僕らの追跡

銀河がぼんやり物思いにふけっていると、横を歩いていた昴がいない。後ろを振り返ると、昴が民家の塀を凝視していた。昴は稀にこんな時がある。こんな時の昴を銀河は、猫みたいだなと思う。猫が何も無い空間を凝視するのは、聴力が鋭い為、遠くの音に反応しているのだ。銀河が声をかけようと昴に近づくと、昴は銀河の手を取りおもむろにテレポートを開始した。民家の塀を抜け、庭を横切り、また別の民家の庭にテレポートし、大きな道路に出た。


「銀河くん、誘拐だ。僕らと同じくらいの女の子」


銀河は大通りに出てはたと気がつく。


「聖マリアンヌ女学院か?!」


聖マリアンヌ女学院は、高等部、中等部、小等部とあるマンモスお嬢様学校だ。生徒たちは超が付くほどのお嬢様だ。勿論登下校は自家用車だが、中には徒歩での登下校をする生徒もいる、ギリギリで学校に入った庶民の子供だ。


「あの黒い車だよ!」


昴は車道の先を指差す。しかし銀河には、昴の言う黒い車は目視する事は出来なかった。その間も、昴は目まぐるしくテレポートし続ける。PSI学校の生徒が学校外で超能力使用を許される特例は、自身が危険にさらされた時と、民間人が危険に巻き込まれた時だ。


「昴、ずっとテレポートして疲れないのか?」

「平気、二メートル位のテレポートなら歩いている感じ」


昴は車道に目を向けたまま答える。もしかしたら昴は、銀河が考えている以上にすごい超能力者なのかもしれない。テレポーターによっては長距離のテレポートを繰り返すと、疲労してテレポート出来なくなってしまう者もいるのだ。昴が短い距離しかテレポート出来ないのは継続的にテレポートする為なのではないだろうか。しばらくテレポートを続けると、銀河の目にも黒いセダンが見えてきた。このままでは、バックミラーに銀河と昴が映ってしまう。銀河は昴に、ビルの屋上にテレポートするように指示した。昴は目に入った五階建てのビルの非常階段にテレポートし、屋上に出た。すかさず隣のビルにテレポートし、ビルの上から黒いセダンを追う。ビルとビルの間は狭く、昴がテレポートするのに問題は無かった。しかし、道路を挟むと次のビルとの間が二メートル以上になってしまい、昴はテレポート出来なくなってしまった。このビルは屋上に人が上がる事を想定していないようで、落下防止の柵は設けていなかった。昴はビルの上から下を見下ろして身がすくんだ。


「ここからじゃテレポート出来ない。銀河くん、下に降りよう」


昴は銀河に声をかける。しかし銀河は顎に人差し指を当てて何やら思案している。


「なぁ昴、このままテレポートしろよ」

「嫌だよ落っこちちゃうよ!」

「なら落ちる前にテレポートしろよ」


そう言うと銀河は、昴の腕を掴んでビルから飛び降りた。二人の身体は重力に従い落下を始める、昴はヤケクソにテレポートを続ける。しかし落下によりドンドン高度が下がって行き、このままでは、ビルの中にテレポートで飛び込んでしまう。その時銀河が叫んだ。


「昴、上だ!」


昴はハッとして上を向く、そこには雲ひとつない青空が広がっていた。グンッと空が近づく、昴と銀河は空に向かってテレポートをした。


「僕ら空を飛んでる」


風が容赦なく昴と銀河に打ち付ける。風の強さに呼吸もままならない状態だが、昴は自分が空中を飛んでいる興奮の方が強かった。


「銀河くん怖くないの?!」


強風の為、昴の声は自然と大きくなる。


「怖いわけないだろ、俺が世界一信頼する超能力者のテレポートなんだから!」


昴の問いに、銀河も大声で返す。昴は胸の奥が熱くなるのを感じた。銀河は昴の事を信じてくれている、それが何より嬉しかった。


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