僕らの自由時間

銀河は時間があると、よく昴とチェスをした。チェス盤と、チェスの駒は銀河が自宅から持ってきた数少ない私物だ。銀河が学生寮に持ち込んだ物は、ノートパソコンと、少しの衣類と、このチェス盤のみだった。後は全て家に置いて来た。二度と戻る事の無い家に。昴は将棋は少しやった事があったが、チェスは銀河に教えてもらったのが初めてだった。昴はチェスの駒の精緻な細工に目をキラキラさせて見入った。


「わぁ、チェスって綺麗だね。物語に出てくるお人形みたい。これは馬?カッコイイ!」

「この馬は騎士ナイト。前後左右にニマス進んで、その左右に駒を進める事ができるんだ。騎士ナイトの動き、昴のテレポートみたいじゃないか?」

「将棋の桂馬みたい」

「ああ、桂馬の動きと似てるな」


銀河は昴にチェスのゲームから、相手の裏を読む事を学んで欲しいと考えていた。超能力戦において、相手の能力を予測し、自身の能力を知られないように戦うには頭脳戦が重要になってくる。昴はまだ子供だし、とにかく素直な性格なので、相手の裏をかくという事が出来ない。その点でいうと恵太は、ズル賢い性格で、相手の弱み、痛い所を確実についてくる。敵ながら、その点だけは賞賛に値する。昴は騎士ナイトの駒が気に入り、むやみやたらに騎士ナイトを動かすので、いつも銀河にコテンパンに負けていた。銀河は昴に入城キャスリングという特殊ルールも教えた。ある一定の条件で、キング戦車ルークの位置を動かす事が出来るのだ。


「なぁ昴、この入城キャスリング、昴のテレポートに応用出来ないかな?」

「位置を入れ替えるの?うん僕物体に触らなくてもテレポート出来るから、できるよ。でも何でキング戦車ルークの位置を動かすの?」

キングの護りを強固にする為だ、自分のキングを護り、相手のキングの牙城を崩すのがこのゲームだ。だがキングは一マスしか動けない、弱い存在なんだ。だからキングを安全な場所に移動させなければいけない」


銀河はキングをつまみ上げて、駒を自嘲気味に見つめる。キングの駒は自分自身のようだ。銀河は得意げに昴を動かして、恵太の攻撃をかわしているが。その実、銀河は昴に守ってもらわないと何も出来ない弱い存在なのだ。


「チェスって、命がけでキングを護るんだね」

「ああ、歩兵ポーンはともかく、女王クイーンを始め、僧侶ビショップ騎士ナイト戦車ルークはあらゆる場面で強さを発揮できる。キングは護られるだけの弱い存在だ」

「皆はキングが好きなんだね、だから命をかけてキングを護るんだね」

「ああ、キングは弱いからな」

「皆はキングが弱いから命がけで護ってるわけじゃないと思うよ。キングさえ生き残ってくれれば自分達の国の未来をキングに託せるから、皆安心して戦えるんだよ」


この歩兵ポーンだってね、と言って昴は丸っこい歩兵ポーンの頭を優しく撫でる。銀河は昴の言葉に救われた気がした。

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