サーロイン

「買い物行くけど、なんかある?」

 母は夕飯の買い出し前にこう訊ねてくる。献立の参考にしたいのだろうが、とくに要望はない。たとえ俺がなにか言ったところで、それが通ることはほとんどない。なので、俺は基本的には「ない」と答えている。

 ただ、ときに挑戦してみたくなるときもあるし、母にだって気前が良いときもある。ようはタイミングの問題だ。

 その日は、たまたま二人の波長があったのだろう。

「ステーキが喰いてえ。安くていいから、サーロイン」

「サーロイン? なんだ、サーロインって?」

「部位だよ、部位! サーロインっていう部分の肉!」

「んー、わかった。サーロインね」

「絶対サーロインな! なかったら買わなくていいから!」

「はいはい。わかったわかった」

 かなりな無理難題を吹っ掛けたが、珍しく俺の要望がすんなり通った。何事も言ってみるものだ。

 俺は母の帰りを一日千秋の想いで待った。今夜は久しぶりのサーロインステーキ。いやがおうにも、期待に胸が高鳴る。

 しかし、母が買ってきたのは、成型肉の“サイコロ”ステーキだった。

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