僕らの心

銀河が恵太のいじめから昴をかばってから、昴は少しずつ心を開いてくれた。昴は話をすると舌ったらずになる、八歳という年齢よりも幼く感じた。


「お母さんがね、僕の能力ちからは神さまがくれた贈り物なんだって、だからこの能力ちからは人の為に使わなきゃいけないんだって」


昴はとても無邪気で素直だ。きっと健全な家庭で、両親に愛情を持って育てられたのだろう。


「だからね、僕は好きな人の為にこの能力ちからを使うの」

「昴の好きな人って誰なんだ?」

「うんとね、お父さんとね、お母さんとね、お姉ちゃんと、銀河くん!」

「俺の為にも使ってくれるのか?」

「うん、銀河くん大好き」


銀河の胸がチクリと痛んだ。拍子抜けする位、昴を操る事は簡単だった。他人を意のままに操るには力でねじ伏せるのでは無い。その相手の欲するもの、望むものを目の前に用意してやればいい。昴は自分の理解者を必要としていた、ならば銀河がなってやればいい、昴を理解する友達を演じてやればいい。




昴の成長の目まぐるしさは銀河の予想以上だった。昴の成長を促す為、銀河はわざと昴をかばって怪我をした。机はさすがに大きくて、無様に気絶をしてしまったのだが。昴は、銀河に怪我をさせた事を酷く後悔していた。そして、もう二度と銀河を傷つけさせないと宣言してくれた。昴は猛特訓の末、超能力を安定的に使用できるようになった。恵太の念動力サイコキネシスにもわずかだが対抗できるようになってきた。この時になって、銀河は昴を操り人形として動かす事に後悔し始めていた。自分は何故、弱い超能力者の地位向上などという目標を掲げてしまったのだだろうか?それは銀河自身が最低ランクの超能力者だということも勿論だが、銀河は父の跡を継ぐという目標が頓挫してしまった為、かつてない虚無感に苛まれた。その心の穴を埋める為、出来もしない大きな目標をかかげたかったのかも知れない。もうこんな大それた夢なんて捨てて、昴と本当の友達になりたい。昴と一緒なら、社会に出ても二人でやっていけるのではないか。しかし、精神的に潔癖なきらいがある銀河は、計算ずくで昴に近づいた事に罪悪感を抱いていた。昴に本心を打ち明ける事は躊躇われた。そうこうしている内に四年生になると、恵太はBランクになり、昴はいくらテレポートの正確性が向上しても、飛距離の短さを理由にCランクのままだった。銀河の思い描いた舞台が着々と整い、役者も揃ってしまった。




銀河はPSI学校に編入する以前は、有名私立小学校に通っていた。そして、そのまま中学、高校とエスカレーターで通って、最終的には大学名を聞けば皆が、おおと感嘆する大学に行く事が銀河の決定事項だった。銀河はいわゆる秀才だった。勉強の内容は、教科書を一読すれば理解できたし、教師の言った事も直ぐに記憶できた。その為、周りの同級生が幼稚に思えて、銀河は友達を作る事をしなかった。同い年の子と話をしたのは昴が初めてだった。昴と話をしていて気付かされる事も多かった。昴に超能力を使用した犯罪について話していた時だ。超能力犯罪者は徹底的に排除しなければいけないと言った銀河に対して、昴は違う考えを持っていた。


「確かに超能力を悪い事に使うのはいけないよ。でも、もしもね、僕のお母さんが重い病気にかかって、その病気はお薬を飲めば良くなる病気で、だけどとっても高いお薬だったら、僕は超能力を使ってお金を盗むと思う。そしてお母さんの病気が治ったら、僕は一生刑務所で暮らす事になってもいいって思うんだ」


銀河は犯罪を犯す人間は救いようの無い者と考えていた。しかし昴は罪を犯す者にも理由があるのだと示唆してくれたのだ。昴と話していると、自分がいかに狭い視野で物事を見ていたか思い知らされた。




昴と話していると銀河は、胸の奥がじんわり温かくなる気がした。銀河の父は、人の上に立つ者は孤独でなければならない、友人などは必要無いと常々言っていて、銀河自身もその通りだと思っていた。5月の末頃、銀河は昴と二人テレポートで学生寮を抜け出して蛍を見に行った。学生寮の裏手には林があり、林の中には細い小川があった。小川にはゲンジボタルが飛びかっていて、淡い青緑色の光が瞬いていた。


「わぁ綺麗だねぇ」

「ゲンジボタルのオスがメスを呼んでいるんだ」


昴は初めて見た蛍に興奮気味だ。実は銀河も初めてで、知識は図鑑やネットで知ったのだが、昴には言わなかった。


「ねぇ、銀河くんこれから毎晩蛍を見に来ようよ」

「それは無理だな、成虫になった蛍が生きていられるのは大体二週間程だからな。それまでは見に来ような」


昴は銀河の言葉にびっくりした様子で、しばらく黙ってからポツリと呟いた。


「蛍は命を燃やしているんだね。だからこんなに、胸が苦しくなるくらい綺麗なんだね」


銀河は蛍に鑑賞以外の価値を見出す事は無かったが、昴は小さな虫たちの命を愛おしんでいるようだった。二人は蛍の命の舞が止むまで、小川のほとりにたたずんでいた。

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