野球まわしてくれ

 俺が子供のころ、プロ野球は毎日3試合は放送していた気がする。セ・リーグが主ではあったが、パ・リーグも地方局などで放送していた。

 最近では、プロ野球がゴールデンタイムに民放で放送されることは稀になり、巨人戦がかろうじてやっているかなという程度だ。

 では現在、プロ野球はどこのチャンネルで観られるのかというと、ケーブルテレビなど、民放以外のチャンネルとなる。だが、母にとっては、それが大きな障害となっている。

「野球まわしてくれ」

 元来、母は野球には興味がなかった。どちらかというと、サッカー観戦がメインだったのだが、野球好きの姉の影響により、いつしか野球を観るようになった。

 だが、母はひとりでは野球を観ることができない。ケーブルテレビの使い方が、まるでわからず、チャンネルを回せないのだ。だから、いつも俺が番組検索をして、チャンネルを探してあげている。

 しかし、いつまでも、そうもいってはいられまい。

 俺は母がひとりでも野球を観られるようにと、チャンネル検索の方法を教えることにした。

「まずは、この番組検索っていうボタンを押して、スポーツを選んで、野球を押すだけ。そうすれば、いまやっている試合が表示されるから、そこを押す。簡単だろ?」

 俺は母に自分でやってみるよう促した。

 たどたどしい手つきで、俺の指示に従いながらではあるが、なんとか母はやり遂げた。

「もう一回だ」

 こういったことは反復して覚えるしかない。俺は心を鬼にして、半ば強制的に、母に番組検索の方法を教え込んだ。母ひとりでも、できるようになるまで。何度も何度も。


 翌日。

 母はあくびれもせず、俺にこうせがんだ。

「野球まわしてくれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る