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 こんな夢物語を実現する方法が、幸運にも手近なところにあった。データと電肢だ。体に電肢を入れるのはぞっとしないが、データを書き出すなら話は別だ。もちろん、書き出すといっても、当世はやりの人格コピーを取るのとはわけが違う。俺の芸のエッセンスだけを抽出し、一個の塊にこね上げるのだ。そうして出来上がった〈芸〉のデータは、それをインストールした者の中で〈芸〉として機能する。そいつがどれだけ落語をしようと、その落語は俺の落語になる。これぞまさに、俺が求めていた形だった。自分と枝分かれしたような〈人格〉に一人歩きされるのは耐えがたいが、この形での継承は大歓迎だった。

 データの作成は、思っていた以上に簡単だった。俺が今さら何かをするまでもなく、戦争中に撮り溜めた膨大な映像アーカイブからAIが俺の芸を分析し、データとして抽出した。驚くほど呆気なく、俺は野望の一段階目を上ったのだった。

 データファイルは脳型電肢にのみインストールが可能だ。脳に電肢を入れた人間。そもそも体の電化など、一般庶民にはまだ縁の遠い話だ。だから、一般庶民とは離れた所を探した。

 ここでも戦争中の仕事が役に立った。国防軍だ。兵隊なら、間違いなく体のどこかしらを電化している。頭をいじっている奴だっているだろう。そうアタリを付けて昔のツテを辿ると、思った通りの人間をいくらか紹介された。弟子を探しているというのが口実で、本当の理由は誰にも言わなかった。警戒され、データをインストールされない恐れがあったからだ。

 もっとも、紹介された兵隊たちでは役不足だった。彼らの電化範囲は狭く、データをインストールするには容量が十分ではなかったのだ。

 だが一人、目を引く経歴の持ち主がいた。

 その男は特務爆撃部隊に所属していた。ここは、無線誘導ミサイルに積んだ人工脳と電化した脳を繋いで標的を寸分の狂いもなく爆撃する――要するに、部隊だ。ミサイルを正確に、時には何発も連続して操作するため、特爆(彼らは軍の中でそう呼ばれていた)の隊員は脳の電化を大々的に行う。通常のメモリだけでは処理に足りない分を補うためにストレージも大きく保たれていた。

 お誂え向きの人材だった。聞けば、その男は任務中に一般人を誤爆して以来、精神に変調を来して除隊したとのことだった。俺はそいつを探して、東京中を歩き回った。

 様々なツテを辿ってその男を見つけた時、奴はただの飲んだくれと化していた。脳に焼き付いた忌まわしい記憶を、酒の力で消そうとでも思っていたのだろう。だが、機械に記録された記憶は、当人の意思ではどうすることもできない。電肢の絶対記憶領域は、自分の中にあるだけで、自分のものではないのだと、軍で電化を担当していた医師に聞いたことがある。

 俺ならば。

 きっとこの男を救ってやることができる。

 過ちに苦しめられているこの男を。

 そう思い、俺は彼に声を掛けた。

 これが初めての弟子――後に蝶腹亭半角となる男との出会いだった。

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