第5話

「どんな交渉人が来るかと思えば、お兄さんだったとはねぇ……」

 引き戸を開けたところで突っ立っている柾木とその連れを見て、煙管きせるをくゆらせながら面白そうに、交渉相手である本所隼子ほんじょ じゅんこは言った。

「その節はどうも、大変美味しかったです、ごちそうさまでした」

 柾木は素直に頭を下げる。

「ましてや女連れ、しかも二人も連れてると来た。あんた一体何考えてるんだい?」

 一癖ありそうな微笑と共に聞く隼子に、頭を掻きながら柾木も答える。

「……それが、こっちにも色々事情がありまして」

「どういう事ですの柾木様?この方と既に面識がございますの?」

 我慢出来ずに聞く玲子を横目で見つつ、隼子は柾木に促す。

「ま、立ち話も何だ。そんなとこ突っ立ってられると世間体も悪いしね、とにかくお入り」


 日曜の昼過ぎ、柾木は玲子と五月を連れて、本所隼子の営むスナック「轆轤ろくろ」を訪れていた。多人数で、しかも偉丈夫二人も連れてでは圧迫感が強すぎるという事で、柾木の頼みで時田と袴田は路駐を取られないよう適度に移動しつつ近くに車で待機している。

 隼子は、柾木達にカウンター席に座るよう勧め、自分もカウンターの内側に入り、外からはよく見えないが置いてあったのだろう、高めのスツールらしきものに腰を下ろす。

「一応、連絡はあったからね。あんたが「協会」の交渉役ってわけだね?」

「そういう事になります、北条柾木といいます、よろしくお願いします」

 改めて柾木は頭を下げる。

「こちらは付き添いの西条玲子さんと青葉五月さん、何しろ僕はこういう交渉事は初めてですので、心配してついてきてもらいました」

 文法的には主語がどちらかわからない言い方だが、ニュアンスは伝わったらしい。

「ふうん……」

 品定めする目つきで、隼子は会釈する玲子と五月を交互に見る。

「……察するに」

 言いながら隼子は玲子に向いて、

「お嬢ちゃんがこのお兄さんにほの字で」

「なっ」

 五月に向き、

「あんたは、その用心棒ってとこかい?」

「いえ、私は」

 にまぁ、と人が悪そうな笑顔で、隼子は湯飲みを三つ出しつつ、言葉を重ねる。

「惚れた腫れたは隠そうたってそうは行かないさね、それよりあんた、ここいらで顔、見た覚えがあるんだけど。それに、色々物騒なもん持ってるね?」

玲子に向けて言ってから、隼子は五月に向き直り、聞いた。

「……参りました、こりゃ生半可じゃ通じないって事ですね」

 煙管の吸い殻を左手にポンと取り、隼子は新しく火皿に詰めた煙草に器用に吸い殻から火を移す。それを見ながら、あきらめ顔で五月はぼやき、

「私はお会いした覚えはないんですけど、一番街の方のお店でバイトしてますから、どこかで見かけられててもおかしくはないですね」

「なんて店だい?」

伯林ベルリンっていうバー、御存知ですか?」

「ああ……そこなら知ってるよ。そういやこないだ、あの辺でボヤだか何だか出てなかったっけか?」

「うっ……」

 五月は直撃弾を被弾して沈黙し、俯く。いや、ボヤじゃないんだけど、とか何とかブツブツ言って目を逸らす。

「……さてはあんた、なんかやったのかい?」

 どうしよう、言った方がいいのか悪いのか、いやいや、ここは下手に口を突っ込まない方がいい。柾木は、藪はつつかない事に決める。

「今更お互い隠し立てしたって始まらないさね、「協会」から来たって事は、あんた達はあたしがろくでもないもんだって聞いてんだろ?あたしだって、あんた達がただもんだとは思っちゃいないさ。別にお互い取って喰おうってわけじゃないんだ、正直にお言いよ」

 格が違うというのか、年期が違うというのか。何とはなしに、逆らいづらい雰囲気を出す隼子に、五月が無意識に折れる。

「……それやったの私です……ちょっと訳ありで、ある人から逃げようと思って、その、符術で」

「あんた、陰陽師?」

「いえ、ただの自己流の拝み屋です」

「そう……いやね、「伯林」に占いの上手い子が居るって聞いた事あったけど。そうか、さてはあんたかい」

「上手いってほどじゃ……」

 言って、顔を上げようとした五月は、柾木を挟んで座る玲子がひっと息を呑むのを聞く。同時に、柾木も身を固くしたのが五月には気配でわかる。そして、目の前の妖気が、急に膨れ上がったのは、柾木や玲子の気配の変化よりも強く、はっきりと認識する。

「素直な子は好きだよ、そうしたらあたしも正体見せないといけないよねぇ」

 カウンターの向こうに居るはずの隼子の声が、さっきより近くから聞こえた。

 顔を上げた五月は、目の隅で、玲子が柾木にすがりついているのを見る。と同時に、カウンターの上・・・・・・・に、隼子の顔があるのも見る。

「あたしは、こういうもんさ」

 長く伸びた首をわずかになまめかしく揺らしながら、隼子は、言った。

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