無垢なる願い

時和 シノブ

無垢なる願い

初めて会った時のこと、今でも憶えているよ。


パパは2、3日前からそわそわして僕のこと、ろくに構ってくれなかったんだ。

いつもは沢山、追いかけっこしたり、ボールで遊んでくれたりするのに……

今日はママがとても辛そうで、パパと朝早く出かけてしまった。

パパが出かける時に


「太郎に弟ができるよ!早く一緒に遊べるといいね」


って僕の頭をわしゃわしゃした。

これをされると僕はいつも楽しい気分になる。


パパとママが僕だけのものだって思ってたから少し複雑なんだけど、弟ができたら一緒に遊べるかな。

この家のことは僕が教えてあげなくちゃね。


今日はおじいちゃんが、僕に付いていてくれるみたい。

だけど僕はおじいちゃん、ちょっと苦手。

ボールで遊んでくれても、すぐ疲れちゃうし、ちょっと走ろうとすると怒ったりする。

おじいちゃんと僕はテレビを観たり、庭で少しボール遊びをした。

案の定おじいちゃんは、すぐに疲れちゃったのでソファでお昼寝したりもした。

夕方になって、おじいちゃんがそわそわし始めた。


――おじいちゃん、トイレはあっちだよ


僕が教えてあげようとしたら電話が鳴った。


「良かったなぁ。おめでとう!」


欠伸でもした後みたいに目をウルウルさせながら誰かと話している。

電話の向こうから大好きなパパの声が聞こえた気がして、僕は駆け寄っておじいちゃんのズボンを引っ張った。


「無事に赤ちゃん産まれたって!」


おじいちゃんはそう言うと、僕の頭をわしゃわしゃしてから、

顔を近づけて頬っぺたをすりすりした。

少し痛かったけど、こんなに嬉しそうなおじいちゃんは初めてで、僕も嬉しくなった。


その何日か後に、君はパパとママと我が家にやって来た。

ママは大事そうに、でも不安そうに君を抱っこしていたっけ。

僕は、君を最初に見た時、パパとママと何でこんなに体の大きさが違うんだって驚いた。

僕のおもちゃ位のサイズだったから。


それがこんなに大きくなって、今では僕を軽々抱っこしちゃうんだから。

弟に抱っこされるなんて、情けなくなっちゃうよ。

君と出会って10年、もう僕は人間で言うと、おじいちゃんになっちゃった。

これから、あとどれくらい一緒にいられるのか分からないけど、

君のお兄ちゃんでもおじいちゃんでもいいから……

薄れていく意識の中で、君と出会ったあの日の幻影を見ていた。


「生まれてきてくれてありがとう」


10年前の君にそう告げて、僕はそっと瞼を閉じた。







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無垢なる願い 時和 シノブ @sinobu_tokiwa

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