第49話 ダンジョンを統べるもの(中編)

 アーデガルド達の戦いのその脇で、巨漢の闘士ジョウ重戦士ゼムはゴルドンと共に巨大な死霊の魔物と戦いを繰り広げていた。


 攻撃魔法の支援がない分、決定的な攻撃を叩きこめない三人。だが、それでもそれぞれ強力な魔法の武器をもっているので、じりじりとそれを追い詰めていく。そして、体力を削りあうような形となる攻防は、回復で支援するメアリがいる事により、徐々に有利になっていく。


 もちろん、メアリはアーデガルド達の支援をする事も考えていたが、シオンから目でそれがいらない事を告げられてからは、もっぱら巨大な死霊の魔物との戦いに注力するようになっていった。


 だから、彼女はおそらく最初にそれに気づく。巨漢の闘士ジョウの背後に立った、貴族風の男の姿に――。


「元々帰して、のちに使う予定でしたが――。まぁ、この際です。ここで使わせていただきましょう」


 もちろん、背後に驚異的な存在を感じない巨漢の闘士ジョウではない。だが、そもそもレベルドレインを食らっていた巨漢の闘士ジョウにとって、その体は自分のものであって、自分のものでない感覚になっている。だから、その存在に気づきながらも、回避する行動が遅れていた。


 戦いの中では、そのほんのわずかな遅れが致命的になる。


 背後から、巨漢の闘士ジョウの首筋にその牙を突き付けた貴族風の男。その嫌悪感を催す笑みは、犠牲者である巨漢の闘士ジョウの絶叫の中で一際際立ったものとなっていた。


「クソ!」


 呪詛を込めたような重戦士ゼムの一撃とゴルドンの重い一撃を、首筋にかみついたままひらりとかわす貴族風の男。巨漢の男を噛みついたまま退くその男の動きに驚きつつも、二人は追撃の手を緩めなかった。


 ただ、その間にも血を吸われているのだろう。巨漢の闘士ジョウからは、みるみる生気が感じられなくなっていく。


「さあ、生贄はこれで申し訳ないですが、そこそこ楽しませてください、聖騎士アーデガルド・コーデリア・フォン・マリル・エッセンブルト。ただ、気を付けてくださいね。元々の力がかなりあるので、単なる腕力ではこの私よりも強力になっていますから」


 突然、巨漢の闘士ジョウを開放した貴族風の男は、そうやってアーデガルドを挑発する。その男の前で、明らかに異常な目をした巨漢の闘士ジョウが、低いうなり声をあげて周囲を睨みつけた後、ゴルドンに向けて攻撃していた。


「何なん!? アレ!?」

「死んだ? 不死者?」

「それ、どっちなん⁉」


 混乱するアオイとステリの会話に、シオンがその解を告げて次の行動を模索する。


「残念ながら、両方だ。奴の眷属になった。もし、奴の意思が強いなら、まだ自我を保てただろうが、あの様子だと難しいだろう。自我が無くなった時点で、治療は無理だ。だが、今はアレにかまっている場合じゃない」


 注意深く周囲を観察していたシオンは、アオイとステリに次の行動の指示を出しつつ、自らは動揺を隠し切れないアーデガルドの元に駆け寄っていく。


 そして、アオイとステリの二人は即座にその指示に従う事が最善と判断したのだろう。次の瞬間には、二人は速やかに行動に移っていた。


 知り合いがいきなり怪物モンスターに変化する。表には出さなかったけれども、二人もそれを簡単に受け入れることは出来なかったに違いない。


 ただ、別に意味でショックを受けているアーデガルドを除き、この状況でも大半の者が平常心を保てていた。しかし、ある程度話す間柄であっただけに、ゴルドンは攻撃を防ぎながらも、その動揺は隠し切れていなかった。


「ゴル! しっかりしな! アーデ! こっちは何とかする! 起こっちまった事を悔やんでもしょうがないよ! 出来る事をやるんだよ!」


 メアリの叱咤の声が部屋中に響き、それを聞いたアーデガルドとゴルドンの目に火が灯る。


「ふむ、これは困ったことになりましたね。いけませんよ? 人の楽しみを奪うのはね。罰として、少し早いですが、貴女もそうなりなさい」


 さっきの姿とは打って変わり、元の貴族風を取り戻した男がメアリの背後にすっと現れそう告げる。それはまさしくメアリの首筋に狙いすまし噛みつく攻撃の前兆。巨漢の闘士ジョウと同じことをすることは、誰が見ても明らかだった。


「メアリ!」


 その事を察知したゴルドンが、あろうことか巨漢の闘士ジョウに背を向けてメアリの元に駆け寄ろうとする。その隙を巨漢の闘士ジョウが見逃すわけもなく、無防備になったその背中に、渾身の一撃を振るおうと大きく腕をしならせる。


「すまない……」


 だが、それは重戦士ゼムを完全に無視した行動。一瞬ためらいを見せたものの、重戦士ゼムはその大剣を振り下ろす。瞬時に背中から胴を両断され、それ以上動くこともできない巨漢の闘士ジョウ。その彼に、重戦士ゼムはとどめの一撃をさらに加えていた。


「すまない……」


 再び短くそうつぶやき、暫くかつての仲間を見下ろした重戦士ゼムは、今はそれどころではない事を思い出し、彼女たちの状況を確認するべく周囲にくまなく視線を飛ばす。


 ただ、彼がいくら探しても、貴族風の男の姿を見つけることは出来ずにいた。だからその答えを求めて、重戦士ゼムはメアリの近くに集まっているアオイたちの元に駆け寄っていた。


 重戦士ゼムが見ていなかったメアリをめぐる攻防。それはほんの少し前にさかのぼる。


 まさに、ゴルドンがその気配を察して駆け寄ろうとしたその瞬間。狙いをメアリの首筋に定めていた貴族風の男は、自らの首に迫るステリの刃に気が付いていないようだった。素早く忍び寄り、相手に気づかれずに行うそれをステリは、ただ小さくその言葉をもらしていた。


「無理」


 そして、その首をステリが切り落としたことにより、メアリはかろうじて回避に成功する。ただ、首だけになりつつも、メアリに噛みつくことをやめなかったその頭めがけて、今度はアオイの刃が炎を上げて襲い掛かかる。


「ホンマ、きしょいって、それ! しつこいねん! 嫌われるのわからんの?」


 アオイの文句が効いたのかはわからない。ただ、煙のように消えた貴族風の男は、すぐに彼女達の前には現れなかった。だが、再びその姿をかなり離れた場所で現したその時。アーデガルドとシオン以外の者達は、同じ場所に集まっていた。互いの背を守るために。


「いいですね。いいですよ、あなたち」


 まるでそのことを狙ったかのように、貴族風の男の頭上に、燃え盛る炎の塊が出現する。それと同時に魔法陣が展開し、何者かを呼び出す準備が整えられていた。


「みんな!」


 シオンに諭され、立ち直ったアーデガルドが叫びながら、それを阻止すべく貴族風の男に走り寄る。だが、そこまで行くには距離がかなりあった。しかもその行く手には、いつの間にか多数の死霊の魔物が召喚されている。まるでその存在で、分厚い壁を作るかのように。


 ただ、それでもアーデガルドはそこを目指す。そして、今まさに解き放たれた炎の塊が、アーデガルドの行く手を遮る死霊の魔物達の頭上を通過するその瞬間。猛々しい赤を白銀へと塗り替える、シオンの氷結魔法が完成していた。


「『嘆きの氷結』」


 あれほど燃え盛っていた炎の塊を一瞬で飲み込み、そこにいた多数の死霊の魔物をも飲み込んで、限定的な氷の世界がそこに生まれる。その手前で急停止するアーデガルド。そのあまりの温度変化に驚きつつも、彼女の行動は止まらない。その場を迂回して、彼女はそのまま貴族風の男に迫っていく。


「さっすが! シオン君! あの護符、三つもいらんやん! このままアイツも氷漬けにしたってぇや!」


 同様に駆け寄るアオイの歓声。無言で親指を立てながら走り去るステリ。さらに続く重戦士ゼムをしり目に、シオンは次の魔法の準備もせずに、すたすたと足早に歩き始めていた。


「クックック、そうですね、良い魔術師ですよね、彼はね――」


 アーデガルドの剣をかわし、続くアオイとステリの攻撃をひらりひらりとかわした貴族風の男は、いやらしい愉悦の笑みを浮かべながら、ついには攻撃の届かない空中に浮かんでいた。


「シオン君! いくで、あれ!」


 アオイの号令と共に、アーデガルドとステリはお互いに顔を見合わせて、彼女たちの連携攻撃の準備をそれぞれに整えようとしていた。ただ、本来聞こえてくるであろうシオンの詠唱は聞こえてこず、それどころかシオンは彼女たちの横を通り抜けていく。


 あっけにとられる彼女達。ただ、それは重戦士ゼムにしても同様だった。


 アーデガルドとアオイとステリ。そして、遅れてやってきた重戦士ゼムを見下ろし、貴族風の男はその言葉を彼女たちに聞かせる。


「でも、実は彼、あなたたちの仲間でも何でもないんですよ。クックック」


 貴族風の男が舞い降りたその横で、くるりと振り返ったシオン。真っ赤に染まった彼の瞳が見つめる先。


 それは、さっきまで共に戦っていた仲間達。


 そう、ゆっくりと杖を向けたその先には、アーデガルドとその仲間たちの集まっている姿があった。


 

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