第49話 ダンジョンを統べるもの(中編)
アーデガルド達の戦いのその脇で、
攻撃魔法の支援がない分、決定的な攻撃を叩きこめない三人。だが、それでもそれぞれ強力な魔法の武器をもっているので、じりじりとそれを追い詰めていく。そして、体力を削りあうような形となる攻防は、回復で支援するメアリがいる事により、徐々に有利になっていく。
もちろん、メアリはアーデガルド達の支援をする事も考えていたが、シオンから目でそれがいらない事を告げられてからは、もっぱら巨大な死霊の魔物との戦いに注力するようになっていった。
だから、彼女はおそらく最初にそれに気づく。
「元々帰して、のちに使う予定でしたが――。まぁ、この際です。ここで使わせていただきましょう」
もちろん、背後に驚異的な存在を感じない
戦いの中では、そのほんのわずかな遅れが致命的になる。
背後から、
「クソ!」
呪詛を込めたような
ただ、その間にも血を吸われているのだろう。
「さあ、生贄はこれで申し訳ないですが、そこそこ楽しませてください、聖騎士アーデガルド・コーデリア・フォン・マリル・エッセンブルト。ただ、気を付けてくださいね。元々の力がかなりあるので、単なる腕力ではこの私よりも強力になっていますから」
突然、
「何なん!? アレ!?」
「死んだ? 不死者?」
「それ、どっちなん⁉」
混乱するアオイとステリの会話に、シオンがその解を告げて次の行動を模索する。
「残念ながら、両方だ。奴の眷属になった。もし、奴の意思が強いなら、まだ自我を保てただろうが、あの様子だと難しいだろう。自我が無くなった時点で、治療は無理だ。だが、今はアレにかまっている場合じゃない」
注意深く周囲を観察していたシオンは、アオイとステリに次の行動の指示を出しつつ、自らは動揺を隠し切れないアーデガルドの元に駆け寄っていく。
そして、アオイとステリの二人は即座にその指示に従う事が最善と判断したのだろう。次の瞬間には、二人は速やかに行動に移っていた。
知り合いがいきなり
ただ、別に意味でショックを受けているアーデガルドを除き、この状況でも大半の者が平常心を保てていた。しかし、ある程度話す間柄であっただけに、ゴルドンは攻撃を防ぎながらも、その動揺は隠し切れていなかった。
「ゴル! しっかりしな! アーデ! こっちは何とかする! 起こっちまった事を悔やんでもしょうがないよ! 出来る事をやるんだよ!」
メアリの叱咤の声が部屋中に響き、それを聞いたアーデガルドとゴルドンの目に火が灯る。
「ふむ、これは困ったことになりましたね。いけませんよ? 人の楽しみを奪うのはね。罰として、少し早いですが、貴女もそうなりなさい」
さっきの姿とは打って変わり、元の貴族風を取り戻した男がメアリの背後にすっと現れそう告げる。それはまさしくメアリの首筋に狙いすまし噛みつく攻撃の前兆。
「メアリ!」
その事を察知したゴルドンが、あろうことか
「すまない……」
だが、それは
「すまない……」
再び短くそうつぶやき、暫くかつての仲間を見下ろした
ただ、彼がいくら探しても、貴族風の男の姿を見つけることは出来ずにいた。だからその答えを求めて、
まさに、ゴルドンがその気配を察して駆け寄ろうとしたその瞬間。狙いをメアリの首筋に定めていた貴族風の男は、自らの首に迫るステリの刃に気が付いていないようだった。素早く忍び寄り、相手に気づかれずに行うそれをステリは、ただ小さくその言葉をもらしていた。
「無理」
そして、その首をステリが切り落としたことにより、メアリはかろうじて回避に成功する。ただ、首だけになりつつも、メアリに噛みつくことをやめなかったその頭めがけて、今度はアオイの刃が炎を上げて襲い掛かかる。
「ホンマ、きしょいって、それ! しつこいねん! 嫌われるのわからんの?」
アオイの文句が効いたのかはわからない。ただ、煙のように消えた貴族風の男は、すぐに彼女達の前には現れなかった。だが、再びその姿をかなり離れた場所で現したその時。アーデガルドとシオン以外の者達は、同じ場所に集まっていた。互いの背を守るために。
「いいですね。いいですよ、あなたち」
まるでそのことを狙ったかのように、貴族風の男の頭上に、燃え盛る炎の塊が出現する。それと同時に魔法陣が展開し、何者かを呼び出す準備が整えられていた。
「みんな!」
シオンに諭され、立ち直ったアーデガルドが叫びながら、それを阻止すべく貴族風の男に走り寄る。だが、そこまで行くには距離がかなりあった。しかもその行く手には、いつの間にか多数の死霊の魔物が召喚されている。まるでその存在で、分厚い壁を作るかのように。
ただ、それでもアーデガルドはそこを目指す。そして、今まさに解き放たれた炎の塊が、アーデガルドの行く手を遮る死霊の魔物達の頭上を通過するその瞬間。猛々しい赤を白銀へと塗り替える、シオンの氷結魔法が完成していた。
「『嘆きの氷結』」
あれほど燃え盛っていた炎の塊を一瞬で飲み込み、そこにいた多数の死霊の魔物をも飲み込んで、限定的な氷の世界がそこに生まれる。その手前で急停止するアーデガルド。そのあまりの温度変化に驚きつつも、彼女の行動は止まらない。その場を迂回して、彼女はそのまま貴族風の男に迫っていく。
「さっすが! シオン君! あの護符、三つもいらんやん! このままアイツも氷漬けにしたってぇや!」
同様に駆け寄るアオイの歓声。無言で親指を立てながら走り去るステリ。さらに続く
「クックック、そうですね、良い魔術師ですよね、彼はね――」
アーデガルドの剣をかわし、続くアオイとステリの攻撃をひらりひらりとかわした貴族風の男は、いやらしい愉悦の笑みを浮かべながら、ついには攻撃の届かない空中に浮かんでいた。
「シオン君! いくで、あれ!」
アオイの号令と共に、アーデガルドとステリはお互いに顔を見合わせて、彼女たちの連携攻撃の準備をそれぞれに整えようとしていた。ただ、本来聞こえてくるであろうシオンの詠唱は聞こえてこず、それどころかシオンは彼女たちの横を通り抜けていく。
あっけにとられる彼女達。ただ、それは
アーデガルドとアオイとステリ。そして、遅れてやってきた
「でも、実は彼、あなたたちの仲間でも何でもないんですよ。クックック」
貴族風の男が舞い降りたその横で、くるりと振り返ったシオン。真っ赤に染まった彼の瞳が見つめる先。
それは、さっきまで共に戦っていた仲間達。
そう、ゆっくりと杖を向けたその先には、アーデガルドとその仲間たちの集まっている姿があった。
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