あんぱんズ・ラブ

ガミル

第1話 あんぱんズ・ラブ

 時刻は七時四十五分。客の入りがお世辞にもいいとはいえない、とあるコンビニエンスストアの菓子パンブースで俺、真田孝太朗は二つの商品を手に持ち苦渋の表情で悩んでいた。

 (ちくしょう!カミサマって奴は時に残酷な仕打ちをしやがる!)

 俺の震えた両手に収まっているのは二種類のあんぱん。

 ――そう。すなわち『こしあん』と『つぶあん』である。

 俺は再度、左右のあんぱんを見比べた後、財布の中身を見て落胆する。

 紙幣は――無し、小銭は百円硬貨が一枚に十円硬貨が二枚。今日日、自販機飲料も買えない我ながらなんともさみしい金額である。

 (くそ、どう考えても一つしか買えねぇ!こんなことならキバヤシなんぞに金貸すんじゃなかったぜ。おかげさまで朝っぱらから究極の選択をすることとになったじゃねぇか!)

 「……どちらかを選ぶしかないのか」

 小声でそう呟き吟味する。

 こしあん――小倉豆を漉すことで滑らかな舌触りを生み出すことに成功した最高の餡。一般的に大衆に好まれるのはこちらになる。

 つぶあん――こしあんとは違い小倉豆をあえて少量残すことにより、食感に味わいを持たせることに定評のある至高の餡。こちらはこしあんよりも人気が劣るもののいまだ根強いファンがいる……と思う。ちなみにかの国民的ヒーロー『ア○パンマン』の中身の具もつぶあんだそうだ。どうでもいいが

 (うん。どちらも大好物の俺にとっちゃ、全く意味ないな。――せめて金さえあれば。せめてもう百円ッ~!)

 「――あれ、真田君?どうしたのしゃがみ込んで。――お腹でも痛いの?」

 「……ッ!? さ、笹屋敷……さん?」

 パンを見ながらしゃがみ込んで悶絶していると、俺の傍を見慣れた影が通りかかった。見ると、クラスメイトの笹屋敷ささやしき綺伊那きいなが俺を心配そうな瞳でのぞき込んでいた。

 肩までかかったセミロングの茶髪、ぱっちりした二重瞼の両目はたれ気味で小動物の様な愛らしさを演出している。身長は俺と比べるとずいぶん離れているだろうから、丁度150センチくらいか。顔立ちは道行く人が振り返る程度には結構整っており、その小柄な体格やたれ気味の瞼から、美人というよりかは可愛いのカテゴリーに当てはまるタイプの女の子だ。性格は見た目に反さずおっとりほんわかで男女問わず人気が高い。……まぁ、つまるところ滅茶苦茶可愛いのだ。

  そして、俺も彼女の隠れファンの一人だ。親しい友人には下の名前の『綺伊那』を略して『キナ』と呼ばれているらしい。かくいう俺も心の中では『キナちゃん』と呼んでいる。(我ながら気持ち悪いと思う)

 そんな彼女に俺は見られてしまったのか。あんぱん二つを両手に持って悩み続ける哀れな男の無様な姿を……。は、恥ずかしい~ッ!

 な、なんとか弁解しなければと、恐る恐る後ろを振り返り言葉を探すもあまりの動揺で何も浮かばないまま立ち竦んでいると、彼女がおもむろに口を開いた。

 「わぁ!あんぱんだ。真田君てあんぱん好きなの!?」

 「んあ?……あぁ、おうん好きだよ」

 興奮気味に捲し立てる彼女にびっくりして少々どもりながら返答してしまった。

 あんぱん?えぇ好きですとも。むしろ大好きまである。

 「そうなんだ~。美味しいよねぇ、あんぱん。こしあんにもつぶあんにもそれぞれ個性ていうかいいところがあって。――ちなみに真田君は『こしあん派』?それとも『つぶあん派』?」

 (くぅ~、今それを言いますかキナちゃん!)

 ちょうど今、現在進行形でそのことについて悩んでいたとは口が裂けてもいえず、再び押し黙っていると、こちらの返答を待たずに再び、キナちゃんが口を開いた。

 「わたしはね、どちらかというと『こしあん』のほうが好きなんだ~。でも、『つぶあん』も捨てがたいよね~。こう、あの粒粒の食感がくせになるっていうか――ってごめんね、わたしばっかり喋っちゃって」

 てへぺろ、というのだろうか。舌先を少し出して、はにかむキナちゃんは、その端正な容姿も合わさってか、とても可愛らしかった。正直、もう色々と限界です。

 キナちゃんが俺の発言を期待するような眼差しで見つめてくる。無駄にきらきらしているように見えるのは俺の目に謎の補正がかかっているからだと信じたい。

 

 さて、どう答えたものか。一層のこと、正直に答えてしまうか。どちらも好きで今、丁度、迷ってる最中だと。いや、それだとただの優柔不断野郎に成り下がるのではないか?たかが、あんぱん如きでと人はいうかもしれないが、俺には死活問題である。それに、あんぱん如きで悩んでると思われるとなおさら、優柔不断さに拍車がかかる気がする。ここは、もうはっきり言うしかないな。どちらが好きかということを……ええい、ままよ!

 「俺は……あんぱんなら好きです」

 な、何を言ってんだー俺はーーッ!

 あんぱん『なら』ってなんだよ、『なら』って!

 まるで、あんぱん以外は好きじゃないです。みたいなニュアンス!

 ――いや、好きですよ他の菓子パン。チョコパン、クリームパン、きな粉揚げパン、ピーナッツバターサンド、甘いパンなんでもござれです。いやむしろ菓子パン全般大好きです。

 「……ええっと、どっちも同じくらい好きってことでいいのかな?」

 ほらぁ~やっぱり困ってるじゃねぇかよ、キナちゃん。とんでもねぇ失言をかましてしまったな俺は。本当に何をやっているんだか。早く訂正しなければ。

 「あー、でもあれだな。その日その日によって変わるというか、ほら、いくら好きな物でも毎日食べてたら飽きるじゃん?それと同じだよ」

 「なるほど。今日は『こしあんの日』、明日は『つぶあんの日』みたいな感じだね!」

 手で相槌を着いた後、顎に手を置き、キナちゃんは神妙な顔をしながら頷いた。 う……ん?変な捉え方をされたような気がするけど、まぁ、上手くごまかせたからよしとしよう。――にしてもあれだな、もしかしてキナちゃんって少し天然なのかな?うん、しっくりくるな。あとその仕草は強すぎます。何にとは言わないが……

 そんなくだらないことを考えていると、目を輝かせながらキナちゃんが俺に問いかけてきた。

 「そうだ!ちなみに、真田君は今日は『どっちの日』なのかな?」

 その問いかけで俺は驚きながらキナちゃんの方を見ると、その視線は俺の両手に向けられていた。『こしあん』と『つぶあん』のパン。つまり彼女が言いたいのは……どちらかを選べという、今の俺がぶち当たっている究極の選択の回答そのものだった。よりにもよって彼女にこの台詞を言わせるとは神サマって奴はつくづく鬼畜な所業が大好きらしい。うん。地獄の魔王サマと役割交代するといいと思う。

 ふと時計を見る。長針は丁度十二時を指したところだ。八時か。まぁこれ以上グダグダやっていても遅刻してしまうだけだ。――望むところだぜ。そろそろケリつけてやるよ!

 「……いやぁ、実は今日は『どっち』も食べようと思ったんだけど、何故かお金がパン一個分しかなくてね、それでどちらにしようかとこんなところでずっと悩んでいたわけだす。いやぁ見苦しいところをお見せしましたね」

 クソ!めちゃくちゃ早口で噛んだうえに卑屈な答えかたをしてしまったーッ!何がケリつけてやるだよ。全然カッコついてねぇ!それどころか、これじゃ……

 「……へぇ。結構な時間悩んでいたんだね」

 ほら見ろ!めっちゃ引いているじゃないか。少し俯き加減で喋っているから表情は読み取れないけど、確実に引いてるだろこれ。

 だけど、キナちゃんの次の言葉を聞いて俺は心底驚くことになる。

 「――ふむ。まさかそんなに悩むほど好きとは。うん。わたしと同じだね。実はわたしも昨日、友達にお金を貸しちゃって。今、百二十円しか持ってないんだー。だから悩んでたの、わたしも今日は『どっち』も食べたい日だから!」

 興奮気味にそう言うキナちゃんを見て、俺は度肝を抜かれた。状況が俺とほぼ完全に一致していたからだ。と同時にひどく安堵した。なんだ、キナちゃんも俺と同じなんじゃないか。そして先の言葉を聞いてさらに驚いた。

 「だからね、わたしが『つぶあん』買うから、真田君が『こしあん』買ってよ~。それで、お昼休みに半分個しよう。そうしたら、二つの味楽しめるよ!」

 どうかな?と上目遣いでキナちゃんが問いかける。そんなもの答えなんて決まりきっている。

 「うん!そうしよう。これなら確かに両方味わえるな。流石、笹屋敷さんだ」

 えへへ、それほどでもと満面の笑みの笑みを浮かべてそう言う彼女を見て、俺は思った。『こしあん派』・『つぶあん派』なんざどうでもいい。そう無理にどちらかを選ぶ必要などないのだ。『こしあん』と『つぶあん』に優位性などないのだから。好きなときに好きな方を食べればいいのだ。そう今は。

 「んじゃ、わたしあんぱん買ってくるから、真田君お金頂戴な~」

 「いや、ここは俺が買ってくるよ。笹屋敷さんは先に外で待っててくれ」

 「まぁまぁ、そういいなさんな真田君や。ここはわたしが……」

 そんなふざけたやり取りをしながら二人してレジへ向かう。レジのおばちゃんの視線がなんだか生暖かい。まさかこの後あんなことになるとは思いもよらない俺たちは、なけなしの銭をおばちゃんに手渡す。

 「ほほん。坊ちゃんや可愛らしい彼女さんやの。大切にしなさんな」

 商品を受けとる時、不意打ちでおばちゃんがそう言ったため、危うくパンを落としそうになった。とんでもねぇことを言いやがる。ふと、隣に居るキナちゃんの様子が気になった。気を悪くしてないといいんだが。

 「……ふぇ……!?」

 そこには、耳まで真っ赤にして顔を手で覆っている可愛らしい小動物の姿があった。え?何その反応。そんな反応されたら流石に俺も意識してしまうんだが。

 「あ、あの~笹屋敷さん……?」

 「……ッはにゃ? な、何かな?さにゃだくん?」

 誰が見てもキナちゃんが動揺してるのが分かる。だって顔から湯気出てるもの。いつもおっとりしているキナちゃんからは到底考えられないな。なんか凄い手をブンブンしてるし。だけどなんだろう……めちゃくちゃ

 「……可愛いじゃねぇかよ」

  あれ、俺今なんて言った?なんか変なこと口走らなかったか?

 「何さ!真田君だってめちゃくちゃカッコいいよ!」

 「へ?」 

 「気づいてないかもしれないけど、女の子の間じゃ結構人気なんだよ。真田君て身長高くて紳士的だし。わたしだって……」

 「ちゃん、お、落ち着いて。それ以上は何かマズイって……!」

 「ほらぁ。またそうやって下の名前で読んだりするぅ。そういうところがほんとに――」

 「分かったから。頼むよキナちゃん。コイツは俺から言わせてくれ」

 


 ――この後、めちゃくちゃ告白した。最早あんぱんのことなど忘れていた。だけど、一つ言わせてくれ。

 ……コンビニのおばちゃん。グッジョブ!



 

 

 




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