第50話 ダンジョンを統べるもの(後編)

 いつもよりもゆっくりと響き渡るシオンの声。だが、シオンの魔法の詠唱は並の魔術師よりも素早く、その効果は絶大。その事を知っているだけに素早くそれを阻止する必要があったが、未だに目の前の出来事を受け入れられないアオイとステリは、その場から動けずにいた。そして、その事実を誰よりも感じているはずのアーデガルドもまた、とっさの判断が遅れていた。われに返り、それを阻止すべく駆け出すアーデガルド。


 だが、そんな彼女たちの行動を無視して、シオンの魔法は完成する。


 それは灼熱の地獄の熱を召喚したとも言われ、ダンジョンに潜る魔法使いの到達点とされる『地獄の業火』という名の炎の魔法。


 しかも、詠唱の一部を改変する事で、範囲ではなく、凄まじい炎の渦が探索集団パーティ一人一人を焼き焦がすという使い方もできるという汎用性もあり、上位の悪魔でさえも多用する。


 その魔法が、シオンの魔法として完成し、アーデガルド達に襲い掛かる。


 炎に包まれ、重戦士ゼムを残して、たまらず退くアーデガルド達。だが、彼女たちを炎が包み込む瞬間、淡い光の幕が彼女たちを包み込み、見た目ほどの傷を与えてはいなかった。


 だが、その衝撃は大きく、彼女たちの心に大きな傷を残す。


「えっ⁉ なんなん? えっ⁉ なぁ、なにがおきたん? なぁ? 魔法の失敗!? シオン君が!? え⁉ え⁉ どゆこと!?」

「違う。でも、違う。でも、攻撃されたのは事実。でも、おかしい。違う」

「そう……。こうゆう事だったのね……」


 すかさず発動したメアリの治癒の魔法が彼女たちを優しく包みこむ間も、彼女たちの混乱は続く。ただ、不思議と貴族風の男からの攻撃はなく、シオンもそれ以上続けて攻撃はしなかった。


「仲間は混乱しているようだが……。アーデガルド、君はそれほど驚いてはいませんね? さて、何か知っていたのですか? でも、彼が自分から言うはずはありませんよね? あなたたちの探索集団パーティに送り込まれた刺客だという事を――。 そうですよね? ミルガウルド?」


 心から不思議そうにしている貴族風の男は、攻撃をする様子もなく、その答えを求めているようだった。


「色々な情報を、統合して考えてみたの。このダンジョンの噂やバーンハイム達の事、シオンをめぐる噂の件、そして、シオン自身の過去とかね。でも、彼自身からは何も感じなかった……。だから、確証は持てなかったわ」


 そこで一息ついたアーデガルド。ただ、その剣先をシオンに向け、その先を続けていた。


「彼の目的も直接聞いたわ。でも、それって、なんだかおかしいもの。それに、彼は常に矛盾を抱えていた。このダンジョンに来る前にはなかった、その赤い瞳のように。ただ、もう一人彼の中にいると考えたのはたった今。ミルガウルド――。それがあなたの本当の名前なのね。でも、それで色々と納得がいったわ。それに、今ならわかる。私の考えが正しいって事」


 突き付けられた剣先を見つめ、シオンはその表情を少し崩す。それを見たアオイは一気に戦意を喪失し、崩れるように跪いていた。


「そんな……、アホな……」

「立つ。アーデを見る。たぶん、目に見える事が真実じゃない。アーデの事、アオイは知ってるはず。それに、アオイの気持ちはそんなもの?」


 だが、そのアオイの頬をつステリ。警戒心を周囲に張り巡らせながら、自らの考えをアオイにそっと耳打ちする。その言葉を聞いたアオイは、目を白黒させてステリを見上げ、アーデガルドの姿を見つめていた。


 アオイのその顔に満足したのだろう。それ以上言葉を告げず、ステリはアーデガルドの隣に進み、同じくシオンに『苦無』を向ける。


「言ったはず、アーデの敵はわたしの敵。でも、色々と聞きたいことがあるからすぐには殺さない。これが終われば、洗いざらい白状する。ただ、拷問は苦手。でも、シオンで練習。悪くない」


 その言葉に、そっと目を瞑ったシオンは、同じ様に進み出てきた相手を見て、小さく笑みを浮かべていた。

 

「わかったわ、ウチ。惚れたんが負けやけど、浮気はちょっと許されへんねん。言い訳はいらんけど、ウチはこれでも聞く女やし、ちょっとは聞いたるけど? でも、その前に、ちょっとは痛い目もみんとな!」


 ステリとは反対側に立つアオイをみて、アーデガルドは二人と頷きあっていた。


「そうですか……。残念なことです。信じていた仲間に裏切られた時の絶望を得るために、色々としてきましたが……。シオン――。いや、ミルガウルド。はっきり言って、これは興ざめですよ? バーンハイムの時に不完全に融合したからそうなったとはいえ、そんな事で正体がばれるとは……。君も案外使えないものですね。それではさっさと片付けてしまいなさい。そうそう、マスターが分割した百の票の最後の一つである君は、この先どうするのです? その存在を消す前に、ダンジョンに記憶させておきなさい」


 アーデガルド達に背を向けて、最初の場所に向かう貴族風の男。その行く手を遮ろうと動く重戦士ゼムを片手で打ち倒し、再びその席に腰かけていた。


 浅からぬ傷を負ったと思える重戦士ゼムは、その場で気を失っているようだった。


「何なん? あれ、さっきまでは本気やなかったってことなん? って、麻痺やないよな?」

「違う。でも、やることは変わらない」

「そう、とりかえす」


 互いに頷きあった三人の元に、ゴルドンとメアリとスピラが合流する。そんな彼女たちの行動を待っていたシオンは、呪文を唱える前にアーデガルドに向けて話しかけていた。


「今から俺はパーティを抜ける。そのあと、スピラとそこの男をゲストに入れることを忠告しておく。もちろん、戦いに参加させる必要はない。戦いの邪魔にならないように、どこかに寝かせておけばいい。その時間は待ってやる」


 そう告げて、貴族風の男に向かい何かをしたシオン。その行為に軽い驚きの声を上げつつ、貴族風の男は深い頷きでそれを了承していた。


「まさか、この私がパーティの一員とはな。まあ、この場はそれでいいでしょう、ミルガウルド。それが答えという事であればね。では、もう一度お前が使えるか使えないか。この場で評価してあげましょうか。この私が、次期ダンジョンマスターとして」

「感謝する、シェンムー。さあ、アーデガルド。これで俺は、お前の仲間ではなくなった。これからお前たちに、悪魔族の戦いをみせてやる。よく見るがいい。じっくりといたぶって、最後に俺のオリジナル魔法を味あわせてやろう」


 言葉とは違い、うやうやしく男に頭を垂れたシオンは、そのままアーデガルドに宣戦布告を行うように、大げさにその杖を向けていた。


 一方、その態度に満足したのだろう。シェンムーと呼ばれた貴族風の男も、饒舌に磨きがかかったかのように、アーデガルドに向かって話し始める。


「本来であれば、お前の絶望を味わう予定でしたが、予定が変わりました。お前には次期ダンジョンマスターの初の獲物として、その栄誉を与えましょう。そして、このダンジョンは生まれ変わります。これまでのぬるい方針をやめ、さらに戦いと混沌のダンジョンとして生まれ変わるのです。言ってみれば、お前たちはその人柱。今日は気分がよいから教えてあげましょう。この戦いが終われば、地上では私の指示とは知らず、両国が戦端を開く手はずになっています。二つのトップパーティが壊滅したという事実は、すぐに伝わるようになっているのです」


 その言葉を皮切りに、シオンの前に巨大な魔法陣が展開する。


「では、これが最後の戦いになるだろう。知っている奴で申し訳ないが、これでさようならだ」


 シオンが告げたその言葉を実行するかのように、魔法陣の中から見知った角が突き出ていた。


上位悪魔オーツ・ボーネ!」


 アーデガルドのその声を、満足そうに聞いているのだろう。魔法陣から顔だけは出ている上位悪魔オーツ・ボーネは、笑みを浮かべてアーデガルド達を見つめている。


 その独特の瞳に蔑みの色を浮かべて――。

 

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