第48話 ダンジョンを統べるもの(前編)

 淡い光の軌跡を描くアーデガルドの剣は、道化リーストーラーを滅ぼしたものと同じ光を放っていた。剣聖ミュライアーが得意としたその剣の技は、司祭系呪文の『神の炎』をその剣に纏わせることから聖騎士のみが使える技として伝授されていたもの。さらにアーデガルドは地下十六階で手に入れた『聖騎士の剣』の効果もあり、その威力は格段に上がっていると言えるだろう。


 だが、道化リーストーラーを滅ぼしたその剣をもってしても、貴族風の男には致命傷とはならなかった。


 いや、そもそも剣が十分に届いたとは言えないのかもしれない。アーデガルドの剣が男の体に触れるまさにその瞬間、回避は不可能と判断した貴族風の男がとった行動は、自らの左腕を犠牲にして、その剣の軌道を変えることだった。


 しかも、まるで自ら切り落としたかのように、男の左腕は瞬く間に再生する。


「いいですよ。いいですね。その表情。これでますます楽しみが増えるわけですね」


 愉悦の笑みを浮かべつつ、男は舌なめずりをしながらアーデガルドを見つめている。


「きしょいで! どいつもこいつも!」

「うん、キモイ」


 アオイとステリの非難をうけ、貴族風の男は二人をせせら笑う。それを挑戦と受け止めたのだろう。二人はそのまま左右から挟撃する形で男に襲い掛かっていた。


「さて、序章はそろそろお終いでいいでしょう。では、どなたから先に逝きますか?」


 追い詰める二人の攻撃に対して、回避と防御を駆使して二人の攻撃をいなす貴族風の男。あたかも追い詰められているように見えているが、男は余裕の笑みを浮かべている。それにアーデガルドが加わっても、男の態度は変わらなかった。


 アーデガルドの狙いすました渾身の一撃も、軽やかに飛び退きかわす男。ただ、アーデガルド達もそれ以上深追いをせず、その場でじっと男を睨みつけていた。


 その間に、貴族風の男は値踏みするようにアーデガルド達を見回していた。


「おや? シオン君がいませんね?」


 それは軽い驚きから出た言葉だったに違いない。脇で大きな死霊の魔物と戦っているゴルドン達とは違い、シオンは間違いなくアオイ達と共に戦っていた。だが、それを深く確かめるより早く、貴族風の男は自らの体を貫く槍の穂先のようなものを目にしていた。


 時を同じくして聞こえるシオンの声。


 透明化の魔法が解けたシオンは、男の体を貫いている杖を持ちながら、男にそう問いかけていた。


「外部から効かなければ、内部からはどうなんだ?」


 ただ、シオンの魔法はその問いに答えを待たずに発動する。まるで、その杖に魔法を伝わせたかのように、その独特の炎が男の体を内部から一気に燃え広がていく。


 初めてその苦痛の声を上げた貴族風の男。ただ、それはほんの少しの間の出来事に過ぎない。


 次の瞬間、体の内部から『浄化の炎』を浴びた貴族風の男は、それまで決して見せなかった苦痛の顔を隠すように、その場から霧となって消えていく。それを見届けたシオンはまた、次の魔法の準備に入っていた。


「ふぅ、なかなかやりますね――」

「ええ、そうよ」

 

 霧となって消えた貴族風の男が姿を現して、その感想を告げたその時。背後からそれを肯定しながら放ったアーデガルドの一撃は、完全に無防備となった男の胴を両断する。


 驚きの顔を隠せない男の顔は、次の瞬間には覚悟の顔へと変化していた。


「これは、意外にしぶとい。しかも、予想外の展開ですね。まあ、あなたたちの実力は認めましょう」


 見事なほどに、胴で両断された男の体。しかし、彼の上半身が床に転がることはなかった。切り離された状態で、再び霧となって消える貴族風の男。予想外の場所に再び姿を現した時には、その体は元の状態に戻っていた。


「では、これではどうでしょうかね?」


 鼻で笑いながらそう告げた瞬間、貴族風の男はもう一度消えて姿を現す。そして、アーデガルド達が考えもしなかったその場所から、その声を聞くことになる。


 抗う事をあきらめない、その男の雄叫びを――。

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