8. 進むべき道
「なっ……!」
驚愕の表情で目を見開き、理解できないといった様子で呆然と立ち尽くすケイ。対照的に冷静なリラは最初だけ首を傾げていたものの、すぐに合点がいったのか困り顔で小さく頭を下げながら口を開く。彼女が言葉に出したのは、謝罪とお願いであった。
「あ、いえ。すみませんでした。異世界からの客人なのですから価値観の相違はあって然るべきですよね……。ですが、そのことをケイさんにも理解してほしいと思います」
異世界で戦う少女から美しい紫紺の瞳で見つめられたケイは、その言葉を聞いても納得など到底できるはずがない。ベッドの上で休むもう一人の少女へとチラッと視線を向けると、そこに重なるのは大切な人の幻影。彼女もまた、神という存在を信じ、願い、祈る者だったのだから。
(……価値観が違うのは当然だ。でも、それでも……こんなことが許されていいとは思えない。だってそうだろ? 年端もいかない少女たちが自由を奪われながら終わりの見えない戦いに身を投じ、そのまま天へと還ることを正しいことのように考えているなんて。それが神の手によるものなら、なおさらだ。やはり神なんてものは――――)
『大丈夫。ケイは正しいわ。リラはまだ何も失っていないからそんなことを言えるだけ。あ、反応はしないでね。ケイだけに話しかけてるんだから。このあと時間をつくるから詳しくはそこで聞かせてあげる』
黒い感情に思考を支配されそうになったところで頭の中に直接話しかけられ、ケイは彼自身も訳が分からないうちに心が落ち着き、その思考も完全にクリアとなる。
(ルノさん……? って、あれ。もしかして思考読まれてね?)
『いいえ。ケイが分かりやすいだけよ』
(……そういうことにしておこう)
ルノとのやり取りのおかげで冷静になったケイは、自分の考えをリラへ伝えることに意味がないことを理解した。強張っていたであろう表情を緩め、彼の方からも頭を下げながらふと沸き上がった疑問を言葉にする。
「……はい。こちらこそすみません。ただ、その……身体機能を捧げるということは戦闘に支障をきたしますよね? ルノさんももう戦えるとは思えません。力の代償とはいえ、使徒様の代替わりの頻度は相当なものになりませんか?」
何度見ても大切な人の姿を映し出すルノという少女へと視線をやり、目の前の現実に向き合う覚悟を決めるケイ。いったいこれまでにどれだけの少女が命を落としたのか。ルノももうすぐ天へと召されてしまうのか。
現在の情報だけでは相当非効率なシステムで戦っているわけで、それが神の作り上げたものだとするならば愚かとしか言いようがない。そんなことを考えつつも、ケイは不思議と感情的にならないままそれを尋ねることができた。
問われた少女は白銀の長髪を揺らしながら答える。
「代替わりはほとんどの場合一年から二年の周期で行われます。そして戦闘能力の低下という部分についてですが、それは問題ありません。星が輝いている夜の間はすべての肉体機能が返還されますので。ルノも……まだ、戦えます」
「そう、ですか……。あ、ところで、戦争は終わらないということでしたけど、この大陸全てを太陽神様の加護下におけば影の軍勢は出現しなくなるのでは?」
どこまでもふざけたシステムだ、とケイは内心で憤りを覚えた。しかしここで感情的になってもどうしようもない。悲しそうにルノの方を見ているリラを困らせるわけにもいかず、彼は話を切り変えることにした。
とっさの話題の転換は辛そうにルノを見ていたリラにとっても有難いことだったようで、彼女は特に何も言わず先生のような雰囲気に戻る。
「その通りですね。理論上は」
「つまり、今の領土が戦線を維持できる限界ということですか?」
「はい。魔術は誰にでも扱えますが、戦闘に参加できるレベルとなるとそれほど多くありません。そこに使徒の力を加え、少し前までは領地を拡大していたようですが、ここ数十年間は戦線の維持で精一杯となっています」
「戦力の増強が見込めないのであれば、確かにどうしようもありませんね……」
「戦力確保のために人口を増やせば土地もさらに必要となりますし、バランスが難しいのだと思います。都市部では色々と政策が施行されているようですけど、こちらにはあまり関係のないことですからあまり情報は入ってきていません」
話を聞く限りこの戦場から都市部へ戻るという機会はほとんどないのだろう、とケイは推測した。
使徒になってその身を捧げれば、日中はベッドの上、夜は戦闘の毎日だ。身体の自由を奪われ、ルノの場合はたとえ家族と会ったとしても姿を見ることもできなければ、自分の声で話すこともできない。声を聴くことができない他の使徒も当然いることだろう。
民を守るためとはいえ、使徒たちはどれだけのものを犠牲にしているのか。きっと候補星として戦場に出る時から、彼女たちの戻る場所はここだけになってしまうのだ。
この事実を知らなければよかったと思う自分と、知ってよかったと思う自分。どちらも存在したものの、ケイの中にある自分の進むべき道はただ一つだった。
それはおそらく偽善で、求められていることでもなくて、ただ自分がそうしたいというワガママなのだろうと、彼は冷静にそう考える。きっとそうしたからといって何が変わるわけでもない。大切な人と再会する可能性を自ら捨てるようなものだということも分かっている。ただ、そうだとしてもここで何もしないという選択肢へと進むのは裏切りだ。自分自身、そして大切な人に対する―――――。
「……それはこの戦場から都市へ戻る人間がいないからですか?」
「それは……そうですね。戦場で命を落とす者ばかりですから」
「あの……いきなりですけど、砦の医療体制はどうなっていますか?」
「? えっと、治癒魔術の適性者は稀なのでどこの砦も十分とは言えません。応急処置が素早くできていれば助かったはずの命も少なくないですから……」
強い光を宿した星のように輝く黒い瞳で、これからの道を決定づけるその言葉を紡ぐ。決意とともに。
「ひとつ、お願いがあるのですが―――――――」
窓から差し込む太陽が、その熱で彼の背中を押しているようであった。
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