留守番電話
俺の母は機械音痴だ。どれぐらいかというと、“固定電話の保留機能が使えないくらい”といえば、わかってもらえるだろうか。
そんな母が、こんなことを訊ねてきた。意味不明なことをベラベラと喋くっていたが、要約すればこんな感じだろう。
「留守番電話がかかってきたとき、そのまま話すにはどうすればいい?」
どうやら、“電話をかけてきた相手が留守番メッセージを残している最中に電話に出る方法”が知りたいらしい。
「そのまま、電話に出ればいいんじゃね?」
俺はそう答えた。実際にやったことはないが、おそらくはそうだろう。
「友達は受話器を取って、そのまま話してたんだけど。こないだ、同じように電話に出たら、切れちゃった」
基本的に母は人の話を聞かない。自分が言いたいことを思いのままに喋り続ける。
「受話器を取ったときに、置いちゃったんじゃないの? こういうふうに」
受話器を取って、いったん置いて(電話を切って)、また受話器を取る。俺はそんな阿呆な実演をまじえながら、母がしたであろうことを再現してあげた。文明人ならそんなことは絶対にしないが、母ならやりかねないのだ。
「違う。そんなことしてない」
どうもお互いに意思の疎通ができない。俺の勘違いかもと考え、母の話をじっくりと聞いてみた。
母曰く、留守番電話のメッセージを再生中に受話器を取ってしまい、途中で音声を切ってしまったということだ。どうやら、母は誤ってメッセージを消してしまったと思い込んでいるらしい。
「かわいそうなことしたなって。あとから、またかかってきたからいいんだけど」
なるほど。ようは留守番電話の使い方を教えればいいわけか。
(じゃあ、そもそも、どうやって留守電を設定したんだ?)
と疑問を抱きつつも、俺は母に懇切丁寧に留守番電話の使い方を教えてあげた。
すると、案の定、母が聞いたという留守番メッセージは、まだ残っていた。
「そうそう、これ!」
録音されていた伝言内容は、母が契約している保険会社からのアポイントメントだった。他愛のないものだったが、途中でメッセージを切ってしまったことで、母はずっと気にかけていたのだろう。そういう気持ちは俺にもわかる。
「それで? このメッセージと話をするにはどうすればいいの?」
……それは俺にはわからない。
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