10. 初めての戦場、その前に-1
真上にあった太陽が徐々に降下を開始しつつある昼下がり。
コケコルドンと呼ばれる巨大な鶏のような生物のものであろう肉の塩焼きと固めのパン、ちょっとしたサラダとスープという、ケイから見てもきちんとした昼食を終え、この地を治めるおとめ座の使徒ルノの私室にはその後継と目されている候補星のシェーナが呼ばれた。
話せずとも口を動かすことのできるルノがリラにゆっくり食べさせてもらっていたこともあり、ただその光景を眺めながら雑談をするしかなかったケイとしてはようやく気まずい空間から解放されるときが訪れたという心持ちである。
『―――それじゃあケイのことはシェーナに任せるわね。お世話係兼、護衛兼、監視役兼、情報収集担当ってことで! 部屋も一緒にしとくから!』
「うん、わかった」
ただ、ベッドの上で眠っているようにも見える使徒様のとんでもない発言が頭の内に響き、その指示を受けた方も抵抗なく頷いてしまったのだから、ケイは焦ったように異議を申し立てることとなった。
「ちょっ、ちょっと待ってください、ルノさん! 仕方ない理由があるかもしれませんけど部屋まで一緒って……。シェーナはそれでいいのか?」
「なにか問題、ある?」
隣に立つ少女に小さく首を傾げられ、ケイは頭を抱えそうになりながら使徒様の返事を待つことにした。ちなみにルノの横に控えているリラは、ケイの件に関してルノに任せることにしたためこの場で口を出す雰囲気はない。
つまりケイは孤立無援ということである。
『理由があるって分かってるんでしょ? そう、部屋が足りないのよ。それにここの砦って男の人いないから、ケイが一人でいるとみんなを不安にさせちゃうかもしれないし。その点シェーナは強さ的にも関係性的にも適任なの』
「それはそうかもしれませんけど……」
『さっき年下には興味ないって言ってたじゃない。あれが嘘ならいろいろ見直さなきゃいけないんだけど』
「嘘じゃありませんって。はぁ、わかりました。シェーナがそれでいいなら従います……」
当然の帰結として、ケイは抵抗をあきらめた。そもそもわがままを通している居候のような存在という自覚が彼にもあるため、従う道しかないとも言えるのかもしれない。
ため息をつきながら白旗を上げたケイの横で、シェーナが乏しい表情に多少真剣味を持たせながら頼もしい言葉を口に出す。
「私に、任せて。ちゃんと、守ってあげる」
「ああ。頼むな、シェーナ」
『ねぇ、なんかアタシとシェーナで距離感違わない?』
そんな二人の雰囲気を察知し、ルノは何かが気になったらしい。
とはいえ、ケイからすればルノがそれを気にすること自体が疑問であった。
「……当然では? ルノさんはこの場の責任者で契約上の雇用主なんですから」
『契約といっても口約束でしょ。ここの星紋を授けようとしてもなんでか上手くいかなかったし、ここの領民になったわけじゃないんだから関係は対等のはずよ』
月に一度、満月の夜にこの国の央都において十二使徒が集まって近況報告が行われる。その場では領地の変更を希望する者の手続きも行われ、使徒が自身の星紋を授けるという儀式が行われるのだが、数刻前に同じことを試してみてもケイの右手におとめ座の星紋が宿ることはなかった。ちなみに天秤座の星紋も試したが駄目だった。
それはともかく、礼儀を重んじる生き方をしてきたケイは使徒様という明らかに目上の少女に対してなれなれしく接するのに抵抗がある。
「いや、こっちは何も返せないのにいろいろとお世話になっているわけで、しかもわがままを聞いてもらってここに残るんですから――――」
『あーもう、めんどくさい! アタシが対等でいいって言ってるんだからそれでいいの!』
これまでになく大きな声が彼の頭の中に響いた。使徒と呼ばれていても年頃の少女なのだと、それによって理解させられ、ケイは大人としてそのわがままを受け入れることに決める。
「……はぁ、わかったよ。ルノもまだまだ子どもなんだな」
やれやれといった様子で。
『なっ……!?』
「ルノ、ケイさん。そのくらいで。ルノはそろそろ夜に備えて休まないと。シェーナはケイさんを医療班へ案内してください。今晩から早速働いていただきますので」
それをどう受け取ったのかルノが感情的になりかけたものの、付き合いの長いリラがそれを遮ってこの場を取り持つ。
「……りょうかい、です。ケイ、いこ」
「ああ。よろしくな」
静観していたリラに突然促されたシェーナはわずかに戸惑いを見せたが、判断には迷いがなく身をひるがえして扉へと向かった。それに続いたケイの背中越し(とはいっても魔術なので物理的にはそうではない)に、ルノが叫ぶ。
『ケイ! まだ話は終わってないわよ! 顔は見えてないけどぜったい小馬鹿にしたでしょ!』
「ルノ、どうせ夜になれば直接話せるのですから続きはそのときに―――」
後のことはリラに任せ、二人は足早にその場を立ち去ったのだった。
―――――
「―――そういえばシェーナ、さっき昼飯を食べてて思ったんだけど、料理って誰がやってるんだ?」
「今日は私が当番。狩りに行って、それを調理するまでが仕事、だから。おいしくなかった……?」
案内のため前を歩くシェーナに向けてケイが尋ねると、彼女は立ち止まってから振り返り、無表情の中にわずかな不安を滲ませながら首を小さく傾げた。それを見たケイはきちんと本音で返答する。
「いや、美味しかったよ。ごちそうさま。俺が気になったのはこの世界の食文化で、ほかにどんな料理があるのかなって」
「それならよかった。料理はみんな似た感じ。 昼間のうちに獣とか、魚とか、外で取ってきて、食べる。パンとかの穀物、野菜とかは、街のほうから届く」
言葉の通り喜色を含んだ顔色で、いつもより少しだけ饒舌になるシェーナ。褒められるとやはり嬉しいのだろう。その様子を微笑ましく感じつつ、ケイは問いを重ねた。
「えっと、味付けは?」
「塩、コショウ……いろんな植物、とか?」
「シンプルなものばかりってことか……。あとで厨房にもいってみていいか?」
「うん、いいよ。このあとも調理しないと、だから」
日没後の戦闘に備えてなのか、戦闘中の補給なのか。ケイには判断がつかなかったが、何か手伝えるのならやれることをやろうと、彼はシェーナの背中を追いかけながらやる気をみなぎらせるのだった。
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