第8話 記憶


「……悪い、リョウバ」


 一か月前に、誰も来ない路地裏で喧嘩していた俺の前に兄貴が現れた。その時の俺は、喧嘩をし終えて、近くにあったドラム缶の上へと座っていた。

 現れた兄貴は身を隠すようにフードを深くかぶっていて、表情が全く見えなかったのを覚えている。


「それ、何に謝っている訳?」


 兄貴を睨みつけるように言った。兄貴は下を向いてしまう。さらに表情が見えなくなった。


「傷、痛むか?」


 兄貴は俺の話を無視し、頬についているかすり傷を指さしながら言った。


「別に、兄貴が言いたくないなら聞かない。俺はてっきり嫌味を言われるのかと思ったからな」


 かすり傷を親指で拭く。


「謝ることしかできない、先に」

「先?」


 引っかかる言葉だった。一体何がしたいのか、この兄貴は。


「リョウバ」


 兄貴に呼ばれ、俺は兄貴の顔を見た。俺をしっかりと見ながら強い口調で、兄貴はこう言ったんだ。


「お前の自由、私と交換させてくれ」


 あの時は意味がわからなかったが、今ならわかる。兄貴は俺に「自由」と「王」を交換させた。あの時から兄貴の計画は進んでいたのだ。それに気付かなかった自分は、あの時兄貴に何かできたのだろうか?


 何か言ったら、俺は王にならずに、王は兄貴がなれたか? 何を兄貴は考えていた? 疑問だけが俺に残っていった。



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