7. 異世界と使徒


 「――― つまり、この大陸には国が一つだけで戦争というのは人間相手のものではないと……?」


 徐々に太陽が昇っていき、そろそろ最高到達点へと達しようかという正午前。窓から差し込む陽の光が増幅されているようにも思われるほど明るく暖かい室内には、二人の少女と一人の青年。部屋の主であるルノという少女がベッドの上で大人しくしている横で、もう一人の少女リラと異世界からやってきた青年ケイが真剣に会話している。先の問いかけは、ケイが受けた説明に対して確認のために尋ねたものだった。


 教師のように真面目な雰囲気を纏いながらも慣れない説明の仕事にやりがいを感じているリラは、普段よりも言葉数多めでそれに答える。


 「はい。夜になると太陽神様の加護がない土地では夜影の軍勢が出現しますので、この国を除いて人が暮らせる場所はこの大陸上には存在しません。そういったわけで、夜影の軍勢と呼ばれる存在がワタシたちの敵であり、終わらない戦争の相手ということになります」


 「あの……昨日の夜は外で寝てたんですけど、どうして自分は生きてるんでしょうか?」


 実情を知ったことで改めて昨夜の無警戒な行動を思い返したケイが苦笑いを浮かべながら問いを声に出した。その様子がおかしかったのか、リラは魅力的な微笑を見せつつも、どこか彼をからかうように返答する。


 「昨日は満月でしたからね。満月の日は唯一影たちが出現しない日なんです。でも普通の魔物たちは活動しているので、そこは運がよかったと思うべきかと。無力なケイさんでは起きていたとしても何もできず殺される相手でしょうし」


 「そ、そうですよね……。あれ、魔物たちは影の軍勢には襲われないんですか?」


 「ええ。影たちが襲うのは太陽神様の加護を受けたこの国の人間だけですから」


 「光と闇は相容れないということですか……」


 音になっているかも怪しいくらいの小さな呟きに対し、太陽の光を美しい白銀の長髪に反射させている少女は諦観の混じった声音で言葉を返した。


 「ケイさんの元いた世界でもそういうものなんですね。ただ、相容れないといいますか……彼らはほとんどが意思疎通もできず、しかも夜の闇からいくらでも生まれ出るという性質がありますから、こちらが停戦を望もうともこの戦争は終わることがないんです。ワタシたちが滅びを受け入れない限りは」


 「……その戦いの最前線に立つのが、お二人のように使徒と呼ばれる存在ということですか?」


 やり場のない様々な感情をリラの言葉の端々から感じ取ったケイは、遠慮がちでありながらも意思のこもった声で問うた。その黒い瞳には内にある複雑な感情が渦巻いているようで、けれど現実から目をそらすことなどありえないという芯の強さが見て取れる。


 「そうなりますね。ワタシはまだまだ新米なので、ルノのように何度も新月の夜を乗り越えた本物の使徒様たちと同列視されるのは複雑ですけど」


 「あの、使徒様はどのくらいの人数がいらっしゃるんですか?」


 ベッドで死人のように静止しているルノの顔を見つめながら自嘲気味に答えたリラの言から、『使徒様たち』という部分に注目したケイはその疑問を口に出した。確かに最高戦力がどれほど存在するのかは気になることだろう、そう思ったリラは隠すことなく、隠す必要を感じることもなく丁寧に答える。


 「使徒という肩書は十二ありますが、人数は十三人ですね。ワタシはてんびん座の使徒で、ルノはおとめ座の使徒となります。ふたご座の使徒は二人で一使徒とみなされるので、人数が一人多くて―――――? どうかしましたか?」


 「あっ、いえ。ただ驚いただけです……。元の世界と同じ星座の認識をしているので。そういえば夜空にも十二星座が並んでいましたけど、あれも何か関係があるんですか?」


 「そうでしたか。もしかしたらどこか近しい世界なのかもしれませんね。ケイさんの世界はとここは……。えっと、質問の答えについてですが、もちろんその通りです。空に浮かぶ星々は使徒たちの状態を示していて、それぞれの状況を確認できる仕組みになっています。ここと同じような砦が首都を中心にして大きな円周上に十二、等間隔に配置されているので、星々の状況を見ながら危険があれば近くの砦へと支援に向かったりもしています」


 具体的に使徒がどうであれば星がどうなるのかまでは説明がなかったものの、それを自分が知ったところで意味がないことをケイは理解していた。他の使徒たちもルノと同じような状況だったとして、それが分かろうとも彼には何もできないのだ。魔術という一種の奇跡が存在する中で治療されていないのだから。


 そんな思いを抱えながら、ケイは目の前に二人の使徒様がそろっている現状について確かめる。


 「……そうするとリラさんはルノさんの助けに来ているということですか?」


 「いいえ。ワタシたちは例外なんです。てんびん座の使徒はおとめ座の使徒と一緒にいないと神星術を使えないので。そういったわけで二つの砦を二人で守っているということになりますね」


 よく分からない単語が出てきたものの、会話の流れで特別な力のことだろうと理解したケイは、新たに生まれた素朴な疑問を言葉にする。


 「……防衛の範囲が広すぎませんか?」


 「きちんと対策を立てているので心配はありません」


 「ですが実際にルノさんの身体は傷ついていますし、リラさんも代替わりしたばかりだと……」


 チラッとルノの方へと視線を向けたケイは、見かけでは分からないその痛ましく凄惨な肉体の損傷を思い返し、さらにこれまでの情報から、つい最近一人の使徒が戦えなくなったという事実へと思い至ったために、問題があるのではないかと予想したらしい。


 しかし、真実はまったく異なっていた。


 「ルノの失われた身体機能や代替わりの理由は神星術の代償であって、戦闘での負傷によるものではありません。人間には強大すぎる太陽神様から与えられた星の力を行使する代わりに、使徒は身体の機能を太陽神様へと捧げているというわけです」


 「ルノさんが言っていた『捧げる』っていうのは、そういうことか……」


 (でも、ルノさんは既に戦える状態ではないはずなのに、どうして代替わりを―――――)


 脳内に直接響いたルノの声を思い出しつつ、小さな呟きを零すケイ。沸き上がった疑問を実際に口から出そうとした彼だが、それは叶わなかった。リラの言い放った想定外の言葉が、それを許さなかったと言ってもいい。


 「そして限界まで神星術を行使した使徒は天に召され、次の使徒が各領地の候補星と呼ばれる少女たちから選出されます。……ルノの後継はおそらくシェーナだと――――」


 「ちょっ、ちょっと待ってください! 天に召される……つまり、終わらない戦いを続けて、身体の自由すらも失って、その先に待っているのが神の手による死だっていうんですか!?」


 理解できない現実に直面し、周囲を気にする余裕がなくなってしまったケイは、叫びに近い悲鳴のような声を上げて立ち上がり、激情に揺れる瞳をリラへと向ける。



 突如響いた大声に顔をしかめたてんびん座の使徒はきょとんとした様子でアメジストのように美しい瞳を丸くし――――


 「……何を怒っているんですか? それが使徒の役目であり、太陽神様の手で天界へ帰るということは使徒のみに許された栄誉だというのに」


 小さく首を傾げながら、平然とした様子でそう答えたのだった。


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