりゃアタイの負けだよ。こういうときはほっといてくれるのが一番助かる」

「勝ちとか負けとか言ってる場合じゃない」

「綺麗事はいい。それよりお前、名前は」

「コウ。一年A組の天王コウ」

「コウ……か」

「それよりほんとに大丈夫なの」

「ナメんなって。これくらい平気の内だ」


 番長は「テテッ」と痛みを堪えながらも立ち上がり、エイルへ顔を向けた。

「……まあ、悪かったよ。じゃあな」

 そう言って振り返り、片の脇腹を押さえながら歩いて行く。

 コウとエイルは、予鈴が鳴る廊下で番長の後姿を見つめていた。


 が、エイルはハッとし、

「まだエビフライ食べてなかった!」

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