第2話 出会い

朝八時、スマホのアラームをとめる。確か三十分前にも同じことをした気がする。

多分二度寝だ。このなんとも言えない後悔は、いや、後悔とも言えない後悔は、まぶたに絡まりついた眠気を取り払うには力不足だった。

景色がぼやけている。布団からむくりと起き上がり、枕元にあるはずの眼鏡を手の感覚だけで探り当て、とってかけた。景色の霧はほとんど消えた。

そのまま一階に降りて、脱衣所で服を脱ぎ、シャワーを浴びる。やっぱり朝シャンはいい。うすもやが無くなるし。寝癖を直せるし。ついつい長居してしまう。

そんなことを思いながら、細身の体を拭いて制服を着た。シンプルなワイシャツに黒のズボン、紺色のネクタイ。鏡を見ながらいつも、もやしだなぁ、と我ながら思う。

朝ごはんは時間がないので食べずに家を出る。これが毎日だから、別に変な時間にお腹が空くことはない。入学のシーズン、道端の桜が今にも散りそうなくらい咲いていた。


「桃木太郎」


これが俺の名前だ。完全に桃太郎だ。太郎なんて名前はありきたり過ぎるのに、桃木という苗字の下ではとんでもないキラキラネームになってしまう。よくこんな名前をつけたなと、この時期になると常々思う。春は別れと出会いの季節だ。自分の名前を言う度に親のことを恨む。顔も思い出せないくせに。

小さい頃はもてはやされたが今は笑われるだけだ。キラキラネームの宿命だろう。嗚呼、人生、キラキラネーム。

そんな意味のわからないことを考えていたら後ろから衝撃が走る。


どんっ!


「おはよっ!」

「いっ...てぇ...」

衝撃の主は申し訳なさなど微塵もなく、思いっきり口を開いて笑う。まるで桜とは違う、なにか別の花が咲いたようだった。この笑顔は怒る気を無くさせる魔力があるようだ。ただ怒りが呆れに変わってしまうだけかもしれない。

こいつは乾紗栄子。幼稚園の時からずっと一緒の腐れ縁だ。女子バレー部で美人でスタイルがよく、割とモテるらしい。こいつのどこがいいんだろうか。

「今日から三年生だねっ!」

「ん、そうだな。」

「あぁ、楽しみっ!」

「なにが?」

「クラス替えだよ。桃ちゃんと同じクラスになれるかなぁ。」

「桃ちゃんって言うな。」

「えー、なんでよ。可愛いじゃん。」

何回繰り返したか分からないほど今までしてきた会話だ。どうせ変わらないと思いつつ、つい言ってしまう。すかさず乾は、こう言った。

「担任は誰がいい?」

心底どうでもいい質問だが、考えるふりをしながら道端にポイ捨てされていた空き缶をゴミ箱に入れた。こういうのを見るとそのままにしておけない。

「ほんとに桃ちゃん、根は真面目だね。もっとやる気出せばいいのに。」

「桃ちゃんって言うな。別にいいんだよ。俺みたいな凡人は平々凡々な道を歩めば。」

「えー、勿体ない。」

そんな他愛もない会話していると、乾が急に大声を出した。

「あっ!サル!」

乾が指をさしながら叫ぶ。

「うるせぇ!俺はサルじゃねぇ!幸村申一だ!」

申一は野球部で坊主。制服の袖から日焼けして筋肉質な腕が見える。身長は小さく、一見中学生に見えるほどだ。乾とはまさに犬猿の仲で、大体いつも言い争いをしている。もう慣れた。

「サルみたいにこんなに可愛いのにねぇ。」

乾が申一の頭を撫でながらからかう。その手を払いながら申一が俺に話しかける。

「おはよう、太郎。今日はクラス発表だな。お前と一緒のクラスになりたいぜ。」

やっぱりこいつらの思考回路は似ている。口に出したら二人からパンチが飛んできそうなのでやめておく。

「そうだな。」

すると乾が会話のに入り込んでくる。

「サルと一緒のクラスは嫌だなぁ。」

「俺もイヌとは嫌だよ。」

「誰がイヌよっ!」

「お前しかいないだろ!」

「うるさい、チビザル!」

「誰がチビザルだ!!」

あー、また始まった。そう思いながら学校へ向かう。

「うるさいぞ、乾、幸村。」

鶴の一声ならぬ、雉の一声だ。

校門前で喧嘩を止めたこの男は、雉岡慎也。生徒会副会長で、人望も厚く、女子からの人気が高い。勉強できて、運動もできる。こういうのが人の上に立つ人間なんだなぁ、としみじみ思う。

「雉岡くん、おはよう。」

乾は雉岡の前だと人並みに声量が小さくなる。

「あぁ、おはよう。」

綺麗に結ばれたネクタイが揺れる。

「慎也、おはよう。」

「おはよう、幸村。」

申一も雉岡なことは慕っているようだ。雉岡が居るとまとまりが出る。やっぱり凄いやつだ。

「桃木もおはよう。」

「ん、おはよう。」

二年生の時から、この四人組でいつも遊んでいた。この四人がバランスがいいのかもしれない。確かにこの輪の中にいると心地がいい。

校門をくぐり、校舎に入る。昇降口の前に新しいクラス割が貼り出されていた。

「桃ちゃん!一緒のクラスだよ!雉岡くんも!」

乾が嬉しそうに飛び跳ねながら言う。

「俺も一緒だぞ。」

申一が乾を見上げて言う。

「まぁ、どうでもいいけど。」

サルと一緒は嫌だ、とか言うと思った。今日の乾は機嫌がいいらしい。雉岡と一緒のクラスになれたからだろうか。確かにこの四人全員が同じクラスになったのはこれが初めてで、俺もちょっとだけ嬉しかった。

上履きを履き、教室に向かう。三年生は二階、二年生は三階、一年生は四階に教室がある。登る段数が少なくなると、一気に学年が上がったのを実感する。

教室に入り、俺の机に集まって四人で話していた。まだ寝足りないので寝たい気分だったが、まぁいいかと話を聞いていた。いつもの如く、乾と申一の喧嘩が始まる。雉岡も慣れたのかすぐに止めようとはしない。ただ単に呆れているだけなのかもしれない。

チャイムがなり、担任の先生が教室に入ってくる。

「おい、桃太郎軍団、うるさいぞ。」

俺ら四人組は先生やクラスメイトから桃太郎軍団と呼ばれている。お気づきの方もいるだろうが、俺桃木太郎は桃太郎、乾紗栄子はイヌ、幸村申一はサル、雉岡慎也はキジが名前に入っている。桃太郎軍団って言われると俺がリーダーみたいな感じが出て、呼ばれてあまりいい気はしない。

「鬼退治の話し合いでもしてるのか?」

担任の先生は立て続けに言う。このご時世、鬼なんてどこにいるだろうか。なぜ鬼を退治すれば褒められるのだろうか。桃太郎なのにそんなことを考えてしまう。

3人が自分の席に戻り、ホームルームが始まる。

「今日は転校生を紹介する。」

またベタな...。

教室のドアが開いて入ってきたのは可愛らしい女の子だった。クラスの男子は少し驚いて、髪型やネクタイを整えだす。



「鬼塚いちかです。よろしくお願いします。」

何故か睨まれた気がした。


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新説 桃太郎 山井さつき @kyo__goku

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