12. 出陣?
大門のほど近くに設営された天幕。見目麗しい少女たちが集まったその場で、この戦争の指揮を執る使徒の一人、おとめ座の使徒ルノが第一声を発した。
「――― 作戦会議だけど……まあ今日は特に作戦とかないから、みんなそれぞれの持ち場で気を抜きすぎないように頑張って!」
出陣前にしては緊張感のない雰囲気で。
(……こんな感じでいいのか?)
そう思ったケイが周囲を見渡しても、よく言えば落ち着いた悪く言えば弛緩した空気に疑問を感じていそうな者はいない。ただ、終わりの見えないこの戦争を生き抜く彼女たちにとってはこういった空気の方がいいのかもしれないと、彼は思った。
そんな空気ではあったが、この場にはもう一人使徒が参加している。彼女、てんびん座の使徒リラはある種のバランサーといってもいいかもしれない。
「ルノの言い方は少々適当に過ぎますが、皆さんも知っている通り一日≪ついたち≫の今夜は敵の侵攻も恐れるほどではありません。ワタシたちも神星術を使うことはないでしょう。ただ、何事にもイレギュラーはあります。実際この場にも想定外の存在がいますので、何か異変があればすぐに伝えてください。ほかに何かある人はいますか?」
まじめなトーンで発せられた声に、場の空気がわずかながら引き締まる。ただ、リラはその途中でチラッとケイへと視線を向けてイレギュラーだと説明した。それにより彼のもとへと視線が集中し、彼も居心地の悪さを覚えてしまう。
(女の園に入り込んだ異物だもんなぁ……。警戒されるのは当たり前だ)
いまさらながら自分がとんでもない提案をして、それが一応受け入れられていることを自覚したケイ。おかしなことをするつもりなど毛頭ない彼がより一層行動に注意しようと思いなおしていると、会議参加者である一人の少女が遠慮がちに口を開いた。
「あの……その人が異世界人という噂は本当なんですか?」
いぶかしげな視線でケイを一瞥してリラへと目線を向けなおした彼女の問いに、リラは素直に回答する。
「初めてのことなので確実な証拠はありませんが、ワタシたちはそう判断しています。彼については、しばらくシェーナと行動をともにしてもらうつもりです。医療班への配属は適性を見て、と考えています」
「そうなんですね……」
(不審者を見るような視線を感じるけど……仕方ないか)
再度多数の視線が自身に集中し、ケイは内心で苦笑いするしかない。行動をともにすると説明されたシェーナがこの場にいないことも、彼の孤立無援感を高めることとなった。
そこにケイからすれば追い打ちというべきか、援護というべきか、昼間とは打って変わって元気なルノがきれいに響く声で乱入してくる。
「ケイとはアタシが契約したから、もし何かあったら何でも言ってね! いやらしい視線を感じたとか、着替えのぞかれたとか―――」
「おい、なんかすごい悪意を感じるぞ」
集まっている視線がまるでゴミでも見るかのようなものへと変化しつつあるような気がして、ケイは思わず抗議を口にした。ルノの明るい声音によって場の空気は多少暖かくなったものの、少女たちからの視線の温度は急低下している。
「あー、気のせい気のせい。よし、それじゃ会議はこれで終了! みんな持ち場についてー」
いたずらを成功させたときのような無邪気な表情が見え隠れするルノは上機嫌でケイの言葉を受け流し、集まっていた同志たちを解散させた。
「……はぁ」
そうするとルノのカリスマ性なのか少女たちのまじめさなのか、ケイがため息をついている間に天幕の中は使徒の二人と彼だけになった。どこか満足げに胸を張っているルノの子供らしさは微笑ましいが、当事者にとっては文句の一つでも言いたくなる。
「ケイ? どうしたの?」
しかし、そこに用事を終えたシェーナが戻ってきたことでケイは文句を飲み込んだ。
「あ、シェーナ。いや、なんでもないんだ。それより、そっちも思ったより早かったな」
「神泉≪しんせん≫で身体清めるだけ、だから。それに、濡れても魔術ですぐに乾かせる」
感情の読み取りづらい薄い表情で頷きながらちょっとした説明をするシェーナ。彼女は戦闘前の慣例である清めの儀を行うため、神泉と呼ばれる浴場へと足を運んでいたのであった。いわばお風呂上りのシェーナだが、言葉の通り魔術で乾かしたであろう美しいブロンドの長髪はさらさらと輝いている。
魔術を便利なものだと思いつつも、使徒の二人を放置しているシェーナの自由さに少々不安を覚えるケイ。ただ、使徒様たちは気にする様子もなく二人で何かしら話をしているため、彼も小さなことは気にしなくていいと思いなおした。
「そういうことか。魔術って便利だな」
「うん。ケイは使えないから、私がそのぶん頑張る。それじゃ、私たちも行く?」
ぐっと小さなこぶしを握りやる気を出しているシェーナの姿に、ケイは感謝と申し訳なさを覚えつつも頷こうとして――――。
「ん? ああ。持ち場に――――」
いきなり手を取られた。
「へ?」
「<風ノ加護>」
そしてシェーナが魔術を発動したかと思うと、そのまま引っ張られて天幕から退場させられるケイ。まったく抵抗できないままに連れ出された理由が、自身の身体がわずかに地面から浮いているためだと彼が気づいたときには、すでに遅かった。
手を取って先導するシェーナが軽やかに上方へと飛び上がると、重力に逆らった魔術の力が本来あるべき落下という現象を打ち消して宙へと身体を留めさせる。
未知の浮遊感に戸惑ったケイがその現状を認識した時には、彼自身の肉体も重力の枷から解き放たれていた。
「ちょっ! ちょっとまってっ! シェーナさんっ!?」
ぐんぐんと上がっていく高度と比例するように、ケイの内の恐怖心も増幅していく。もはや恥など忍ぶ余裕もなく、彼は絶叫しながら落下の恐怖に耐えかねてシェーナへと抱き着いた。
「ケイ、近い。落ちないから少し離れて」
状況的に仕方ないものの、異性に思い切り抱きつかれたシェーナは少々恥ずかしいのかケイを押しのけようという動作をした。
「いやいやいや! 俺、飛んだことなんてないんだって! 高いとこもダメなんだって!」
しかし火事場の馬鹿力で必死に抱きついているためか引きはがすことができず、しかたないと思ってすぐに諦める。そうするとその状況がだんだんと楽しくなってきたのか、シェーナはご機嫌な様子で微笑んだ。
「ふふっ。やっぱりケイ、面白い」
「いや、マジで無理なんだって! 笑ってないでおろしてくれっ!」
ケイの必死の絶叫に反してさらに上がっていく高度。心からのお願いは、むしろ今のシェーナに対しては逆効果であった。
地上からその様子を見ていた二人の使徒のうち、リラはずっと気になっていた疑問をあいまいな言葉で口に出す。
「ルノ、いいのですか?」
「ケイのこと? それなら問題ないでしょ。シェーナと一緒なら」
しかしルノにその真意は伝わっていないようで、リラはわずかに逡巡を見せながらも問い直した。
「……違います。シェーナのことです。次期使徒である彼女に男を近づけてもいいんですか?」
「たぶんだけど、ケイが手を出すことはないと思うわ。理性強そうだし、そもそもそんな度胸なさそうだもの」
馬鹿にした笑いを浮かべながら愉快そうにそう答えるルノ。深紅の瞳はなおも上空を向いている。その横顔を覗き込みながら、リラはもう一度迷いながら言葉を紡いだ。
「その……シェーナの方から、ということもあるのでは?」
「それこそありえないわ。あの子は自分の立場をよくわかっているはずだし」
「そうだといいんですが……」
赤い月を思わせる瞳に複雑な感情を宿らせつつもそう断言したルノに対し、リラはまだ自分の考えを否定しきれていない。
そんな二人の使徒たちの会話など知る由もなく、自由な少女とそれにしがみつく青年は十二星座が同時に煌めく夜の空を翔け、黒い影との戦場へと出陣したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます